春風が運ぶ物語

[ bookmark ]


 大陸の東側に広がる世界最高峰さいこうほうの大国で有名なカエレスティス王国。
 肥沃ひよくの大地は緑豊かで、四季のうつろいによってれる作物の種類も豊富ほうふ
 作物だけではなく、魔道具マジックツール発祥地はっしょうちとしても有名。

 世界最高峰として名をせるカエレスティス王国では、数年前からある魔道具が流行はやっている。

 それは、通信魔道具。
 形は、肌に触れることができる多種多様の装飾品。その魔道具に登録した相手の魔力を登録させることで、魔道具を通して相手と会話することができる。
 念話では考えていることが筒抜けになってしまうので、声で通話する仕組みになっている。
 登録できる数に上限はなく、相手の名前が載ったリストが表示されるため探すことに困らない。

 この歴史的発明を成し遂げたのは、ある一人の少女。
 しかし、誰もその少女を知らなかった。



 カエレスティス王国の王都クウァエダムの外れにある森の中に建物がある。
 一般的な家と呼ぶには大きく、屋敷と呼ぶには小さな、ダークブラウンの屋根に焦げ茶色の壁が特徴的な二階建ての一軒家。
 そんな家の二階の一室で、黒髪の少女が紙に向かってペンを走らせていた。

 陽光ようこうで光沢をびる濡羽色ぬればいろの髪にくせはなく、腰下まで真っ直ぐ伸びている。
 筋の通った小さめの鼻と形の良い細い眉などの綺麗な部位が似合う、流麗りゅうれい輪郭りんかくの小顔。
 玉の肌を引き立てる白皙はくせきに映える瑞々みずみずしいくちびるはチェリーピンク。
 体型は華奢きゃしゃだが、十四歳ぐらいの年齢にしては少し発達した女性らしい起伏きふく

 中でも美しいのは、長い睫毛まつげに囲まれた宝石のような――赤い瞳。
 ルビーやガーネットとは違う鮮烈な原色の赤は、穏やかでいて凛とした印象を持たせる目付きに良く似合う。

 まさに絶世と表現しても過言ではない美貌を持つ少女は手にしていたペンを置き、紙面上にある複雑な魔法陣を眺める。
 二重の魔法円の中に古代文字、中心に七芒星ヘプタグラム、所々の間に同値・次元・転置などの記号が書き込まれている。

 少女は深く息を吐き出し、魔法円の外の四隅に同じ記号を書いただけの紙と、真新しい紙を取り出して上に重ねる。下に魔法円の紙、中に魔法陣を描いた紙、上に新しい紙。
 しっかり合わせて右手を起き、軽く魔力を込める。すると、真新しい紙に先程完成したばかりの魔法陣が浮き出た。
 完璧な模写と言っていい簡易的な手法は、少女が編み出した印刷いんさつ技術だ。

 下に敷いていた紙を抽斗ひきだしにしまい、原本と副本を一枚ずつ机の両端へ設置し、耳の長い栗鼠りすした石英の彫刻ちょうこくを原本の魔法陣の上に置く。
 そして、紙の縁に触れて魔力を送る。

 原本の魔法陣が魔力によって青白く光った――と思えば、左端に置いている副本の魔法陣も青白い光を放ち、原本の魔法陣に置いていたはずの小動物の彫刻が現れた。
 次は副本の魔法陣に魔力を送れば、原本に彫刻が移動する。

「……ふぅ。できたー」

 求めていた成果が出て、ようやく真剣な表情が柔らかな笑顔に変わった。
 疲れ目を閉じて、椅子の背凭せもたれに寄りかかって腕を天井に向けて伸ばし、力を抜いた。
 だらんと背凭れに後頭部を預け、組んだ手を腹部に置いてリラックスに入る。

 開放した窓から入り込むそよ風が、木々の香りを運ぶ。自然界の青い匂いが、少女の心を穏やかに落ち着かせてくれる。
 しばらく瞑目めいもくした少女は、澄んだガラスのような美しさがある赤い瞳を開く。

