第一印象の失敗

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 館内に入って数分で、奥にある談話室に到着した。二十畳ほどの広さを有する談話室には上質な長椅子や肘掛け椅子、ソファーが所々に設置され、外側の壁に暖炉だんろが備えられている。奥には二つの窓があり、レース編みのカーテンが掛けられていた。
 シンプルな外観の洋館とは裏腹に贅沢な内装に感嘆しつつ、室内にいる子供達を眺める。
 低めのテーブルを挟んでカードゲームに興じる三人の少年。刺繍をしながら女性型の精霊と会話を楽しむ少女。火を点けていない暖炉の前で静かに読書をする少年。
 当然の如く年齢や性別はバラバラだが、中等部と高等部に在籍するだろう年頃だとひと目で見て取れる。

 ふと、暖炉の前で読書している少年を見て、驚く。
 生まれながらなのか色素が抜けた髪は雪のように白く、うねりを感じさせる癖があり、本を眺めるために伏せられた瞳は赤ではなさそうだ。
 恐らく彼がクリスの言っていた、例外的に共同寮に入ったという生徒。

(……なるほど。確かに普通じゃない)

 彼が秘める魔力が、この場にいる全員より量が多く質が高い。
 異常と自覚しているユリアに並ぶほどの魔力の持ち主。しかし、彼は魔力によって現れる『黒』を持っていない。
 これが理由なのかと思ったが、直感がそれだけではないと告げる。だが、その直感の意味が上手く掴めない。

 モヤモヤした違和感を抱えていると、白髪はくはつの少年が顔を上げた。

「ハリエット。俺達を集めて何がしたい……――」

 語尾が僅かに小さくなるほど、少年は雑り気のない金色の瞳を丸くして驚いた。
 彼の異変に気付いた少年少女も、ハリエットの方を見て驚愕する。

 仕方がない。これまで寮にいるはずのなかった人間であるユリアがいるのだから。
 更に言うと、ユリアが宿す色彩も起因していた。

 底知れぬ魔力を持つ者の証である『黒』を髪に持ち、凛としているが穏やかな瞳に禍人の証である赤い瞳――『災禍の瞳』を宿している。
 見たことも聞いたこともない、それ以前に通常ではありえない色の組み合わせは、異質で異端な存在の証。

 唖然、呆然とする彼等の反応は予想していたが、苦い思いが込み上げてくる。それでもユリアは毅然きぜんとした姿勢を崩さない。

「今年から中等部三年生に編入する新入りだ。皆、仲良くするように」

 ハリエットは一様の反応に含み笑いを浮かべて紹介する。
 企みが成功したという笑みに、白髪の少年が鋭さのある切れ長の目を半眼はんがんわらせる。

「何故事前に教えなかった」
「君達の反応を楽しみにしてたんだ。予想以上で面白かったよ」

 ニヤリと口角を上げるハリエットの意地の悪い笑みに、少年達は溜息を吐き、少女は苦笑いを浮かべる。
 凛々しい雰囲気とは裏腹に面白いことが好きなのだと知ったユリアは、面白い人だと感想を胸中で呟いた。

(とりあえず自己紹介かな)

 ハリエットはユリアの名前を言わなかった。これは自分で名乗れということだろうと理解して、ユリアは居住いずまいを正して軽く会釈する。

「ユリア・ティエールです。今日からよろしくお願いします」

 前を見据えて名乗れば、清涼を感じさせる凛々しい雰囲気に呑まれる寮生が続出した。

「……ティエール?」

 不意に、我に返った少年がユリアの姓名を復唱した。
 ゆったりとしたソファーに座っている年長の少年は、キリッと引き締まった柳眉りゅうびを寄せていた。

 光の魔力属性を強く宿す者の証であるプラチナブロンドは、首辺りで程良く整えられている。程良く引き締まっている体型に、優雅に組んでいる長い足もスラリとして無駄がない。
 特に切れ長な目は涼やかな印象を持たせる形をしている――が、ワインレッドの瞳で凛々しさも含められていた。

