初めての安心と涙

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 結依と有留が友達になって半年が経った。
 独創鬼道・三極式と瞬歩を扱えるようになった有留は、練度を上げるためにこっそり練習していた。
 三極式は扱いにくい点もあるが、慣れればどの鬼道より使い勝手がいいのだ。
 攻式は今のところ三つしかないが、どれも十分すぎる威力があるため不満はなかった。


 そんなある日の帰り道、白い化け物が現れた。
 この世界で言う堕ちた魂、悪霊――ホロウだ。

「ちょうどいい」

 これまでの成果を試す時が来た。
 有留は試しに、三極式の中で一番軽い攻撃の鬼道を使う。

「攻式ノいち――『水蓮すいれん』」

 二本の指を揃えて向けると、指先から太めのつtが伸びる。
 霊力によって生み出された蔦は途中で枝分かれし、けようとする虚を絡め取る。

「グガァアア! ガアアッ、ア、ァァッ……!?」

 虚は咆哮ほうこうを上げてもがくが、次第に声がしぼんでいく。
 原因は蔦にあった。虚に巻き付いた蔦から大輪の蓮華が数多く咲き乱れている。

 攻式ノ壱『水蓮』は、蔦で拘束した敵の霊力を奪い、霊力を回復させる力を持つ蓮華へ変換する鬼道だ。

 有留は虚が弱ったところを見極めて、磨き上げた瞬歩で接近する。
 そして――

「攻式ノ――『雷装らいそう』」
「グギャアァアアァァッ!」

 唱えつつ触れた瞬間、有留は強烈な雷電をまとう。
 紫電がほとばしるほどの雷撃を受けた、虚は断末魔だんまつまを上げた。
 攻式ノ弐『雷装』は、雷電を纏うことで触れている相手を感電させる鬼道。攻撃と防御を兼用できる上に、術者の霊力に比例した威力を発揮する。

 有留の霊力が上回っていたのか、この一撃で虚はボロボロと崩れて消えていった。

「……予想以上だな」

 心底驚いて自身の手のひらを見詰める。
 これなら死神が所持する武器がなくとも虚と渡り合える。そんな自信を持ったが――

「有留! 避けて!」

 結依の声が聞こえ、反射的に空中から離脱しようとする。
 しかし、一歩遅かった。巨大な虚の拳が腕を掠め、あらぬ方向へ曲がる。

「ぐっ……あ゙ぁっ!!」

 尋常ではない激痛を生まれて初めて体験した。
昔≠ネら「この程度」と言えたが、今≠ヘただの人間。
 やわい肉体に嫌気が差す中、地面に倒れた有留に気配を消した巨大虚ヒュージ・ホロウが襲いかかる。
 しかし、それを阻止する者がいた。

「守式ノ壱『断境だんきょう』!」

 強く張り上げた声。直後、ガンッと鈍い音が響いた。
 かすむ視界の中で顔を上げれば、透かし桜を施した髪留めが見えた。
 結依の背中だと理解した有留は、無意識に肩の力を抜く。

 ここで有留は、己の心境を感じ取り、驚く。

(何だ、これは……この心≠ヘ何だ?)

 どうして、結依が現れて力が抜けるのか。
 どうして、結依の背中を見て胸が熱くなるのか。
 どうして、目の奥が熱くみるのか。

(……何なんだ)

 理解できない感情に戸惑う中、結依は低く重い声を発した。

「攻式ノ――『楹火えいか』」

 怒りを込めた言霊。
 次の瞬間、距離を置いた巨大虚から烈火が噴き上がった。
 立ち昇る火柱に呑まれた巨大虚は悲鳴を上げることもできないまま、火柱とともに跡形もなく消えた。

 有留は、見たことのない三極式の技に驚愕する。
 この苛烈な鬼道は、破道の七十三『双蓮蒼火墜』より強力なのではないか。おそらく犠牲破道に類される破道の九十六『一刀火葬』に近い威力だと肌で感じた。

「有留!」

 巨大虚の最期を見届けた結依は振り返ると、有留のそばに膝をついた。
 有留の腕は、通常の複雑骨折より酷い形にひしゃげている。普通なら気絶する以前に、子供ならショック死してもおかしくない。

 結依はむごたらしい怪我に息を呑み、奥歯を噛みしめて両手をかざす。

「癒式ノ参『癒那ゆな』」

 両手に生じる淡い光。
 癒式ノ弐『癒波ゆは』は切り傷などに使われるが、肉体の損傷は『癒波』の上級『癒那』でなければ治らない。
 少し前に編み出したばかりだが、効果は確かに発揮された。

