打ち解ける

[ bookmark ]


 共同寮の食堂は、一階の左側の奥にある。ちなみに右側の半分は談話室だ。
 横長に繋げた四席用の二脚のテーブルが二列に並べられ、一列のテーブルに八脚の椅子が揃っている。
 全部で十六席もある中で食堂に入ってすぐのテーブルに三人の少年、その奥の端に一人の少年、二列目のテーブルに少女が座って昼食をとっていた。

 三人が入った途端、食堂内の空気が少し重くなる。
 原因を自覚しているユリアは自業自得だと自分に苦笑いを浮かべ、二人と食堂の窓口に行く。

「キム。三人分を頼む」
「はいよ。……ん? 三人?」

 厨房では数人の料理人が務めているらしく、日によって二人ずつローテーションで昼食を作っている。
 ハリエットに呼ばれて返事を返したのは、焦げ茶色短髪に深緑の瞳が特徴的な男。もう一人より年上のようで、見た目は五十代後半。

 『黒持ち』ではないことに意外だと感想を持ったユリアが彼を観察していると、男はユリアを見てギョッと目を丸くした。きっと『黒持ち』である上に『災禍さいかの瞳』を持つからだろう。

「……ハリエット。この前言っていた新しい奴ってそいつか?」
「ああ、ユリアだ。驚くことなかれ。あのマヤ・ティエールの娘だ」
「……はあ!? あっ……あのマヤさんの娘ぇえ!?」

 絶叫する男に苦笑いが浮かぶユリアと、目を丸くするマリリンと寮生達。
 ハリエットは面白そうに喉を鳴らして笑う。
「ユリア。こいつはキム。この寮の料理長で、マヤさんのファンだ」
「お母さんの……ってことは?」
「ああ。こいつもマヤさんに難病を治してもらって、以来れてるそうだ。残念だったな、キム」

 意地の悪い笑みを浮かべて冷やかすハリエット。
 キムという料理長はワナワナと震えてしまった。彼の奥にいる料理人も、この話にショックを受けているようだ。

 どれだけマヤが人気をほこっているのか改めて思い知った。

「お母さん、モテすぎ……」
「ま、しょうがないさ。絶世の美貌に着飾らない人柄は、いろんな奴を魅了するんだ。ユリアも大人になったらマヤさんみたいになるだろうな」
「いやいや、それはない」

 ユリアは否定するが、マリリン達はハリエットの発言に同感する。
 マヤにそっくりの顔立ちは綺麗で可愛らしく、穏やかさと凛とした雰囲気を持ち合わせている。趣は少し違うが、ユリアも絶世と呼べる美貌の持ち主なのだから、ありえない話ではない。

「それより、料理はまだか」
「……おう。今日はとりのモモ肉の香草焼きとパンとサラダだ」

 キムがトレイに料理を載せて窓口から渡す。
 あらかじめ用意していた料理は二つだけ。残り一つは今から用意するようだ。

「ユリア、マリリン。先に食べてな」
「わかったわ。行きましょう、ユリア」
「えっと……うん。ハリエット、ありがとう」

 ユリアが礼を言えば、ハリエットはフッと笑みを浮かべて手を軽く振った。
 マリリンに連れられてテーブルに近づくが、どこに座ろうかまよう。すると、マリリンは少女の斜め前の席に座った。

「ユリア、ここに座って」
「……いいの?」

 マリリンがテーブルを軽く叩いた所は、少女の目の前の席。おびえられている気がして不安になったが、マリリンは笑顔でうなずく。
 彼女を信じて、ユリアは少女の前の席に座った。

 チラッと見ると、とても愛らしい少女だった。
 腰まである白い髪はフワフワとした柔らかな質感があり、クリッとした大きな瞳は薔薇色ばらいろ。マリリンと同じ小柄な体型で、水色のエプロンドレスが良く似合う。

 まるで天使のような可愛らしい少女は、緊張気味にうつむいていた。
 無理もない反応に心を痛めていると、マリリンが紹介する。

「この子はアンジェラ・ラザラス。治術学を専攻せんこうしている中等部二年生。薬草に関して凄い知識の持ち主で、植物の精霊と契約しているわ」
「……あぁ。談話室にいた綺麗な人のこと? 植物の精霊と契約する人族って滅多にいないのに、凄いね。それだけ植物が好きなんだ」

 植物の精霊は、植物が好きな人を好む。
 森の賢者とうたわれるエルフと共存する精霊は多いが、人族などを好む植物の精霊は少ない。
 何故なぜなら人族や亜族は住む場所を広げるために森林を伐採ばっさいし、森と同じく植物を減らすからだ。

 ほとんどの植物の精霊が苦手、もしくは嫌う人族と契約する植物の精霊は、仲間から変わり者扱いされる。それでもアンジェラという少女と契約するほどなら、彼女は植物を大切にしている証拠になる。
 理解して言えば、アンジェラは驚き顔でユリアを凝視した。

「……変って思わないの?」
「どうして? とても良いことなのに。植物の精霊に好かれるほど心根が綺麗って証拠になるし」

 ユリアにとって何気ない言葉。しかし、アンジェラにとって衝撃を受ける発言だった。
 ほおを淡く染めたアンジェラは瞳を潤ませて俯く。そんな彼女に、マリリンは微笑んだ。

「アンジェラはこの歳で薬学に精通しているけど、それを良く思わない薬草科の先輩達から嫉妬しっとで嫌味を言われているのよ。医者になるなとも言われているらしいの」
「……はあ? それって酷くない? 女性の医者って女性の視点で対応してくれるから、凄く貴重で大事なのに」

