挑んだ先へ

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 とうとう真央霊術院の入試の日が来た。
 配布された白い着物に緋袴ひばかまといった女子院生の服に着替え、まずは筆記試験に挑む。
 筆記試験は思いのほか、手応えがあった。お祖母ちゃんから習った問題だったから助かった。

「――はい、そこまで。答案用紙を裏に伏せて、両手を膝の上に置いてください」

 きっかり一時間で終わった筆記試験。試験官が裏返した答案用紙を回収して、次の指示を待つ。

「続いて実技ですが、横一列を一組として、斬術、白打、歩法、鬼道を順に行います。一班は斬術から始め、二班は白打、次に歩法と続けます」

 試験官の指示に、誰もが不安そうな声を漏らす。
 私は六班に当たるから、体術である白打から始める。

 名前を書いた成績表を持って、広い一室に案内されると、別の教室で筆記試験を行っていただろう受験生達を、六人の男の試験官が一人ずつ相手にしていた。
 身の熟しからして、二番隊で席次に就く者だろうか。隠密機動という護廷隊の暗部を担う機関の軍団長が、二番隊の隊長に就いているらしいから。


 ふと、優男そうな男性が視界に映る。
 淡い金髪が特徴的な美男は、見覚え……というか知識にある。

 浦原喜助だ、あれ。てことは、原作の百十年以上も前ってこと!?


 若干ほおが引きった私は、彼の次に強いだろう試験官と戦うことにした。

「えーっと、私からですか?」
「ああ。どこからでもどうぞ」

 基本的に受身が多かったから、自分から向かうのは苦手だ。でも、お祖母ちゃんとの訓練の時は自分から行っていたし……頑張るか。

「ぐっ?」

 地面を強く蹴って肉薄すると、まずは右腕を狙う。
 反射だったのか試験官は片腕で防ぐとうめく。
 わずかなすきを狙って足払いを仕掛けると、体勢を崩しそうになった試験官の背後をとりながら腕を掴み、流れる動作で床に伏せるように倒し、腕を背後に回して押さえつける。

 僅か数秒の出来事だった。
 あれ、お祖母ちゃんより弱い? あまり本気を出していないんだけど。

 きょとんと目を瞬き、試験官から退く。

「すみません、立てますか?」
「あ、ああ……強いな、君」

 心底驚いている試験官が、差し出した私の手を掴んで立ち上がる。
 ここで、誰もが手を止めて私を凝視していることに気付く。

 うわっ、なにこれ気まずい!

 顔の熱を覚えた私は、成績表に判子をもらうと、急いで下がって六班が終わるのを待った。



 続いて歩法。これは単純だったので、瞬歩を使って終わらせた。
 試験官から褒め言葉を貰って照れ臭くなったけど、気を引き締めて次の試験へ。

「鬼道は破道と縛道を各一回のみ行う。やり直しは利かないから注意しろ。では、好きに始めてくれ」

 鬼道の試験は鬼道専用の訓練場で行うらしく、破道は的当て、縛道は試験官自身が体感して判定するようだ。
 試験官が告げると、半数以上が縛道から始めた。

 私はどっちでもいいけど……あ、そうだ。あれにしよう。
 破道を行う場所の一番端で、試験官に名前を告げて始める。

「血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ。雷鳴の馬車、糸車の間隙、光もて此を六に別つ。蒼火の壁に双蓮を刻む、大火の淵を遠天にて待つ」

 二重詠唱を行うと、試験官が顔色を変える。
 私は人差し指と中指を揃えた刀印を胸の前に構えて唱えた。

「縛道の六十一、『六杖光牢』」

 六つの光の板が、的に突き刺さる。
 そして両手を左側へ引き、左手を上、右手を下に向けて花開くように突き出す。

「破道の六十三、『双蓮蒼火墜』!!」

 両手から放たれる蒼い炎。巨大な火炎放射が的に吸い込まれ、消し飛ぶ。
 それだけではない。爆音を響かせて、壁に巨大な穴を開けた。
 特殊な壁だったのだろう。穴を開けてしまったことに、試験官はあんぐりと口を開けてしまった。

