決意
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どうやってこれを説明すればいいのか悩んでいると、マヤが明るい笑顔を浮かべて空いている隣を軽く叩いた。
「ほら、座りなさい」
にこりという擬音が似合う笑顔に促され、ユリアは渋々ソファーに座る。
ふと、ここでミケーレはユリアの手にある二枚の紙に気付く。
「ユリア。新しい魔法陣は一つではなかったのですか?」
「ん、一つだよ」
そう言って二枚の紙を低いテーブルに距離を置いて並べる。
どちらも同じ魔法陣。ユリアはその片方の中心に、自分の通信魔道具のイヤーカフを置いて紙の縁に触れて、魔力を流し込む。すると、両方の魔法陣が青白い光を淡く放ち――隣にある魔法陣にイヤーカフが現れた。
「……は?」
これには流石のミケーレも唖然としてしまうのも仕方ない。
魔法陣の上にある物が、違う魔法陣の上に移動したのだ。
見たことがない魔法に驚く三人の反応に、ユリアは満足感から笑みを浮かべた。
「お父さん。さっきみたいに、そっちの魔法陣に魔力を込めてみて」
「……こう……です、か……!?」
ミケーレが魔法陣に触れないように魔力を込めれば、同じように二つの魔法陣が淡い光を放ち、イヤーカフがユリアの前にある魔法陣に移動した。
「よし、成功!」
喜色満面に呟いたユリアはイヤーカフを取って右耳に付け直す。
「ユリア、これは一体何の魔法陣なの?」
興味津々にマヤが訊ねると、ユリアは答えた。
「転移魔法陣。二つの魔法陣を利用して、遠くに設置した魔法陣に移動する魔法だよ。二つの魔法陣を二つの地点に設置しないといけないのが欠点だけど、遠くからでも一瞬で戻れるの。でも、これを他国に知られちゃったら内部から侵入して攻撃される恐れがあるから、
欠点と注意事項を交えて説明すると、感心するマヤと違ってクリスとミケーレは驚愕した。
確かに便利だが、その分のデメリットもある。それを考えてなお生み出すとは、とんでもない好奇心と行動力だ。
感心すればいいのか呆れたらいいのか判らなくなったミケーレは溜息を吐いた。
「ユリア、学園に行きなさい」
「……え?」
ミケーレの発言に、ユリアは目を丸くした。
何を言われたのか一瞬理解できなかったが、少しずつ
「な……んで……」
「今の君は井の中の蛙。世界を知らないままだと、これから先が思いやられます。それに、大人になれば独り立ちしなければならない。ずっと森に住むわけにはいかないのは解っていますね?」
厳しいことを言うが、全てユリアを思ってのこと。
ミケーレの言っていることは理解できる。しかし、トラウマを抱えるユリアには厳しい内容だ。
瞳を揺らして徐々に俯くユリア。それを隣で見たマヤは、切なげに目を細めて彼女の手を握る。
「ユリア。私達は貴女に世界を知ってもらいたい。世界を怖がってほしくないの」
愛娘を心から心配する母親としてマヤが言う。悲しそうな顔で、願うように。
いつも明るい笑顔が多い彼女の憂い顔を見るのは、親の愛情を疑った時以来だ。
過去の記憶が蘇ったユリアは、罪悪感から来る心の痛みを感じる。
両親の言っていることは解る。このまま森の中にいると外界がわからなくなるし、他人と
解っている。けれど……。
「……でも、また『化け物』って言われたら……どうすればいいの?」
幼い頃にマヤと村へ行った時に受けた悪意を思い出すと不安が襲いかかる。
「我慢できるか……自信ない……」
あの時は途中でマヤが来てくれたから、何とか耐え切ることができた。しかし、その後から精神状態が危うくなった。
あれから今まで他人と接してこなかったから回復することができたが、もう一度傷を開いて刺激する状況に
不安に駆られるユリアの言葉に、マヤは微笑する。
「我慢しなくていいの。その時は魔法で黙らせちゃいなさい。相手がたとえ貴族であっても。貴女は使いどころを知っているでしょう?」
まさかの発言に目を丸くした。