「まさか一発で上手くいくなんて、ね……」

 口元に笑みをいて呟いた。

 この魔法陣の製作期間は一週間。父親から魔法陣についての知識を完璧に教え込まれ、魔法陣の仕組みを理解し、専門知識が載っている魔法書を参考に新たな魔法陣を完成させた。
 満足のいく結果を出せた少女は、高揚感こうようかんから立ち上がって両手を強く叩く。

「よしっ、散歩に行こうかな」

 時刻は三時を過ぎた辺り。ずっと部屋にこもってばかりでは体に悪いと思って、夕方までの時間をどう潰すか決めた。

 少女は抽斗に入れていた楕円形だえんけいのルビーをめ込んだ銀のヘアクリップを出すと、ハーフアップに結っていた赤い髪紐かみひもを外して、代わりにヘアクリップで留める。
 鏡の前で赤い椿の飾りが付いた金のイヤーカフが右耳にあることと身嗜みだしなみをチェックして、白いワンピースの上に黒いロングカーディガンを着て部屋から出た。



 ユリア・ティエール。
 今年で十四歳になる魔法使い。
 備考――地球と呼ばれる惑星がある異世界から転生した、元日本人女性。



「ミア、散歩に行くよー」

 外に出たユリアは、家の畑に実っているオレンジ色の木の実を食べている小動物に声をかける。
 ふさふさの胸毛がある栗鼠のような体躯だが、体色は色鮮やかなエメラルドグリーン。腹部と手足の先は黄緑色で、うさぎに似た長い耳の先端とふさふさの尻尾の先端は青色に色付いている。

 そして、額には菱形ひしがたの赤い宝石が付いていた。

 この小動物は、伝説上の生物として有名な幻獣・カーバンクル。
 一般的に警戒心が強く人見知りが激しいと言われているのは、額にある真紅の宝石を手に入れようとする者から身を護るため。
 カーバンクルの額の宝石を手に入れた者は富と名声、幸福を得るという言い伝えがある。
 実際にカーバンクルの宝石を手に入れた者が、歴史上の人物になったという事例じれいがあるのだ。
 しかし魔力の多い森林地帯に生息せいそくし、掌サイズの上に保護色なので、見つけることは困難。
 小さいが知性が高く、額の宝石と体内には膨大ぼうたいな魔力が秘められている。そのことから魔力自体を食糧とするため、魔力が宿る木の実が好物。
 目撃者によると、さるや栗鼠に近い姿をしているなど一定していないが、現実は栗鼠に似た姿だ。

 ミアという名前のカーバンクルはめすおすの場合、耳の先と尻尾の先が赤い。

 ユリアに呼ばれたミアは、両手でしっかり持っている魔力が詰まった丸い木の実と急いで食べきり、手早く身繕みづくろいをして枝から飛び降りた。低木なのでそれほど高くないため軽やかに着地して、勢い良く駆け出してユリアに飛びついた。

 驚異的な跳躍力ちょうやくりょくでスカートにしがみつき、よじよじと登ってユリアの右肩にちょこんと乗る。
 ぐりぐりと強く頬擦りしてくるミアに、うふふ、と上品に笑うユリア。

「ごめんね、寂しがらせちゃって。じゃあ、泉まで行こう」
「きゅい」

 嬉しそうに鳴いたミアの頭を指先で撫でて、ユイは森の奥へ向かった。

 ユリアの家から離れた所には村があり、その反対方面の森の奥に幻獣の憩いとなる泉がある。
 普通の森には、魔力を持つ害獣とも異形とも言われる魔物が蔓延はびこっている。しかし、異常なくらい神聖な空気が充満する泉を囲む森には寄り付かない。

 その原因を作り出したのは、他でもないユリアだった。


prev / next
[ 2|71 ]


[ tophome ]