小さな相棒

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「さっき言ったとおり、ユリアの部屋はここだが……あれは何だ?」

 ハリエットが奥から二番目にある扉のかぎ解錠かいじょうし、扉を開けると指差す。
 首を傾げたユリアは部屋の中を覗き込むと、目を丸くした。

 部屋の広さは十畳以上もあり、左側に大きなベッド、窓際に勉強机、反対側にクローゼット、等身大の鏡、本棚が設置されている。
 思っていたより広くて綺麗な部屋の真ん中には、服を入れたトランクや本を詰め込んだ木箱のほかに、トランクより少し大きなケースがあった。かしの木でできた艶のあるケースの表面には、唐草と月桂樹が絡み合った模様で円を描き、三日月とケラソスが中に刻み込んである。
 この紋章はユリアをイメージしたものだとミケーレから聞いたため、恐らく彼が自分にあつらえたものなのだと理解した。

 部屋に入って紋章の隣に置かれている白い封筒を手に取り、封を開けて手紙を取り出す。

『君の紋章を刻んだそのケースには、君にとって必要な道具が入っています。学園でも自由に作って構いません。その代わり、完成したら君が開発した転送魔法陣で手紙と一緒に送ってください。マギカ協会に登録できる物であれば、次からは自分で登録できるように教えます。君の作品を楽しみにしています』

 ――手紙にはミケーレの字でつづられていた。

 はやる気持ちをそのままに、膝をついて留め具を外してケースの蓋を開ければ、中には大小様々な色とりどりの魔石や魔晶石を小分けに入れた箱や、魔道具を作る時に必要になる小道具が一式揃っていた。集めるのも大変だろう材料も大量の紙も底にあるようだ。

「……やりすぎ」

 呆れてしまったが、優しい笑顔が浮かぶ。
 我が子に甘いところがあるミケーレのことだ。これも全て特注品だろう。

(ありがとう、お父さん)

 心の中で感謝して、ケースの蓋を閉じた。

「で、何だったんだ?」
「趣味の一つに必要な道具だった」
「趣味?」
「魔法陣や魔道具の創作だよ。魔法もそうだけどね」

 普通に答えて立ち上がる。
 その時、ユリアの右耳に付けている銀のイヤーカフから青白い光がきらめいた。

 イヤーカフから感じる魔力に気付いて動きを止めると肩に魔法陣が生じて、魔法陣から小動物が現れた。
 エメラルドグリーンの体毛が美しい伝説級の幻獣カーバンクル、ミア。

「ミア、もう来たの?」
「きゅい!」

 相棒のミアが愛らしい鳴き声で返し、手に持っている折り畳まれた紙を差し出す。
 受け取ったユリアは、その紙を見て苦笑した。

『今日は授業もないでしょう? 明日の朝までミアを置いて良いわよ』

 マヤの字で書かれた短文で、これからどうすればいいのか少し悩む。

 ふと、部屋の外にいるマリリンとハリエットの唖然あぜんとした顔が視界に映った。

「この子は私の相棒のミア。私が作った魔道具で来たけど、明日の朝にはちゃんと送り返すから」
「……ちょ、ちょっと待って! その子、幻獣? 一体どんな……」

 混乱気味に訊ねるマリリン。
 この幻獣は伝説級で、実体さえあやふやで知られていないのだから仕方がない。

「カーバンクルだよ」
「……。えぇええっ!?」

 あっさりと答えれば、マリリンは絶叫し、ハリエットは絶句ぜっくする。
 その声でビクッと震えたミアは、ユリアの頬にヒシッと身を寄せた。

「ごめん、マリリン。ミアが怖がってる」
「ご、ごめんなさい……。で……でも、本当にカーバンクルなの?」
「うん。ひたいにある赤い宝石が証拠だよ」

 ミアの背中を指先で撫でれば、徐々に震えが治まってくる。
 落ち着いてきたミアを両手で優しく包み込んで、胸の前で持って治まって手の平で頭に触れる。
 黒曜石のように美しい瞳が細くなるほど気持ち良さそうなミアを見て、マリリンとハリエットはゴクリと生唾を飲んだ。

「その……ユリア。その子……ミアに触れても良いかしら?」
「そっと手を差し出して匂いを嗅がせて、警戒心を解かせたらいいよ」

 ユリアが手順を教えれば、マリリンはゆっくり近づいて右手を差し出す。
 ビクッと震えたミアだが、ユリアの声で気持ちをしずめる。

「彼女はマリリン。私の初めての友達だよ。いい子だから、安心して」

 優しく言い聞かせるユリア。彼女を信じているからこそ、ミアはマリリンを信じてみようと思うことができた。
 伸ばされた手の匂いをぐと、甘い花のような香りを彷彿ほうふつさせる魔力の波長を感じた。
 ユリアが認めている上に、優しい魔力を持つ彼女なら信用できるだろうと判断して、ミアは軽くうつむいて頭を向ける。

「撫でていいって」

 ユリアが教えれば、マリリンは緊張気味にミアの頭に触れる。
 宝石がある額を避けて撫でれば、ミアは気持ち良さそうに目を細めた。
 綺麗な毛並みは滑らかで、ふさふさした胸元と尻尾が愛らしさを強調する。

 幻獣と触れ合うことがなかったマリリンは可愛らしいカーバンクルを愛でることができて、感激から内心で「可愛い」を連呼した。

「……ユリア。あたしも良いか?」
「うん。ミア、彼女はハリエット。とてもいい人だよ」

 惜しみながら手を離したマリリンと交代して、ハリエットも手を差し出して匂いを嗅がせる。
 ミアはスンスンと鼻をひくつかせて、同じように頭を向けた。

「いいよ」

 ユリアが許可すれば、ハリエットも恐る恐る触れる。
 指先に当たった途端に感じる艶やかな毛並みの柔らかさと温もりに、ハリエットは相好を崩す。

「かっ……可愛いな」

 叫びたい衝動を抑えて呟けば、ミアは「きゅうぅ」と鳴いた。
 早くも二人と打ち解けたミアに、ユリアはほっと安堵した。
 微笑ましそうに頬を緩めて眺めていると、僅かな空腹を感じた。

「ねえ、ハリエット。そろそろお昼じゃない? 昼食はどうするの?」
「……え? あ、ああ。そうだった。すまん、忘れかけてた」

 時間を忘れかけていたハリエットは我に返ると、部屋の隅に置かれている時計を見る。
 魔道具である置時計の針は、あと少しで十二時を差そうとしていた。

「授業がある日は、厨房にいる料理人が弁当を作ってくれるが、今日のような日は食堂で食べることになる。食堂が開く時間は、朝は一つの鐘、昼は三つの鐘、夜は五つの鐘。その間に何か食べたければ自分で作るんだ」
「へえ……自分で作るのもいいんだね」
「材料は限られているけどな」

 ハリエットが説明を終わらせた直後、街中に鐘の音が響き渡った。
 森の中から微かに聞こえる程度だった鐘声しょうせい迫力はくりょくに、ユリアとミアはビクッと震えた。

「んじゃ、そろそろ行くか」

 喉を鳴らして笑ったハリエットは、ユリアとマリリン、そしてミアと一緒に一階へ下りた。


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