少女の身の上話

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 書物をいくつか見繕って、数ある飲食店の中で和食店を選んで昼食をとる。
 その後、必需品や必要な諸々もろもろを購入して、一時過ぎのバスに乗って帰宅した。

 大荷物になってしまったが、思っていたより少なかった。それでも疲労感が出てしまった詩那は自室に入るとベッドに倒れ込んだ。

「うぅー。……慣れないこと、するもんじゃないなぁ」

 普段は親友の一颯とウィンドーショッピングを楽しむ程度だったため、ここまで精神的な疲労を感じることはなかった。
 しかし、今回は彪人の同伴者どうはんしゃとしておもむいた。普段と違って当然だ。

「まぁ……仕方ないか」

 詩那は高校一年生。彪人は二十代前半の外見年齢。
 兄妹のように見えなくもないが、彪人の異国風の容姿で血縁ではないことは一目瞭然。恋人と言うより友達という雰囲気が強かったため、周囲から怪訝な視線を送られた。
 軽く鬱屈うっくつした詩那は深い溜息を吐いて、少し休もうと横になる。

 しかし、扉をノックする音で断念せざるを得なくなった。

「……どうぞー」

 体を起こして声をかければ、部屋に彪人が入ってきた。

「……疲れているようだな」
「あー……ちょっとね。それより、どうしたの?」

 要件をうながすと、彪人は扉を閉めて詩那に近づき、ベッドの縁に腰かけた。
 どうしたのかと思っている詩那に、彼は手を伸ばして詩那のほおに触れた。

「俺は詩那のことを良く知らない。お前が修祓師の端くれだということ以外……。だから教えてくれないか」

 切なさを込めた声音で、詩那の頬をそっと撫でる。まるで壊れ物を扱うような優しい手付きに、詩那は心臓の高鳴りを感じた。
 自分の頬が熱くなっていくのを嫌でも感じてしまい、彪人から視線を逸らして目を伏せる。

「……聞いても面白くないよ」
「それは俺が決めることだ」

 詩那の過去は、本人が断言できるほど暗いものだ。けれど、彪人は知りたいと言う。
 たっぷり十秒が過ぎて、はぁ、と詩那は溜息を吐いた。

「わかった。気分が悪くなったら言ってね」

 とうとう折れた詩那に満足そうな顔で手を離す彪人。

 薄れていく体温の名残なごりに、ほっと安堵したような、少し寂しいような。
 詩那は上手く言葉に表せないモヤモヤした気持ちを抱えたまま話し始めた。

「神崎家の長女として生まれた私は、家族の中で飛び抜けて霊力が高かった。その所為で物心つく頃から幽霊や妖怪に狙われて……その度にお父さんかお母さんが助けてくれたの」
「両親も霊能者だったのか」
「うん。私のお母さんは修祓師の本家の生まれで、お父さんは門下生の中では飛び抜けて優秀な修祓師だった。……それは、両親が事故で死んだ後に知ったことだけどね」

 口元に小さな笑みを浮かべるが、雄弁な瞳には悲しみと寂しさが宿っていた。

「十歳頃だから……今から六年前になるかな。本家に引き取られた私と妹弟きょうだいは、修祓師として修行をつけられた。妹と弟は、すぐに修祓師に目覚めた。……けど、私は修祓師としての力――修祓器を顕現けんげんすることができなかった」

 どうして修祓器を発現できなかったのか、原因は判らない。
 やっと昨夜に覚醒したのだが、その理由すらも。

「一族で過去最高、歴代最強の霊力って言われたけど、修祓師としての力が目覚めない以上、宝の持ち腐れ。他の戦い方を学んだとしても、修祓師にはなれない。……その所為で、周囲から『出来損ない』の烙印らくいんを押された」

 自嘲じちょうする詩那の瞳は仄暗い。
 苦しみを無理矢理押し殺している表情を見て、彪人は心を痛めた。それでも表情には出さずに、静かに聞き続ける。

「『本家の血筋というだけで恩恵にあずかっているお荷物』とか、『本家の汚点』とか。……本家の人達は違うけど、分家と門下生のほとんどが言っている。本人が近くにいるのに、悪意のある陰口ばかり叩いて……」

 脳裏によぎる、嫉妬しっとによる悪意をき散らす人々。
 思い出すだけでも心が痛み、荒んでいく。

「悪意のあるそっちの方が修祓師失格なのに。心がけがれている時点で身をほろぼすのに。……そう思ってしまう私も心が汚いんだって、いつも思い知らされる」

 ベッドのシーツを握る手に力が入り、しわが広がる。それを見ながら嘲笑あざわらうが、それはこの場にいない相手にではなく、自分が秘めている鬱憤うっぷんに向けてだった。

「綺麗な人間なんていない。それは解っている。……でも、あんな息苦しい所にいたくない。だから本家から離れて一人暮らしを選んだ。……本家に吸収された妹弟を置き去りにして」

 喉にせり上がる痛みと熱の所為で目の奥が焼けるほど熱くなる。
 詩那は目を閉じて抑え込み、気持ちを落ち着かせようとする。

「大切な肉親を置いて逃げた。それなのに、あの子達は私を心配する。会うにしても、私が本家に行くことを望まない。……自分達より、私の自由を願っている」

 けれど、無理だった。
 大切な肉親を思えば思うほど、息苦しくなって声が掠れてしまう。

「姉らしいことなんて、ほんの少ししかできてないのに……」

 詩那が心配しても、いくら教えて欲しいと言っても、一番重要な内容は教えない。余計に心配になってしまうと向こうも理解しているのだろう。
 だから詩那に心配をかけないように、大きなことは伝えない。
 その心遣いが嬉しくもあり、同時に苦しくもあった。

卑怯ひきょうみにくいのに…………どうして……」

 吐き出すように口にした言葉は自分を責めると同時に疑問を抱いていた。


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