 表情を険しくするユリアは胸焼けがするほどの苛立ちを覚え、アンジェラに向き直る。

「アンジェラ。そいつらの戯言ざれごとなんて気にしなくていい。自分の実力を誇って堂々として。貴女の実力を認めて受け入れてくれる人だっているんだから、胸を張ってやりたいことをやればいいの。難しかったら私達を頼っていいからね」

 頼っていいと言ったユリアに、アンジェラは目を見張って顔を上げる。
 目の前にいるユリアはとても真剣な顔で自分を見据えている。
 彼女の真摯しんしな思いを込めた眼差しを一心に受けたアンジェラは、ポロッと涙をこぼした。

「えっ……あれっ!? ご、ごめん。偉そうに言って……」
「ち、違います……! その……う、嬉しくて……!」

 今まで誰かに頼ることができなかった。アンジェラが禍人と呼ばれる瞳を持つことが原因だったり、気弱で臆病おくびょうなところがあったりしたから。
 認めてくれる人もごく僅か。同じ寮生のマリリンは違う学問を取っていることもあって相談できずにいた。

 けれど、ユリアは初対面なのに親身になってくれた。自分を受け入れて、認めてくれた。
 それが何よりも嬉しくて、心が熱くなった。

「ありがとう……ございます……!」
「……どういたしまして」

 言葉を詰まらせながら感謝するアンジェラ。
 ユリアは彼女の心の傷を痛いほど感じ取って辛くなったが、痛みを押し殺して微笑んだ。

 この光景を見ていたマリリンは驚き顔になったが、温かな気持ちになって頬を緩める。

「ユリア、食べましょう?」
「あ、うん。大地と精霊の恵みに感謝を」

 合掌して唱え、ユリアはナイフとフォークを使って鶏肉の香草焼きを食べる。
 閉じ込められた肉汁と香ばしい薬草の風味が口の中に広がり、自然と笑顔になる。

「……きゅう」

 ユリアの肩から、小動物の鳴き声が聞こえた。
 目を向けると、右肩に乗っていたミアがユリアの膝の上に飛び降りてユリアを見上げる。

「……食べてこなかったの?」
「きゅ」

 コク、と頷くミアに、あらら、と呟いたユリアは、スカートの左側のポケットに手を入れる。同時に作成した亜空間から小さな袋を掴んで、ポケットに入っていたと見せかけるように出す。
 小包のような袋の絞り口を解き、中から珊瑚色さんごいろの丸い木の実をつまんだ。
 すると、ミアは目を輝かせてテーブルに移動し、木の実を受け取ってかじる。至福と言っていい表情で美味しそうに食べるミアに、ユリアとマリリンは癒された。

 だが、ミアを知らないアンジェラは目を丸くしたが、木の実を見て更に驚く。

「え……もしかしてその木の実、魔力地帯でしか採れない幻の……」
「ん、コライユ。私の家って森にあるから、自家栽培できるの。コライユは魔力を多く含むから、ミアのような幻獣にとってご馳走ちそうなんだよ」

 コライユは薬師にとって貴重な材料だ。コライユから採れる果汁は、魔力を回復させる特殊な魔法薬を作るために必要になる。それを幻獣のえさにするとは勿体無いと思うが、ミアの緩んだ表情でその気持ちも消える。

「……可愛いですね」
「でしょう? 自慢の家族だから」

 ペットではなく家族とはっきり言うと、アンジェラは心温まるほど微笑ましくなった。

「どういった幻獣なんですか?」
「カーバンクルだよ」

 さらりと答えれば、アンジェラは笑顔のまま硬直する。更に言うと、後ろの席にいる少年達も目を丸くした。
 彼等の反応は当然のものだ。マリリンも同じ衝撃を体験したため良く解る。

 ユリアは静まり返った食堂の中で黙々と食べていると、アンジェラの隣にハリエットが座った。

「ミアは食べる姿も可愛いな」
「きゅい!」

 愛らしい鳴き声で返事したミアに、ユリアとマリリンとハリエットはなごむ。
 ほのぼのと癒されながら食べる三人と違い、アンジェラは固まったまま。

「……? アンジェラ、食べないの?」
「……あっ。えっと……びっくり、しちゃって……」

 ほとんど食べ終わったユリアが声をかけると、我に返ったアンジェラはぎこちなく答えた。
 視線はミアに向けたままなのは、彼女が伝説級の幻獣だから。
 無理もない反応に小さく笑ったユリアは、最後の一口を食べて手を合わせ、食器を片付けるために席を立つ。食べ終わって前足で毛繕けづくろいしたミアは気付いて、見事な跳躍でユリアの肩に乗った。

「ユリア、これからどうするの?」
「部屋の片付けと……明日の学力考査の予習かな? どこをすればいいのか判らないから」
「範囲は二年生で習ったところだから、ユリアには厳しわね」

 マリリンが教えると、ユリアは顔をしかめてしまう。
 いくら編入試験で首席と並ぶ実力を持つことが判明したからといっても、学園で習うことを習っていない可能性が否めない。
 せめて中等部二年生の教科書があればと思うが、恐らく誰も持っていないだろう。
 こうなれば誰かに教えてもらうしかない。

「マリリン、教えてくれないかな?」
「いいわよ。談話室で先にしているから、部屋の片付け頑張ってね」
「ありがとう」

 ほっと安心したユリアは礼を言って、トレイを受付で返して部屋へ戻った。


prev / next
[ 6|71 ]


[ tophome ]