嘘と真と隠し事

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 昼休みを告げるチャイムが校内に鳴り渡る。
 ようやく謎をあばけると、詩那は喜びと期待感から手早く教材を片付ける。

 ふと、その前にやらなければいけないことを思い出す。

「一颯、ごめん。購買に行ってきていい?」
「え? いいけど……弁当は?」
「入れ忘れちゃって……」

 朝のごたごたの所為で頭から抜けてしまったことを午前中の途中で気付いたのだ。
 恥ずかしげに苦笑する詩那に、一颯は二つ返事で頷いた。

「そういうことなら、いいよ」
「一颯、悪いが俺も行っていいか?」

 二人の会話に便乗した華人に、一颯は眉を寄せる。

「どうせ話し合わないといけないんだから、いいけど、カネは?」
「ある」

 どうやら華人も弁当がないようだ。
 そもそも彼は人ならざるもの。現世に親しき者がいなければ当然のことだろう。

《一年三組の神崎詩那さん。職員室までお越しください。繰り返します――》

 一緒に教室から出ようとした直前、校内放送が流れた。
 突然の呼び出しに不安から眉を寄せた詩那は、小さな溜息を吐いた。

「ごめん、二人とも。先に行ってて」
「……代わりに何か買おうか?」
「いや、いいよ。……じゃあ、いつもの校舎裏で」

 詩那と一颯は、普段から校舎裏で昼休みを過ごしている。
 辻葩学園は山のふもとにあるため、校舎裏は必然的に森林が近くにある。
 校内で最も人気が少なく、尚且なおかつ静かで心地良い空間を作り出している場所でもあるため、今回の話し合いには適した場所だと言えた。

 言葉少なに告げて、軽く手を振って急ぎ足で教室から出る。
 念のために持ってきた鞄を肩にかけて、呼び出された理由を考える。
 成績に関しては上位に輝いているし、優等生として教師受けがいいため注意されることも今までなかった。なら、一体何だろうか。

 不安から悶々もんもんとしつつ足早に進むこと数分で、一年生と同じ二階にある職員室に到着した。

「失礼します」

 しっかり声をかけて扉を横へ滑らせ、職員室に入る。
 一歩踏み込んだだけで視線を向けられた詩那は足を止めそうになったが、女は度胸、と心の中で自らをふるい立たせながら問いかけた。

「一年三組の神崎ですが、どういったご用件で……」

 緊張気味に、それでも凛とした姿勢で訊ねたが、絶句する。
 職員室の入口の近くにある衝立ついたての奥から、見慣れた青年が現れた所為だ。

 うねるような波のある白い髪に、鋭利な刃物のような光を宿す金色の瞳。異国情緒を感じさせる端整な顔立ちに似合う紳士服を纏う、長身の男。

「間抜けな顔だな」

 クツリと喉を鳴らして薄い笑みを浮かべる青年――彪人に、詩那は絞り出すように声を出した。

「なっ……何でいるの!?」

 ここが職員室であることを忘れて驚愕のあまり大きな声を出してしまう。
 予想通りの反応だったようで、彪人は愉快そうに手元にある紙袋を持ち上げて見せる。

「忘れて行った弁当を届けに来たんだが?」
「あ、ありがとう……じゃなくて! 他にも方法があるでしょう!?」
「お前が通っている学び舎に興味が湧いた」
「……身も蓋もない」

 詩那は頭に手を当てて、呆れから嘆息した。

「おい、神崎」

 その時、担任の荒俣に声をかけられた。衝立の奥は簡素な応接間だったようで、そこで彪人の相手をしていたようだ。

随分ずいぶん灰汁あくの強い奴だが、一緒に暮らしてるって大丈夫か?」

 頬の筋肉が引き攣った。
 思いもよらない荒俣の発言に思考回路が停止しかけたが、気力で保たせて彪人を見る。

「……どこまで言ったの」
「それ以上のことは言ってない」

 つまり、二人暮らしということ以外は言っていないが、ただ一緒に暮らしているということのみを話した、ということらしい。
 厄介な行動パターンに目が遠くなった。

「おい……大丈夫か?」
「……あぁ、はい。彼は実家で働いている幼馴染です。先日、ちょっと危ないことがあって……心配でしばらく泊まることになったんです」

 思考をフル回転させて思いついたことをスラスラと言う詩那。
 目を見張って驚く彪人と、話の内容に荒俣は表情を険しくする。

「危ないことって何だ?」
「……ちょっと襲われかけたというか……あぁ、ちゃんと撃退しました」

 間違ったことは言っていない。
 霊的な存在に「襲われて」しまったが、「撃退」もとい退治した。
 嘘は言っていないことを思い返しながら答えれば、荒俣は更に目を据わらせる。

