渇きに似た

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 朝の学級活動が始まる前に、荒俣が転入生を紹介した。

「転入生の黒崎華人くろさき はると。家庭の事情でこっちに引っ越して来たばかりらしいから、困ったことがあれば協力してやれ。黒崎、何か言いたいことはあるか?」
「……紹介に与った黒崎華人だ。不慣れなこともあるが、よろしく頼む」

 古風な挨拶を聞いた生徒達は、華人にクールビューティーという印象を受けた。
 男子生徒も女子生徒も、非の打ち所がない美貌に見惚みほれる。

 一方、詩那は要注意人物として、一颯は厄介事を運ぶ疫病神やくびょうがみとして、彼を見ていた。

 華人が一颯の列の前席に座って、荒俣が朝学活を始める。

「――で、今週の金曜日に体育祭がある。競技の種目は決まっているが、どれに参加するかは自由だ。ただし人数が人数だから早い者勝ちだ。詳しいことは一限目に説明する」

 気だるそうに説明をして、朝学活を終わらせる荒俣。
 チャイムが鳴り、詩那は苦虫を噛み潰したような顔で肩を落とす。

「あ〜、体育祭嫌だぁぁ……」
「何言ってんの。中学の時なんて、クラスを勝利にみちびいたくせに」
「それでも大勢の前で運動するなんて嫌だよ。真夏じゃないのが唯一の救いだけど」

 憂鬱そうに愚痴ぐちをこぼす詩那。気持ちは解らなくもない一颯は苦笑して、詩那の頭を撫でる。

「どんな競技になるかわかんないけど、この学校でも勝ち抜こ?」
「……うん、頑張る」

 気の抜けた顔で、へらり、と笑う。その笑顔に一颯もつられてはにかんだ。

「一颯」

 その時、一颯に声をかけられた。
 超然とした態度で呼びかけたのは、転入生の黒崎華人。
 先程まで彼の高貴な雰囲気に圧されて声をかけられず、遠目で眺めることしかできなかった生徒達は、これでもかというほど驚く。

「……何だよ」

 ほんわかした空気を壊された一颯は不機嫌な顔で華人をにらみ上げる。
 思わぬ態度だったのか、華人は怜悧れいりな目をしばたかせた。

「……この前と態度が違うようだが」
「あったりまえ。ここは学校。あんた目立つ。イコール厄介事が舞い込むっていう方程式が出来上がるんだよ」
「理不尽な」

 無表情のまま呆れ混じりで突っ込む。
 確かに一颯の言葉は理不尽だが、詩那も思うところがあるため補助フォローの仕様がない。
 苦笑いが浮かんだ詩那は、自分を見下ろす華人を見上げる。

「何?」
「貴様……いや、お前は一颯の友人か」
「親友だよ」

 尊大そんだいな二人称が出た気がしたが、言い直されたため気のせいにした。
 詩那がよどみなく答えると、一颯は嬉しそうに口元を緩める。その様子を見た華人は、なるほど、と何かに納得したように呟いた。

「ところで、体育祭とは何だ」
「学校の行事だよ。学校が指定した競技に出場して、各組で競い合う。運動神経がものを言う勝負……かな」

 詩那が教えると、華人は僅かに眉を寄せた。
 無表情に変化が出たことに、詩那は左手で頬杖をついて小さく微笑む。

「やっぱり難しい?」
「……やっぱりとは、どういうことだ?」

 たずねれば怪訝けげんな眼差しが返ってくる。
 予想外の反応だが、詩那は余裕な態度を崩さず、ほおを覆うように添えている左手の小指を軽く折り曲げて、クスッと笑う。

「判らない? 私が何なのか。……ねえ?」

 ――人ならざるもの。

 音にならない声で、つややかな微笑みとともにささやいた。
 口の動きだけで何を言ったのか理解した華人は、これでもかと言うほど瞠目どうもくする。

「貴様は……」

 常日頃つねひごろから使っているだろう二人称を口にした華人。
 かなり動揺どうようしているのだと察した詩那は、右手の人差し指を口元に当てた。

「昼休みに三人で話し合おう。今はまだ、時じゃない」

 含みのある言葉を選んで告げれば、華人は湧き上がる焦燥しょうそうを呑み込んで押し黙り、静かに席へ戻った。

「詩那……?」
「ん? なぁに?」
「……何でもない」

 呼びかけた一颯に笑いかければ、一颯はモヤモヤとする不安を抑え込む。
 その様子で、いつもの自分らしくないことをしたのだと自覚した詩那は苦笑する。

「大丈夫。ちょっとした警戒だよ」
「……警戒?」
「うん。一颯を危険なことに巻き込まないか、ね……。一颯も知っていると思うけど、私ってある意味敏感だから、何となく判ったの」

 彼が人ならざるものだと。
 含みを込めて言えば、一颯は思い出した。
 詩那は霊感が強い。遠くの霊の気配を感じ取り、どんな霊なのかを感覚で判明する。
 廊下で対面した時点で、華人の正体に気付いていたのだと理解した一颯は安堵した。

「……そっか」

 いつもと違う雰囲気に戸惑ったが、いつもと変わらない詩那で良かった。

 安心すると同時に、心の奥底でしこり≠ェ生じる。

 時々、詩那がどこか遠くへ行ってしまうのではないかという不安定な何かを感じてしまう。それは霊的なものの絡みで変わる鋭い目付きだったり、今のように妖艶だが不敵な態度だったり、……時折浮かべる、さびしさや切なさがぜになった表情で遠くの景色を眺めている――そんな時に不安となって襲いかかる。

 自然体な態度に戻れば消え去る、得も言われぬ渇きをはらんだ距離感。その正体が何なのかは未だ掴めないまま。

(詩那は……いったい何を抱えているんだ……?)

 初対面の頃、詩那本人から霊能者の家系に生まれた半端者だと聞かされた。だから一颯が霊能者だと気付いたのだと教えられた。

 霊能者の家系。半端者。それが一体どんなものなのかは教えられていない。
 きっとそれだろうと思うが、それ以外にも何かがあるのだと感じてしまう。

 一颯は自身のかんの鋭さを自覚している。だから、その感覚が勘違いではないと思えた。

(いつか、話してくれるよな……?)

 無理矢理聞き出す精神は持ち合わせていないため、待つことしかできない。
 れに焦れて苛立つこともあるが、一颯は信じて待つことを選んだ。



 求めていた答えの断片が、もうすぐ明かされることになるとは、この時まで思いもしなかった。


◇  ◆  ◇  ◆



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