学園には当然のように貴族がいる。貴族の中には
権力で物を言わせる相手でも、マヤは魔法を使って
人間を魔法で傷付けたことがないユリアには
「……いいの?」
権力者を相手に反抗していいのか
そんなユリアの懸念を理解したミケーレも小さく笑う。
「いいですよ。貴族なんて、僕達の相手ではないから」
尊大な言葉だが、絶対の自信があるミケーレの言葉で不安が薄れる。
勇気づけてくれる両親の想いが嬉しくて、ユリアは切ない笑顔を見せた。
「……ありがとう。できるだけ頑張ってみる」
両親がそこまで言うのだから、勇気を出して頑張ってみよう。
不安を抱えながらも決意するユリアの言葉に安堵した両親と、二人の言葉に苦笑するクリス。
普通なら貴族を敵に回すと、人生を狂わされる可能性が高くなるからできない。けれど、ユリアにそんな心配はいらない。何故なら彼女の両親は、特殊な生い立ちをしているからだ。そんな両親を持つユリアは誰よりも特殊だが、恐らく聞かされていないだろう。
――だからこそ、ユリアはどの生徒よりも気にかけなければならない。学園長という中立な立場であっても。
「なら、ユリアちゃんには特別処置を設けないとね」
「……そんなことをして大丈夫なのですか?」
ミケーレが若干不安そうに訊ねると、クリスは微笑する。
「バレなかったらいいことだ。とりあえず……そうだな。寮生活になると長期休暇以外帰れないけど、その転移魔法陣を使って休日だけ帰ってもいい。ただし、月に三回の日帰り。心が不安定になってしまうといけないから、良く考えて行動して。それから危害を加える生徒がいれば、魔法を使って構わない。傷つけないことが条件」
「……校内で魔法を使っていいの?」
「本来なら授業や訓練以外は禁止だけどね。他に何かないかい?」
優しく訊ねるクリスだが、その態度にユリアは戸惑ってしまう。
家族と幻獣以外に好意的な態度を取られたことがないからだ。
村に行ったきり外界に出たことがない所為で人間と触れ合ったことがない。ずっと他人を拒絶していたから、本当はクリスのような優しい人もいるのだということも知らずにいた。
だから、彼の優しさが
「クリスはミケーレの友人で、私の恩人の一人でもあるの。大丈夫。彼は信用できるわ」
安心させるように言い聞かせれば、ユリアは意外な話に驚いた。
ミケーレがマヤの恩人の一人であることを聞かされたことがある。けれど、もう一人がクリスだなんて初耳だ。
今の話が本当なら、信用に値するかもしれない。
マヤの言葉を信じて、ユリアは頷いてクリスに向き直る。
「ミアを連れて行くことってできますか?」
「……そのカーバンクルを?」
「はい。カーバンクルは狙われる対象だと理解しています。けど、ミアが大人しく留守番してくれるとは思えなくて……。もし無理なら、ミアに転移魔法で私の所と家を行ったり来たりする許可をくれませんか」
「カーバンクルに転移魔法を教えるのかい?」
「装飾型の魔道具に、
パッと思いついたアイデアを出せばクリスは驚き、そして苦笑を浮かべた。
「しょうがない。ただし授業がある時間帯以外で、目を離さないことが条件だ」
「ありがとうございます」
最大の
礼儀正しいユリアの態度に、不意にクリスは疑問を訊ねる。
「さっきまでの警戒心はどうしたんだい?」
つい先程まで、ユリアはクリスに警戒心を抱いていた。ユリアの日常を脅かす存在として現れたクリスを受け入れるには時間がかかると思った。
けれど、ユリアはチラッとマヤを一瞥して告げた。
「……お父さんの友達で、お母さんの恩人なら、信用できると思って」
どうやら両親の関係者ということで判断したようだ。それだけ肉親に依存しているのだろう。
クリスは少し安堵して、右手を差し出す。
「これからよろしく、ユリアちゃん」
「……えっと、はい」
小さく頷いたユリアは、恐る恐るといった風にクリスと握手を交わした。
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