「ご家族には話したのか?」
「話さなかったら彼が来ません」
「……そうか。海棠かいどうと言ったな。神崎はそこらの男より強いが色々と不安な要素がある。教師としても心配だから、よろしく頼む」
「言われるまでもない。行くぞ、詩那」

 荒俣の頼みを当然のように受け入れた彪人は、詩那の右手を掴んで引っ張る。

「ちょっ……ああもう、失礼しましたっ」

 強引に引っ張られつつ、詩那は軽く頭を下げて職員室から出た。
 ようやく緊張が抜けて廊下で一息ついたが、彪人は手を離さない。

「……よく頭が回るな」
「あー……まぁ、嘘は最初と最後しか言ってないし。ほとんど事実だし」
「……それもそうだな」

 感心から軽く頷く彪人に、ふと疑問が浮かぶ。

「ところで、さっきのカイドウって名字?」
「ああ。ハナカイドウという植物があるだろう? そこから取った」
「へえ。海棠彪人……うん。ピッタリだね」

 語呂も良く華やかな名前に似合う名字に、詩那は頬を緩めて褒めた。
 その穏やかな微笑に、彪人は心臓が締め付けられたような感覚におちいった。

「……行くぞ」
「え? 行くって……」

 どこに、と問いかける前に彪人は歩き出す。

「静かな所はないか?」
「校舎裏にあるけど……って、まさか……」
「俺もそこで食べる」

 当然のようにのたまった彪人に目を丸くして引き攣った。
 普段の詩那なら頷くだろうが、今回は無理だ。

「親友を待たせているんだけど……」
「問題ない」
「いや、大有り。今日、霊人らしい子が転入してきたの。その子、親友と接触したことがあったらしくて……」

 人気のない廊下を歩きながら話せば、彪人は目を丸くして詩那を見下ろす。

「霊人が……現世の学び舎に?」
「うん。その訳もこれから聞く予定だったんだけど」

 これでは無理そうだ、と眉を下げる詩那。
 彪人は歩きながら考え込み、訊ねる。

「そいつの名字は?」
「え? ……黒崎。黒いみさきって書くの」

 丁寧ていねいに華人の名字を教えれば、彪人は遠くを見詰める。目の焦点が合っていないにも関わらず、歩く足取りは確かだ。
 どうしたのかと不安になっていると、彪人はようやく思考の海から浮上した。

「……ああ。あの華族の末裔まつえいか」
「かぞく……あぁ、華族ね。……って、え? あの子、華族なの!?」

 貴族と同じ意味がある華族。それが華人の実家らしい。
 驚きのあまり頓狂とんきょうな声を上げた詩那だが、彪人は気にせずに話す。

「二百年前の黒崎家の当主は死神だった。奴は戦うことも他者を救うことへの意欲も旺盛だったからな。ちょうど立ち上げられた死神治安協会に真っ先に入会した、華族の中の変わり者で有名だった」

 懐かしむように話す彪人の横顔は、どこか切なげで。
 おかしがたい神聖なものを秘めている雰囲気に、どう答えていいのか判らなくなった。
 そんな詩那に気付いた彪人は、ふっと笑みを浮かべる。

「あいつの末裔なら何とかなる。だから案ずる必要はない」

 右手を放した彪人は、ポンッと詩那の頭に左手を乗せる。軽くひと撫でする彪人の大きな掌に、詩那は顔が熱くなっていくのを感じる。
 同時に、胸の奥に熱が宿り、じわり、と安心感とともに広がっていった。

「……その言葉、信じるよ」

 詩那は頬の熱を抑えながら、目をらして呟いた。

 信じる。そう言った詩那に、彪人が嬉しそうな微笑を浮かべていることに気付かずに。


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