門下生の悪意

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 東藤と他愛たあいない世間話にきょうじてしばらくすると、町のさかいを越えた。
 そこは都会の喧騒けんそうから離れた森林地帯。近くの駐車場に車を停めると、詩那は無意識に眉を寄せて降りた。
 楽しかった時間が終わってしまい、胃が痛くなりそうな緊張感が襲いかかる。

「……大丈夫かい?」
「……ちょっと、ね。でもまぁ、女は度胸って言うし」

 眉を寄せたまま力無く笑う詩那に、東藤は心配そうな顔をする。
 彼の表情で、自分が情けない顔をしているのだと自覚した詩那はみずからの顔を叩く。

「よしっ……行こう」

 詩那は両手で痛いほど頬を叩いて喝を入れて、小さく呟いて駐車場から離れた。

 少し歩けば森林地帯の一角を支配している竹林に近づき、その間にある朱塗しゅぬりの鳥居とりいを潜る。
 石畳で整えられた地面を焦げ茶色のローファーを履いている足で静かに歩き進めれば、竹製の手摺てすりに終わりが見えてきた。

 濃紺のかわらの屋根が取り付けられた漆喰しっくいの壁と木製の古い扉を潜り抜ければ、まるで一昔の日本らしい屋敷が眼前に広がった。広大な敷地にそびえ立つ三階建ての屋敷の前は、着物を汚さないために白い砂利をき詰めて、門から玄関まで大理石の石畳の道が続いている。

(まったく。いつ来ても息が詰まる……)

 実家だと言うのに重苦しく感じる空気に小さく深呼吸をして、玄関から入った。
 靴を脱いで客用のスリッパを履き、東藤に続いて古くもしっかりとした通路を進む。
 途中ですれ違う、白い着物に浅葱色あさぎいろはかまを着た男と、白い着物に緋色ひいろの袴を着た女が詩那を一瞥いちべつする。

 その視線には、悪意が宿っていた。

「……何であんなのがここに来るのよ」
「仕方ないだろ。あれでも一応本家の人間だ」
「だからって、あれは出来損ないだぜ? 本家の汚点おてんだってのに……」

 声を潜めようとしない三人は、詩那の実家である本家の門下生。
 態とらしい悪態が聞こえて、詩那は無意識に握ったてのひらに爪を立てる。
 気付いた東藤は詩那の心情を察して、気遣わしげに声をかける。

「言い返さなくていいのかい?」
「いいの、事実なんだから。それに……あの子達の場合、態度をあらためないと身を滅ぼすのは目に見えてるし、言い返す必要はないよ」

 僅かな息苦しさを隠して、なんともなさそうに言う詩那に、東藤は首を傾げる。

「身を滅ぼすって?」
「貴方達は妖怪退治が生業なりわいだけど、神様をしずめることもその内に入るでしょう? あんな汚い心構えじゃあ、神様に気に入られないどころか不興ふきょうを買って罰せられるよ」

 辛辣しんらつに淡々と言ってのける詩那に、確かにそうだ、と同感から頷く。

 それにしても詩那は強い、と東藤は胸中で称賛しょうさんする。
 向けられる悪意に押し潰されず、ありのままを受け止めて受け流そうとし、事実を指摘する冷静さを有する。
 並大抵では得られない精神力に感服すると同時に、無理しないでほしいと東藤は願う。

 強さは時にもろさを生む。その脆さを突かれて張り詰めた虚勢が崩れないか。
 今まで気にかけていた分、心配する思いがふくらんで怖いと感じるようになった。


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