人外と新しい朝を

[ bookmark ]


 ぐっすり眠った詩那は、正確な体内時計で目覚まし時計が鳴る前に起きた。
 アラームを切って、起き上がると箪笥の中から私服を取り出す。

 黒いハイソックスと伸縮性のジーンズを着用すると、腰下まである黒髪をくし丁寧ていねいく。その後に腰下まである空色のタンクトップ、袖口が絞られた透け感のある半袖のブラウス、その上に青色と水色のオーナメント柄を施された丈の長いパーカーを羽織る。
 最後に髪型をハーフアップに整えて、鏡の前でチェックする。

「……こんなもんかな?」

 初夏にぴったりの爽やかな組み合わせができるこの服はお気に入りの一つ。
 満足そうに呟いた詩那は部屋から出ると、身支度を全て整えてから洗濯物を干して、朝食を用意する。朝は必ず和食と決めているので、昨夕に買ったさけを焼いている間に出汁巻き卵と味噌汁を作った。冷蔵庫のタッパーに保存しているお浸しを小皿に盛り付け……。

「よしっ、完成!」

 満足のいく日本の朝食が出来上がった。 リビング兼用のダイニングにあるテーブルに配膳はいぜんする頃、リビングの扉が開いた。

 入ってきたのは詩那と契約した霊人、彪人。顔を洗ったようで前髪の毛先が肌に張り付いているが、本人は気にしていないようだ。

「あ、おはよう。よく眠れた?」
「……ああ」

 詩那を見て目を丸くした彪人はぎこちなく頷く。

「白いご飯はどうする? 自分で盛る?」
「……ああ」

 気の抜けた声で答える彪人。同じ反応に気付いた詩那は不思議そうに顔を向けた。

「どうしたの? さっきから同じことしか言ってないけど……」
「……いや。それも現代の服装なのか?」
「うん。いろいろあるから組み合わせも自由でお洒落しゃれなの。どうかな?」

 微笑を浮かべて太腿まである白地に青系の柄をほどこしたパーカーをつまんで見せると、彪人は頬を緩める。

「良く似合っている」

 素朴そぼくな感想だが、柔らかな表情で言われて目を軽く見張った詩那は、照れくさそうにはにかむ。

「ありがとう。あ、そうだ。彪人の茶碗はこれ。お米は、この炊飯器にあるから」

 詩那が丁寧に教えれば、彪人はそれに従って青葉をモチーフにした柄が入った茶碗に炊き立ての白米を盛り付ける。
 昨晩と同じ場所に座り、手を合わせてから食べ始めた。

「……彪人、ニュース見ていい?」
「何だ、それは」
「テレビで見れる情報。天気予報もニュースの途中で確認できるし」

 テーブルに置いている黒いリモコンを取り、赤いボタンを押して電源をつける。
 途端に流れる映像と音に、彪人は目を丸くして凝視ぎょうしする。

「今日は晴れ……うん。ちょうどいいね。気温も最適だし」
「……平成は凄いな」

 心の底からの感嘆を漏らす彪人に、でしょ?と詩那は笑った。
 天気予報の次に流れる平和とは程遠いニュースを食べながら見て、料理を紹介するコーナー、愛くるしい小動物の写真を募集したコーナーなどが流れる頃に、詩那は空になった食器を片付けた。

 その間、ずっと彪人はニュース番組に集中していた。
 彪人がテレビに夢中になっている間に、詩那は自室に戻って出かける準備を整える。
 携帯電話、財布、通帳、小物をお洒落なベージュの肩掛け鞄に入れて、未だテレビを見ている彪人に声をかける。

「彪人、そろそろ行くよ」
「……店は開いているのか?」
「九時に開くから、今から銀行に寄ってから行けばちょうどの時間だよ。好みの服が売り切れていたら大変だからね」

 現在、所持金は財布にあるものだけ。毎月多額の生活費を振り込まれているが、必要以外は使おうとしないため、貯金はたんまりとある。
 使えるときに使う。それが詩那の信条だ。そして、今がその使いどきだ。
 金銭面で詳しく知らない彪人は詩那の正論にしたがい、テレビの電源を切って立ち上がった。


prev / next
[ 5|71 ]


[ tophome ]