不器用な優しさ
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マヤが
更に亜空間から植物を入れた透明のケースを出して、出入口側の隅に置く。
観葉植物ではない。コライユが実る低木だ。
装置の中は、魔石や魔晶石を使っているため魔力因子が濃く充満している。使用する材料は、低ランクの魔石や魔晶石を一日一個だけ消費する程度。高ランクなら半月は保つ。
魔晶石は魔力がなくなると
一ヶ月以上も保ち、ユリアの莫大な魔力に耐え切って再利用できるため重宝している。
魔力因子生成器の後は、転移魔法陣を刻み込んだ黒い
三人が入れるくらい大きな魔法陣を刻んだ絨毯を部屋の奥の隅に敷いた。
最後にオルゴールを勉強机の上に置いて……。
「……ふぅ。よしっ、できた!」
十二畳の部屋が八畳になったが、それでも十分な空間ができているので問題ない。
満足したユリアは筆記用具とノートを持って、扉を開ける。
――ガチャッ
同時に、隣から聞こえた扉を開く音。
左側に顔を向けると、隣室に住む少年がいた。
うねるような癖のある白い髪は肩口まであり、やや長い前髪で右目が隠れている。
そんな長い
引き締まった綺麗な
凛々しい眉に、高すぎない整った鼻筋と、やや厚みのある薄ピンク色の唇のパーツも、全てが洗練された形。
成長期の途中である身長も平均より高く、一七〇センチは確実にあるだろう。無地の
(……うわぁ。美少年だ)
改めて彼を見たユリアは、両親に匹敵するだろう美貌の少年を直視できなくなり、何事もなかったかのように扉を閉めると階段へ向かった。
「何故逃げる」
変声期を迎えたばかりなのか、成人男性と比べて少し高い声音。
絶妙なバランスが感じられる声をかけられて、思わず足を止める。
ハリエットから他人と干渉しない子だと聞かされていたため、彼から干渉してくるとは思わなかったのだ。
平静を装って振り向けば、少年は無表情だが瞳に不快そうな感情を宿していた。
(あ、これ……失敗したかも)
さっさと立ち去ろうとした所為で
ユリアは犯してしまった失態に軽い頭痛を覚えた。
「……何て言うか……うん。美形な子に
「……は?」
共同寮に住む全ての寮生は等しく美しい容姿をしている。中でもユリアが怒った相手である上級生は、万人に好意を持たれるほど秀麗な顔立ちをしている。
けれど、何の感情も抱かなかった。
その原因を、ユリアははっきりと判っている。
「いや……あの子は両親より普通に感じちゃって。貴方は両親と同じくらい美人だし……。同年代でここまで完璧な美形って滅多にいないし、女の立つ瀬がないって言うか……あ。心臓に悪いって言えばいいのかも」
閃いた、という風な顔で言葉にした。
しかし、それはかなり失礼な発言だと自覚して苦笑いを浮かべる。
「まぁ、そんな理不尽な理由でごめんね。同年代と普通に話すのって今日が初めてだし」
「初めてだと?」
「お母さんの仕事で一度だけ村に行ったことがあるけど、それっきりだし。えーっと……七年振りになるかな? それでも誰かとまともに話したことないし……」
マヤの仕事の付き添いで村に行った時は、大人から理不尽な言葉を浴びせられ、それに感化された子供に『化け物』と
(……いけない。今は忘れろ)
表情が抜け落ちて目が虚ろになったが、静かに目を閉じて感情を押し殺した。
「……まぁ、そんな感じだから、同年代の男の子はちょっと苦手かもしれない」
息苦しさを振り切って普段通りの明るさのある声で、普通に振る舞う。
「早く慣れるよう努力するから、その間に不快にさせちゃったらごめんね」
困ったような苦笑で謝り、
途端に、ごっそりと表情が無くなり、静かに息を吐き出す。
「きゅうぅ……」
「……大丈夫。まだ、頑張れる」
ユリアの頬に擦り寄るミアの柔らかな温もりを感じて、
心配してくれる相棒の存在のありがたみを噛み締めて、ユリアは目を閉じて、ミアの頭を指先で撫でた。
「おい」
またあの少年に呼びかけられ、足を止めて振り返る。
見上げた先にいる少年は、複雑な感情を瞳に宿していた。
「……少し休め」
「え? ……何で?」
命令に聞こえる言葉に軽く目を見張ったユリアは首を
「あの……わっ」
困惑するユリアの掴んだ少年は、強引に引っ張って二階の通路を歩く。
「あのっ、これからマリリンと勉強が……!」
「そんな顔で行けば心配されるのが落ちだ」
言いかけたところで少年が指摘する。
自分がどんな顔をしているのか判らないユリアは戸惑うばかり。
引っ張っていた少年が急に立ち止まると、ユリアに振り向いて頬に触れた。
「死人のような目をしているぞ」
少年が告げると、ユリアは焦点が合わなくなった虚ろな瞳を揺らす。
同時に、気を張り過ぎて緊張の糸が途切れそうになっていることを自覚した。
朝から慣れないことが続いた所為で、精神が極限まで
目元をなぞる少年の親指。冷たくなった頬を包み込む温かい右手に不思議と安心感を覚えて、ユリアは軽く俯いて目を伏せる。
「……わかった。でも、マリリンに一言伝えないと……」
「俺が代わりに言ってやる。だからお前はさっさと休め」
ユリアは少年の申し出に僅かに目を見張り、迷惑ではないかと不安になる。
「倒れられる方が迷惑だ」
そんなユリアの心境を察したような言葉を
確かに、倒れて相手に迷惑をかける方が、寝覚めが悪い。無断で部屋に入られるのも困る。
少年の厳しいが不器用な優しさに心が熱くなっていく。
ユリアは広がる熱を感じて頬を緩めた。
「ありがとう。えっと……」
ハリエットが彼の名前を言っていたが、忘れてしまったユリアは言葉を詰まらせる。
「……エドモン・デュラン。それが俺の名前だ」
名乗った少年――エドモンは、ユリアの頬から手を離して廊下の中央にある階段を下りていく。
見送ったユリアは切なげに目を細め、穏やかな笑みを口元に宿した。
「きゅう……?」
「……ん。ミア、寝よっか」
「きゅい」
心配の色を含ませて鳴いたミアの頭を撫でれば、ミアは安心した鳴き声を返した。
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