 徐々に元の形に戻る。その際に痛みは全く感じない。
 温かな光に包まれた有留は、張り詰めていた糸が途切れたように、一滴ひとしずくの涙を流した。

「……間に合わなくて、ごめんなさい」

 温かな心地が消えると、今度は結依に頭を抱きかかえられた。
 どうしたのかと思うが、自分の目から幾筋もの涙が流れ、ほおを濡らしていることに気付く。

「なん、だ……?」

 発した声が掠れていた。
 今まで感じたことのない自分の異常に困惑する。

 結依は、そんな有留の頭を抱きしめ、優しく撫でた。

「痛かったね。もう大丈夫。もう、我慢しなくていい」

 木漏れ日のような柔らかい声は、先程の冷徹さは感じされない。
 むしろ、日溜りのような温もりに包まれた。

「泣いてもいいんだよ」

 全てを許された。そんな錯覚を感じた有留は、結依の胸に顔をうずめた。
 全身の力が抜けて、涙が止めなく流れる。心が洗われるような、救われた気持ちになる。

(これが……安心、か……)

 初めて知った心≠フ名に、有留はその温もりに浸って意識を飛ばした。



 有留の体から力が無くなった。
 ぐったりとする彼の顔には痛々しい涙の痕がある。
 間に合わなかった。痛い思いをさせてしまった。
 全てを護れるとは思っていないが、せめて幼馴染だけでも護りたかった。
 悔しさが込み上げて、有留の頭に頬を寄せる。

「結依!」

 ハッと意識を戻すと、漆黒の着物姿の芽依が走ってきた。
 彼女だけではない。有留の母・志吹絢も。

「無事かい!?」
「あ……うん。……有留は怪我、したけど……でも、治したから」

 心から心配している芽依の顔色に、結依は眉を下げて報告した。
 それを聞いた絢は深く息を吐き出して、膝をついて有留を見る。

 そして、目を見張った。

「有留、泣いたの?」
「……うん」

 悲しげに頷いた結依だが、絢は自分が喜んでいることに気付く。

「……不謹慎ふきんしん、ですよね。有留が……息子が泣いて、ほっとするなんて」
「そういえば、有留君は一度も泣いたことがないって言っていたね」

 聞いたことがあるのか芽依が思い出すように言うと、絢は頷く。

「いつも無表情で、何を考えているのか……親なのにわからなくて。時々、有留に心がないんじゃないのかって、不安になったんです。でも今、ちゃんと人らしい心を持って泣いている」

 絢の独白に驚いた結依は切なくなった。

 やはり彼は、虚無を司る十刃エスパーダ――ウルキオラ・シファーなのだと。
 ウルキオラは死ぬ直前に心≠感じて、消滅した。最期の今際いまぎわで心≠ノ関心を持ったのだ。

「これも結依ちゃんのおかげですね。最近の有留は、結依ちゃんと遊ぶのが楽しみみたいだったから」

 絢の言葉に、これまでの有留の行動を振り返る。
 確かに有留は、結依から創作鬼道を学ぶときは、どことなく楽しそうだった。
 転生して人生を得て、結依を通して心≠学んでいるようだった。

 思い返して嬉しくなった。彼が心≠学んでいく手伝いができたのだから。

「結依、さっき火柱のような鬼道が見えたが、何だったんだい?」

 芽依にたずねられ、結依はきょとんとした。

 そこで思い出す。まだ、芽依に三極式を教えていないと。

「オリジナル鬼道の一つだよ」
「……オリジナル? まさか、作ったのかい?」

 うん、と頷けば目を見張る芽依と絢。

「三極式って言ってね、攻撃と、防御と、治癒の三つがあるの」
「……どうやって作った?」
「芽依さんがくれた辞書にある文字を組み合わせて、どんなのができるのか想像して……で、試したらできた」

 説明が苦手な結依は、ありのままを話す。
 すると芽依は片手で目を覆い、天をあおいだ。

「芽依さん?」
「……結依の規格外っぷりが、ここで発揮されるなんて……」

 規格外と言われて、結依は僅かに顔をしかめる。
 それを見た絢は驚き顔になる。

「結依ちゃん、規格外って言葉、理解できるの?」
「え? ……普通じゃないってことかなぁって」

 結依はまだ五歳児。難しい言葉を理解できる年頃ではない。
 だからなんとか正確ではない言葉をひねり出せば、絢は感心の表情で目を丸くした。

「結依ちゃんは賢いのね」
「……そう、かな? そうだといいな」

 照れ臭そうにはにかむと、絢は口に手を当ててもだえた。
 心の中で、かわいい、と連呼しながら。

「有留君にも教えているでしょう」
「うん」
「なら、有留君の体調が回復し次第、本格的な訓練をするよ」

 芽依の発言に、ギョッとする結依と絢。
 まさか有留まで参加することになるとは思わなかったのだ。

「有留も……ですか?」
「君達の事情を考えると、早い方がいいはずだ」「……そう、ですね」

 複雑な表情で頷く絢。
 同意した彼女の悲しそうな顔に、結依は疑問符を浮かべる。

「何の話?」
「結依がもう少し大きくなってから話すよ」

 今はまだ無垢な子供でいられるように。
 その思いから、芽依は重大な秘密に蓋をした。


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