学園の説明

[ bookmark ]


「さて……まずは我が校の説明のおさらいをしよう。我が校では、初等部は総合学科と言って、識字や礼儀作法、一般常識から国や世界の歴史、ほかにも魔法の基礎を六年間で習得する。中等部からは、戦術学、魔法学、錬金学、治術学、商業学、政治学、料理学といった学問が増えて、個人に合う学問を三つから四つまで選択し、総合学科とともに習っていく。高等部は、戦術学、魔法学、錬金学、治療学が分岐ぶんきして、それぞれの学科を選んで将来に向かって歩んでいく。ここまでは?」
「大丈夫です」

 事前に教えられて覚えているユリアが頷くと、クリスは続ける。

「前に戦術学と魔法学と錬金学をとると言っていたから、まずはその学問を熟して。自分に合わなかったら、一つだけを残りのどれかから選んでくれ」

 ユリアはミケーレから戦術と錬金術を習い、マヤから魔法を習った。
 解らない学問をとることは冒険と言うより蛮勇ばんゆうだ。ここは慎重にやり易い学問を選ぶ方が安全だとユリアは感じた。

「ユリアちゃんは中等部三年生に編入するからクラスで浮いてしまうけれど……大丈夫かい?」
「……難しいと思いますけど、出来得る限り頑張ります」

 浮いてしまうのは必至ひっしのこと。虐められる可能性もあるが、それも覚悟している。
 手に嫌な汗を掻いてしまうほど不安だが、握り拳を作ることで耐える。
 掌に軽く爪を立てるユリアを見て眉を下げたクリスは、気付かぬふりをして気遣う。

「何かあれば私に言うこと。月に三回までの帰宅も必ず知らせてからすること。危害を加える生徒がいればやり返してもいいが、傷つけず、無理をしないこと。いいね?」
「……もし、危害を受けて怪我をした時は?」
「その時はそれを証拠に教員達にうったえればいい。ただ、大怪我だけは避けるように」

 生徒を平等に対処するためには必要なことだが、ユリアに対して待遇たいぐうい。と言うより過度と言っても良いほどすぎる。
 気後れしそうになるユリアは視線を落として、しばし硬く目を閉じた。

「……解りました。ですが、学園長から勧誘を受けたとは知られたくないです」
「それは何故?」
「生徒から反感を受けたり不興ふきょうを買ったりしそうなので」

 先を読んだ理由を言えば、クリスは目を見張り、そして力無く笑う。

「本来は私が紹介するつもりだったけれど……仕方ない。イリーナ、頼めるかい?」
「勿論よ」

 柔和に微笑むイリーナに、クリスは安心からの微笑を返す。

「じゃあ、次の説明。この学園には大きな寮がある。男子寮と女子寮で分かれているが、実は『黒持ち』や『災禍の瞳』を持つ生徒が入る寮がある。彼等が気兼ねなく過ごせるように、様々な工夫くふうらしてある。ただ、入居者の数は少ないから、建物の大きさは男子寮と女子寮の半分ほどで、男女共用。部屋は男子寮と女子寮と違い、二人部屋ではなく一人部屋。かぎもあってプライバシーもしっかり守られているから安心していい」

 それを聞いて肩の力を抜いた。
 今後も様々な発明をしていくに当たって、誰かに知られて成果を盗まれたくない。更に言うと転移魔法陣を設置するのだから、無断で入られて知られては困る。
 ユリアは鍵があるなら大丈夫だろうと安心して、頷いた。

「共同寮の寮長は『黒』も『災禍の瞳』も持っていないけど、差別的な子ではないから気にせず接して欲しい」

 ここでユリアは違和感を覚えた。

「……訳あり、なんですか?」

 『黒持ち』でも禍人でもない生徒が気兼ねなく共同寮に入れるはずがない。男子寮や女子寮と違い好待遇な共同寮に誰彼構わず入れるようなら、ほかの生徒から反感を持たれるはずだ。
 だとすれば、何か深い訳があるのだろう。隔離される寮と言っても過言ではない共同寮に入るくらい、深刻な問題が。
 憶測を立てて訊ねると、二人は目を見張る。判りやすい反応に、なるほど、とユリアは頷いた。

「なら、問題ありませんね」
「……追求しないのかい?」
「プライバシーの侵害はしない寮ですし。それに、寮長を任されるほどなら、痛みを知る人でもあると思って」

 少し気になるけど、と胸中で呟くユリアは言い切ると、学園の最高権力者達は驚愕した。

 普通の子供は好奇心で他人の領域に踏み込む。興味のおもむくままに知りたがる。
 しかし、ユリアは他者を思い遣り、会ったこともない相手をおもんばかる。
 優しく、思慮深い。その心を持つのは、ミケーレやマヤが育てたからだけではない。過去に受けた心の傷から学んだことも多かったのだと、クリスは漠然と理解した。

