人外をコーディネート

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 詩那が住んでいるマンション『御巫邸』は辻葩本町内にある。
 近くにあるバス停でバスに乗って南に進んで辻葩総合病院を通り過ぎ、本町駅の前で降り、近くにある銀行でお金を引き出した。
 銀行から出た所で、隠形おんぎょうで姿を消していた彪人が実体化して詩那の隣を歩く。

「……やはり和装は目立つか」

 本町駅の近くにあるアーチを潜って商店街に踏み込む前から彪人に視線が向いていた。
 彪人は現代的ではない和服の所為で目立っているのだと思っているようだが、一番は容姿だと詩那は理解している。

 異国風の色彩だが日本人の面影がある風貌は、どこからどう見ても非の打ち所が無い。
 超絶的な眉目秀麗びもくしゅうれい。完璧な美貌。それゆえに視線を向けられる。
 彪人にとって心労になるだろうが……。

「何、あの子……」
「釣り合いそうだけど……援交えんこう?」

 失礼なことをささやかれる詩那の方が精神的に苦痛だった。
 渋い和服の所為で更に年上と見られてしまうため、急いで若者向けの服を用意しなければ、とあせりがつのる。

「彪人。服の色は何が好み?」
いて言うなら緑を使ったものだ」
「へえ。緑色ってヒーリング効果があるからいいよね」

 他愛たあいない話で気をまぎらわせて、詩那と彪人はこの町で一番大きなショピングモールに到着した。

 建物の構造は七階建てで、上空から見れば楕円形だえんけいだと確認できる。外観も綺麗で、まるで近未来的な雰囲気をかもしている。
 そんなショッピングモールに入って、食料品店や飲食店が立ち並んでいる一階からエスカレーターに乗って上階へ行く。

「まずは靴を買って、その次にメンズショップで服を買う。余裕があれば彪人の必需品と本を買って……で、一階の飲食店で昼食をって帰る。それでいい?」
「充分だが……いいのか? 式神である俺にそこまでして」
「いいの。一緒に過ごす以上、ある程度の自由は必要だし。……まぁ、普通の修祓師はこんなことしないけど」

 そっと溜息ためいき混じりに呟いて三階にある靴屋に入った。多種多様の靴の中から履きやすい焦げ茶色の紳士靴を購入。
 続いて同階にあるメンズショップに入り、男性物の服を見て回る。

「あと少しで夏だし……半袖が良さそうだけど、彪人は苦手だよね?」
「苦手と言うより嫌いだ」
「じゃあ、ワイシャツかな。開襟かいきんシャツだから、彪人に似合うと思う。組み合わせは……ジージャンかベストかな? ズボンはスラックスとかジーパン……」

 ブツブツと言いながら服を選ぶ。しっかりとコーディネートを意識しているようだ。
 彪人はその全てを詩那に任せるとして、まずはワイシャツを試着してサイズを測る。
 メジャーを使って測れば早いのだが、他人に触れられることをいとうため、着脱ちゃくだつを繰り返す。
 ワイシャツにも素材によって着心地が異なることもあるため、面倒だが試着は必要だ。

『詩那』

 服を選別していると、彪人から念話が届いた。初めてのことに驚いたが、普通に念話を返す。

『彪人、サイズは?』
『……Lだ』

 先程、彪人の身長を計ると一八五センチと判明した。それでも三ランク目の大きさということに意外だと思いつつ、詩那は服を見繕みつくろって試着室にいる彪人に服を渡す。

「着心地はどう?」
「……問題ないが、首元が少し苦しい」
襟元えりもとの第一ボタンを外せばいいよ。それくらいならみんなしているから」

 アドバイスしてしばらくすると、カーテンが開かれる。

 最初のコーディネートは紳士靴に合わせた紳士服。
 左胸のポケットに緑色のつた刺繍ししゅうを施した、軽い素材の白いワイシャツ。黒と組み合わせた緑色のベストに黒いスラックス。アクセントとして濃緑色のネクタイと銀の金具がついたベルトを渡したが、紳士的だが、どことなく色香がただよう色男になった。

 直視した詩那は口を引き結び、熱くなりそうなほおに触れてなんとかおさえる。

「どうした?」
「いや……予想以上に素敵だから…………うん。ごめん、大丈夫。それはこのみに入る?」

 平静を装って顔を上げると、彪人は目をらしていた。詩那の思わぬ反応の所為だが、本人は気付かない。

「……ああ。俺としても、これはいいと思うぞ」
「よかった……。じゃあ、今度は若者向けのコーディネート」

 最低でも二着は必要だとあらかじめ言われていたため、文句は言わない。
 一式の服を渡せば、彪人はカーテンを閉めて着替える。

 次のコーディネートは、クールでいて今時風いまどきふうの若者が好んで着るような組み合わせ。
 先程と質の違うすっきりとしたシャツの上に濃い緑色のジージャンを羽織って、伸縮素材のジーンズを着用。アクセントとして銀のチェーンが付いた細いベルトを選んだが、それがより格好良さを引き立てている。

「どうだ」
「……格好良すぎ。彪人って何でも似合うんだ」
「お前の趣向しゅこうがいいからだろう」

 さらっとめる彪人に、ふふっ、と詩那は軽やかに笑う。

「ありがとう。それで、どっちを着て帰る?」
「……最初の服だな」
「了解。店員さーん。着て帰るようなので、値札取ってもらっていいですかー?」

 少し離れた所にいる男の店員に呼びかければ、彼は詩那を見て頬を赤く染めつつ、彪人が着ると言った服の値札を切った。

「じゃあ、会計してくるね。着替えたらこっちの靴に履き替えて」

 そう言って詩那は会計に向かった。
 値段は合わせて二万円を超えていたが、予想以上の出費ではないことに安心した。
 三万円札を渡してお釣りを貰い、手ぶらの彪人と合流した。

「……あれ? 着物は?」
「あれは霊力のかたまりでもある。だからそれ以上の荷物にはならない」

 簡潔に言って彪人は詩那から服を入れた袋をうばう。

「あっ」
「これは俺の荷物だ。お前が持つ必要はない」
「……解った」

 ありがとう、と言いたいところだが、彪人は微妙な顔をするので頷くだけに留めた。
 その判断は正しかったようで、彪人は小さな微笑を浮かべて詩那の頭を軽く撫でた。

「次はどこだ」
「っ……えっと、本屋。その後に食べて、必需品」

 自然な動作に動揺から頬を赤らめてしまうが、自覚した詩那は自分らしくないと己をりっした。


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