 ……やりすぎた。蒼火墜ぐらいに抑えておけばよかったかも。
 頭に手を当てて頭痛をやり過ごしながら、判子を貰って壁際へ戻ろうとした。

「お前……!」

 どこかで聞いたことのある驚き声。
 訓練場の入口を見ると、下睫毛が特徴的な黒髪の男――

「あ。確か……志波っていう人?」

 現世で私が助けた、志波という死神がいた。
 衝撃を受けた顔で固まる志波に、もう二人の男女のうち女性が質問する。

「志波三席、知り合い?」
「……ああ。少し前に助けられた」

 思い詰めた顔つきで答えた志波に、女性は眉をひそめる。
 そして私の奥の方を覗き、ギョッとした顔になる三人組。

「さっきのでかい音……まさか、お前があれを?」
「そうだけど……やっぱり変だったかなぁ」

 深い溜息を吐いて壁際に戻る。

「すまない。少しいいかい?」

 不意に、もう一人の男性が私に声をかけた。
 よく見ると、彼は先日の虚から助けた死神だった。

「あ」
「覚えてくれていたんだね」

 驚き顔になる私に、青年は嬉しそうに微笑む。

「私は朽木蒼純。六番隊の副隊長だ」
「……え、副隊長?」

 しかも朽木って……四大貴族の一角を担う朽木家? いずれ六番隊隊長になる朽木白哉の父親? ……マジか。
 ぽかん、とする私に朽木副隊長は苦笑した。

「やはりそうには見えないか」
「……いや、そっちじゃなくて。もしかしてだけど、最初からあの現場にいなかったのかなぁって」

 あの時のことを思い出しながら言う。
 副隊長なら、あれくらいなら問題なく倒せるはず。……私、余計なことをしたのかも。

 徐々に後悔し始めていると、朽木副隊長は軽く目を見張った。

「よく分かったね。……君には礼を言わないといけないと思っていた」

 お礼?と首を傾げる私に、朽木副隊長は頭を下げる。

「部下のかたきを討ってくれて、私を救ってくれてありがとう」

 まさか頭を下げられるなんて思わなくてギョッとした。

 私はただ見捨てられなくて、助けたくてしゃしゃり出た感じなのに。
 でも、礼を受け取らないのは失礼だと思うし……。

「……えっと。どう、いたしまして……?」

 疑問形になってしまったが、感謝の言葉を受け取った。

「朽木副隊長。今の話……」

 頭を上げた朽木副隊長に、志波が疑問の声を上げる。
 すると、彼は応えた。

「先日の虚の群れの退治に向かった部下の救援を受けたんだが……ね。彼女のおかげで、部下を連れ帰れたし、私も助けられた」

 この場が騒然となるくらい衝撃を受ける言葉。
 どうしよう。悪目立ちしすぎた。

「……あの、まだ試験中だから……。みんな、集中できないと思うし……」

 周囲の心の声を代弁すれば、険しい表情を作っている女性が訊ねる。

「あなたの残りの試験は?」
「え? えっと……斬術だけ、だけど……」
「なら、私が見てあげるわ」

 どことなくピリピリとした雰囲気が少し怖い。
 拒否したら後が怖そうなので、ぎこちなく頷いた。



 斬術の試験会場に行くと、木刀を振るう試験官と受験生で埋まっていた。
 ちょうど一か所が空くと、朽木副隊長が声をかけた。

「すまない。そこを使わせてもらえないか」
「……!? く、朽木副隊長!?」

 試験官が頓狂とんきょうな声を上げる。
 誰もが手を止めてこちらに向いてしまい、すごく申し訳ない気持ちになった。
 そう思っている間に、志波が木刀を貰い、私と女性に投げ渡した。

「さっさと構えて」

 女性が冷たく告げる。
 初対面なのに、どうしてここまで邪険にされるのか。
 痛む心を嘆息とともに吐き出し、木刀を構える。

 そして、一呼吸で面構えを鋭いものへ変えた。

 女性の木刀が少し揺れる。それを合図に、一瞬で踏み込んだ。
 鈍くも高い音を立てて交差する木刀。攻めるだけではなく、相手側の出方も注視する。
 私が攻撃の手を緩めると、女性の攻撃が来る。
 僅かな動作で振り上げられる木刀。瞬時に見極め、僅かに体をずらして避ける。
 そして、峰打ちの部位であるむねに向けて振り上げる。

「くっ」

 力強い一撃に、勢いを加算された女性の木刀が手放され、宙を舞う。
 女性がそれを追う前に、彼女の喉元に木刀の切っ先を向けた。

 ガンッ、ガラン、と木刀が床に落ちる音が響く。
 生唾を飲んだのか、女性の白い喉が動く。
 戦意を失ったのだと悟り、私は木刀を引いて一息つく。

「ありがとうございました」

 木刀を左手に持ち、礼儀正しく一礼して姿勢を正す。
 再び女性を見れば、彼女は不機嫌そうな顔で私をにらんだ。

「……えっと、私と会ったことありますか?」
「は?」

 何を言っているんだこいつ、みたいな顔にグサッと来る。

「いや……そんなに敵意を向けられたら、どこかで何かしたのかなって……」

 不安になるんだけど、と言いかけたところで、女性は目を据わらせた。

「いい子ぶってるの?」
「……はい?」

 女性の一言に、今度は私が顔をしかめる。
 志波と朽木副隊長が何かを言う前に、女性が言い募る。

「朽木副隊長と志波三席に助けられたって大層なこと言われているけど、どうせ点数稼ぎでしょう」
「東雲! お前っ……!」

 志波が怒鳴ろうとしたけど、私は手を挙げてさえぎった。
 彼女はただ、私が気に食わないのだ。なら、私も言いたいことを吐き出せる。

「私が二人を助けたのは、ただ後悔したくなかったからだよ。見捨てて、見殺しにして、良心の呵責かしゃくを背負うのが嫌だったから。全部、自分のためだ」

 後悔したくなくて、自分のエゴイズムを貫いた。

「それに、いい子だったら家族を苦しめなかった。何に代えても家族を選んでいた。……なのに私は死んで、兄を悲しませた。そんな私がいい子だなんて笑わせる」

 爪を立てるほど拳を握り締める。
 自分への怒りと、女性の勝手な憶測へのいきどおりを込めて、彼女を見据える。

「何も知らないあなたが、私を語るな」

 怒気を込めて吐き捨てる。
 睨まれた女性は眉を寄せたまま目を見張り、気まずそうにそっぽを向いた。
 煮え切らない態度に腹が立つけど、深い溜息を吐いて気持ちを切り替えた。

「朽木副隊長。試験が終わったら、その後どうすればいいですか?」
「あ……ああ。試験の合否を決める成績表を提出して、そこで解散になる」

 あ、そういえば判子を貰わないといけないんだった。

 私は成績表を出して試験官に渡すと、判子を貰った。
 十干じっかんで評価されるようで、全部『甲』と判定された。
 見ていると、成績表を志波に取られてしまった。

「……若桜結依って言うんだな」

 あ。そういえば名乗ってなかった。

「おしっ。若桜、十三番隊に入らないか?」
「……はい?」

 失念したと反省していると、思いも寄らない勧誘を受けた。


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