 だが、イリーナは理解できなかった。

「……ユリアは、いろんな人に傷つけられたのよね。両親の愛情を疑ってしまうほど。なのに、どうして他人を思い遣れるの?」

 かつてマヤが愛娘の苦悩について相談してきたことがある。
 初めて声を上げて泣くほど傷ついたのだと。気付いてあげられなかったことを悔やんだのだと。
 マヤの悲痛な嘆きを聞いたとき、他人事ひとごとなのに心が痛むほど苦しくなったことをイリーナは覚えている。

 だから疑問だった。人間嫌いになっても可笑しくはないトラウマを植え付けられたのに、どうして優しくできるのか。
 不思議でたまらないイリーナの質問に、ユリアは切なげに眉を寄せて小さく笑った。

「確かに信用できない人もいますけど、傷を抱える人は痛みを知っていますから。痛みを知る人こそ他人ひとに優しくれる。私はそう思います」

 ユリアは優しい微笑みを浮かべて答えた。その慈愛深い笑顔に、イリーナは鳥肌が立つほど衝撃を受けた。

 痛みを知るからこそ優しく在れる。それはユリアの心の在り方を表していた。
 傷ついたからこそ心の痛みを知った。だからこそ傷ついた者の心を慮れる。
 傷を抱える者を慈しむことができる。

 ユリアの温かな想いに、イリーナの胸の奥に詰まるほどの感情が込み上げた。
 これは、感動だ。ユリアの強い在り方に感銘かんめいを受けたのだ。
 エルフであるイリーナが感銘を受ける人族は限られている。その中に、ユリアという少女が加わった。

 震える心を感じたイリーナは、じんわりと広がる熱量とともに柔和な笑顔が浮かんだ。

「……貴女の心、聞かせてくれてありがとう」

 イリーナの思わぬ言葉に驚くユリア。イリーナの隣にいるクリスも、久しぶりに見る感動する彼女の表情に目を丸くして、ふっと微笑ましそうにまなじりを下げる。

「――さて、ユリアちゃん。ミケーレから受けたテストを覚えているかい?」
「はい」
「あれは編入試験の問題集だよ」

 三週間前、ユリアはミケーレの前でテストを渡された。突然のテストに戸惑いながら全ての問題の空欄くうらんを埋めたが、いつまで経っても結果を教えてくれなかった。

 まさかあれが編入試験だったなんて思わなかったユリアは、急に胃が痛くなった。
 しかし、クリスはそれを払拭させる結果を発表した。

「各科目中、魔法学と錬金学は満点。総合学と戦術学と治術学は九十点台。特に戦術学は、しいことに残り一点で満点だったよ」
「……え? ええっ!?」

 思わぬ結果に目を見開くユリア。
 それはそうだ。今まで両親から習ったことは、一般的な教養だと思い込んでいたからだ。

「嘘じゃなく?」
「嘘じゃあないよ。君は中等部で首席の子と肩を並べる実力がある。でもまあ、実技では君が上かもしれないけれど、遠慮はいらない。思う存分、実力を発揮はっきして構わない」

 クリスの言葉に衝撃を受けるユリアは唖然として口を小さく開く。
 その表情にクリスとイリーナはクスクスと笑って、クリスは続ける。

「ということで、君は特進学級である三年一組に入って貰う。今日は進学式だから教室ではなく寮に行って、翌日の学力考査、学生証の更新、健康診断と身体測定に備えるんだ」

 それを聞いて、ユリアは地球にある学校を思い出した。
 家庭の事情で学業を中断せざるを得なかった苦い思い出以外で、新学期の始まりに似たようなことを経験した記憶が蘇る。

「説明は以上。イリーナ、あとは頼むよ」
「お任せを。それではユリア、行きましょう」
「あ……はい。えっと、ありがとうございました。失礼します」

 冷めてしまった紅茶を飲み干して、ユリアはクリスに軽く会釈してイリーナと共に退室する。
 その際、クリスは左目に付けている片眼鏡モノクルを外し、ユリアの背中を見た。

「――!?」

 左目に映ったモノは、信じられないと思うほど衝撃を受ける内容だった。
 そんなクリスに気付かないイリーナは、静かに学長室の扉を閉めた。


prev / next
[ 5|71 ]


[ tophome ]