クレスクント国立学園

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 王都の外にあるクレスクント国立学園は、元はある偉人に褒美として与えられた家だった。しかし、彼が後世のために子供に勉学を施すようになり、国は彼に教師という役職を与え、国が支援する学園を創立させた。いつしか国内最高の学園となり、門下生が増えたことで改築を重ね、現在の王宮に勝るとも劣らない学舎がくしゃが完成した。

 ある偉人――その男の名は、クリス・ローゼンクランツ。
 カエレスティス王国の数代前の国王を賢王へとみちびき、国の危機を救った英雄である。
 国にとっても人々にとっても大切な存在で、その功績を讃えて『人々を導く魔法使い』――『魔導士』という偉大なる称号を与えられた。

 世界的に有名な彼は、体内の魔力操作によって外見は二十七歳で止まっている。しかも、ある種族と結婚したことで、通常ではありえない寿命を手に入れた。
 およそ三世紀も生き続けているクリスは、まさに生ける伝説。
 クリスがいるおかげで、各国と平和的な均衡きんこうたもつことができていると言っても過言ではない。

「――それが、クリス様が打ち立てた歴史。どの国の学園でも、これは必ず教えられることよ」

 学園の最上階に向かっている途中で、イリーナからクリスの偉業を聞かされたユリアは目を丸くしてしまう。
 初めて会った時に感じた異質な魔力の理由がはっきりして納得した。だが、それ以上に偉大すぎる偉人に勧誘されたという現実が、夢ではないのかという思いがぶり返す。

「あの方に勧誘されたのだから、胸を張って堂々となさりなさい」
「……私、そこまで凄い人間じゃないのに……」
「あら、そうかしら?」

 家族以外から称賛されたことがないユリア。無意識に顔をしかめると、イリーナはクスッと笑みを浮かべる。

「通信や保冷・保温などの魔道具や、新しい魔法陣の開発、古代文字の解析……。数多くのものを世に広めて国に貢献しているのに、凄くないなんて可笑しいわ」

 事実をげれば、ユリアは右手で顔をおおい隠してうめいた。

「やめとけば良かった……」
「何を言っているの。貴女のおかげで世の中が便利になったのだから。状態固定の魔法陣で、料理や作物の鮮度を保たせる魔道具の開発。常時冷却れいきゃくの魔法陣で、冷蔵庫に使われる魔石や魔晶石ましょうせきのコストを最小限に抑える発案による魔道具の改良。本当に画期的で素晴らしいわ。今までにない発想に、私も尊敬しているのよ」

 イリーナの賛辞に恥ずかしくなったユリアは頬を赤らめた。
 森の賢者と謳われるエルフに手放しで褒められたのだ。嬉しくないわけがないがくすぐったい。
 気恥かしそうに口を引き結ぶユリアの表情に、イリーナは相好を崩す。

「マヤが貴女を溺愛できあいする理由が良く解ったわ」

 外面が良くても内面が悪ければ意味がない。ユリアは外面通り内面も綺麗だから、人を見る目があるマヤに愛されるのだろう。
 かく言うイリーナも、ユリアが秘める魔力の波長の心地良さに惹かれた。

 だから、一つ疑問が浮かんだ。

「ユリア。貴女から精霊の祝福と加護を感じるのだけれど……何体の精霊と契約しているの?」
「……え? 二人です」
「二体? それにしてはかなり強い力……。どんな精霊か教えてくれる?」

 イリーナが興味から訊ねてきて、ユリアは少し困った表情になったが答えた。

「一人は言えませんけど……一人は混沌の精霊です」

 クロノスのことを伏せて答えれば、イリーナは立ち止まる。
 隣を歩いていたユリアはイリーナを追い越してしまい、急に止まったイリーナに振り返ると、彼女は驚愕のあまり目を見開いていた。
 不思議そうに首を傾げるユリアの仕草に我に返ったイリーナは、真剣な表情で訊く。

「それは、光の精霊と闇の精霊の間に誕生した精霊?」

 思わぬ質問――否、確信がある疑問にユリアは驚く。

「えっ、知っているんですか?」
「……ええ。昔、クリス様が契約している精霊から聞いたことがあって」

 クリスも精霊と契約しているということを知ったユリアは驚くが、思い至る。
 彼の特殊な経歴を考えれば可笑しくはないと、ユリアはイリーナの理由に納得した。

「それより、時間は大丈夫ですか?」
「あっ……そうね。ごめんなさい。あと少しよ」

 イリーナの言葉通り、ほんの数分で豪奢ごうしゃで大きな扉の前に到着した。
 扉には、触れることすらはばかられるほど繊細な植物の意匠いしょうが施されている。
 そんな美しい扉をイリーナが無遠慮に開けて先に入り、ユリアを部屋に招き入れる。
 恐る恐る踏み込めば、そこは学園長の部屋と言うより文官や学者の部屋と表現できた。

 分厚い書物を並べた本棚が壁一面にあり、地球儀のような不思議な形をした置物に巻物を保管する棚、書類の山を乗せた通常の三倍もある机、右側の奥には二脚のソファーと低いテーブルが設置されていた。整理整頓されているが、執務机の床には本が山積みになっている。
 初めて見る他人の部屋に好奇心から見回すユリア。その様子にクスッと笑ったイリーナは彼女をソファーに導く。

「さあ、ソファーに座って。お茶を淹れるわ」
「あ。ありがとうございます」

 礼を言って、ユリアはブラウンのソファーに座る。低反発で座り心地が良いソファーは、ティエール家の物と質感が似ていた。
 ずっと抱えていた緊張感が解れた気がして一息つくと、イリーナがトレイに載せた三つのティーカップとポットを持ってきてテーブルに置く。
 赤橙色の紅茶から香ばしい匂いが漂い、自然と茶器を持って飲む。

「……美味しい。レディ・グレイですか?」
「そう。マヤから教えてもらったのよ。私達のお気に入りで、よく飲んでいるわ」

 それを聞いて驚く。
 レディ・グレイはユリアの前世にあった紅茶の種類だ。アールグレイにオレンジピールとレモンピールを加えることで、爽やかな柑橘かんきつがアールグレイと調和して独特な風味を楽しめる一品。
 前世で飲んだものより今世で自ら作ったレディ・グレイの方が美味しいので、暇さえあればアールグレイに加える混ぜ合わせたものを作っている。
 まさかマヤによって知られ、気に入られるとは思わなかった。

「これもユリアが作ったのでしょう? 本当に凄いわ」

 鈴のような音色で笑うイリーナに、ユリアははにかむ。
 実際は前世の外国人が作った紅茶なのだが、それは言えないので黙秘した。

 ちょうどその時、学長室の扉が開いてクリスが入ってきた。
 少し前に着ていた貴族のような服装とは違い、学園長としての威厳がある装いだ。

「進学式、お疲れ様です。お茶はいりますか?」
「ああ、頼むよ」

 イリーナが訊ねると、クリスは微笑を浮かべて頷く。
 その優しい表情で、ユリアはもしかして、とある直感が働いた。
 けれど、今は挨拶が先だと自制心を利かせ、ティーカップをソーサーに乗せてテーブルに置き、ソファーから腰を上げてクリスに会釈する。

「学園長。今日からよろしくお願いします」
「……こちらこそよろしく」

 きっちりとしたユリアの礼儀にクリスは小さく苦笑して、向い側のソファーに座る。
 イリーナは静かに紅茶を注ぐとクリスの隣に座り、ユリアも座るように促す。
 クリスは紅茶を一口飲み、一息ついて話を切り出した。




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