 秀麗な美貌の持ち主だが、美男美女の両親を見慣れているユリアの心には響かなかった。
 それより、家名を聞いて逸早いちはやく反応した方が気になる。

「マヤ・ティエールの縁者なのか?」
「……え?」

 少年の発言に、その場にいる全員が反応する。
 思いもしなかった事態に思考が停止しかけたが、なんとか自我を保たせた。

「母を知っているんですか?」
「母親だと?」

 一様に目を丸くする彼等に、ユリアはたじろいで後ろ足を引く。
 困惑するユリアの様子に気付いたハリエットは困り顔で後頭部を軽く掻いた。

「マヤさんは王都や近くにある村で治癒術師をやっていることは知っているな?」
「う、うん」
「凄腕の治癒術師だから、王宮から専属の医師として打診だしんを受けているってことは?」
「……ええっ!?」

 ユリアが知っていることは、マヤが村では慈善活動を行い、都会では治癒術師として自由業をしているということくらい。
 まさか王宮から打診を受けているとは思いもしなかったユリアは頓狂とんきょうな声を上げた。

「……その様子なら、宮廷魔法使いとしての勧誘も知らないな」
「……初耳です」

 ぎこちなく頷くユリアに、ハリエットは呆れ顔になる。
 身内のことなのに無知な様子に、同じく呆れたワインレッドの瞳の少年は溜息とともに教えた。

「マヤ・ティエールは魔法使いとしての腕も超一流だ。現に王宮からの優秀な使者に難題を与え、できなければ未熟者の烙印らくいんを押して追い返している。追い返された使者達が退職願を出すほど心を折っているらしく、筆頭魔法使いも迂闊に手を出せないと困っている」
「……自業自得だよ、それ」

 ユリアは引き攣りかけながらも、しつこい王宮の打診に呆れた。
 そんなユリアの一言に、少年は「何?」と表情を険しくする。

「王宮に仕えることは名誉あることだぞ。将来も安泰あんたいするし、彼女ほどの実力者なら世界的に有名になっても可笑しくはない。輝かしい栄誉えいよを捨てるとはおろかなことだ。どうか――」

 どうかしている、と悪態を吐きかけた少年は、背筋の震えを感じて口をつぐむ。
 愚かと決めつけた相手の娘が、気迫を込めた眼差しで見据えてきたのだ。

 睨んでいるのではない、静かな表情。しかし、瞳に込められた怒りは苛烈。
 自分より年下の少女がかもし出す肌を刺すほどの威圧に、心の底から恐れを感じた。

「……名誉? 安泰? 輝かしい栄誉? そんなものを……母がほっしていると思っているの?」

 冷ややかな声を耳にした者は青ざめていく。それに気付かないユリアは語気に力を込めた。

「馬鹿にしないでよ。母はただ自分の名を売って誇るような愚かな人じゃない。あの人は自分の守りたいもののために強さを手に入れたんだ。母は有名になればなるほど、守りたいものを守れなくなることを知っている。手に届くはずのものが遠退とおのくことを知っている。母は力による無益な争いを好まないし、その力で無闇に人を傷つけることを良しとしない。そんな母を知らない貴方に何がわかるの」

 込み上げる怒りは留まることを知らない。
 苛烈な怒りが心頭して、感情任せに言葉を吐き出す。

「国に仕えると国に縛られる。そうなれば戦争にも駆り出される可能性だってあるんだよ」

 ユリアの言葉に、少年は瞠目どうもくする。思いもしなかった彼の反応に、苛立ちがつのる。

「母の守りたいものは私達家族と世界だ。みにくい反面にある美しい世界を愛しているんだ。なのに国のために力を振るえ? 冗談じゃない」

 赤い瞳に、殺意が宿る。

「母を知らない奴が、あの人を侮辱ぶじょくするな」

 マヤを大切に想うからこそ、彼女をおとしめる者がゆるせなかった。

 しんと静まり返る談話室。
 思いの丈を言い切ったユリアは深く息を吐き出して、疲れ切った顔でハリエットを見上げる。

「ハリエット。私の部屋はどの辺り?」
「……あ……あぁ。案内する。それより名前を聞かなくていいのか?」

 確かに同居する相手の名前を知らないと後々困るだろう。
 けれど……。

「……ごめん。今は気分が悪い。こんな状態じゃあ相手に悪いし」

 彼等に恐怖を与えてしまった自覚がある。だからこそ、どう接していいのか判らなくなった。
 力無い笑みを浮かべるユリアを見て、ハリエットは小さな吐息混じりで「ついてこい」と言い、談話室から去っていく。
 後を追おうと歩き出したユリアは、近くで立ち尽くしているマリリンに気付き、そっと彼女の頭に触れる。

「ごめんね」

 まなじりを下げて謝り、ひと撫でして談話室を出た。


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