本当の出発点

[ bookmark ]


 志波という男性死神から、十三番隊に勧誘された。
 真央霊術院は六年ものカリキュラムがあるのだが……。

「……気が早いよ。まだ六年もかかるのに」
「いや、そうでもない」

 私の言葉を否定する朽木副隊長。
「真央霊術院には飛び級制度もある。彼……志波海燕三席も二年で卒業したほどだ。ただし隊長・副隊長の推薦があれば、すぐにでも入隊は可能だ」

 マジか。飛び級は知っているけど、それは知らなかった。

「それに君は斬魄刀を解放できるから、席官の座が用意される」
「……は?」

 ここで、胡乱な声を上げた志波海燕。
 彼が知らないのも無理はない。私が初めて始解したところを見ているのは朽木副隊長だけなのだから。

「若桜、始解できるのか?」
「え、まぁ……」
「いくら何でも早くねえか?」

 度胆を抜いた顔に苦笑い。
 初対面の日から一週間も経たずして開花したから、当然の反応だ。

「そういうことだから、席官と試合して、席次を判定してもらいなさい。勿論、拒否権はある」

 拒否権はあるは当然だろう。他の隊を希望できなくなるから。
 でも、そうか。なら……。

「わかった。十三番隊に入る」

 早めに入隊した方が、物語の流れがわかりやすくなる。
 この世界が、今はいつなのか。それを確かめたい。

「よっしゃ! んじゃ早速行くぜ」
「あ。じゃあ、着替えてくる。斬魄刀も持ってこないと」

 出端を挫くようで悪いけど、まずはそこからだ。



◇  ◆  ◇  ◆



 気を取り直して、護廷隊の隊舎がある区画に入り、十三番隊の隊舎に踏み込んだ。
 死神でもない私が、自隊の副隊長候補と他隊の副隊長に連れられている光景は異様らしく、誰もが一度は私を一瞥する。
 行く先々で誰もが「お疲れ様です!」と二人に声をかける。それは、とても微笑ましいものだった。

「何ニヤニヤしてんだ? 若桜」
「え? いや……部下に敬愛されているんだなぁって微笑ましくなっただけ」

 頬を緩めて言えば、志波は頬を引っ掻いて照れ臭そうに視線を逸らした。
 朽木副隊長もクスッと笑って、ある一室の前で立ち止まった。

「六番隊副隊長、朽木蒼純です。浮竹隊長、入ります」

 朽木副隊長が声をかけて、私達も後に続いて入る。
 どうやら執務室のようだ。隊長・副隊長専用のようで、机が二つある。その奥の大きな机に、白髪を一つに束ねた男が座っていた。
 彼は筆を筆置きに納めると、顔を上げた。

「朽木副隊長と海燕とは、珍しい組み合わせだな」

 彼が十三番隊隊長――浮竹十四郎。

「今日のお加減はよろしいようですね」
「久々に調子が良くて……ん? その子は?」

 ここで私の存在に気付いたようだ。
 気を引き締めていると、志波が言った。

「前に現世での任務で助けられたって言いましたよね。彼女がそうっす」

 その紹介に、浮竹隊長は目を見張った。
 ここで自己紹介すればいいだろうか。

「若桜結依です」

 軽く会釈して簡潔に名乗り、顔を上げる。
 視線の先にいる浮竹隊長は、これでもかというほど瞠目どうもくしていた。

「浮竹隊長? どうしたんすか」
「……あ、ああ。何でもない」

 志波に無問題と返す浮竹隊長。
 何でもなくない顔だった。視線も、どことなく意味深だ。

「それで、彼女はどうしてここに?」
「彼女は今年の受験者ですが、私の推薦で、彼女を十三番隊に入隊させようと思います」

 朽木副隊長の発言に、浮竹隊長は驚く。

「朽木副隊長の隊ではなくてか?」
「志波三席の強い希望ですから。それに先日、多数の虚から私を救ってくれました。斬魄刀も始解できるようなので、席官に推そうかと」

 朽木副隊長がそう言った後、志波が斬拳走鬼の成績表を見せた。
 全て「甲」の判子を押されているのを見て、浮竹隊長は目を見張る。

「筆記試験は後程確認しますが、実力は申し分ないです。現に十番隊の三席を斬術で降しました。斬魄刀も含めると、低く見積もっても三席、高く見積もって副隊長の実力があります」

 朽木副隊長の手放しの評価にギョッとする。

 え、私ってそこまで強かったの? ていうかあの人、三席だったんだ。
 私と試合した女性を思い出して驚いていると、浮竹隊長は難しい顔をしていた。

「俺としては、海燕を副隊長に推しているからなぁ」
「じゃあ、四席でいいです。三席や副隊長になると言っても、死神の経験を積んでいませんし」

 経験がなければ上に立つ資格がそなえられない。
 それを加味して言えば、浮竹隊長は軽く目を見張って、頷いた。

「海燕が副隊長になるまで、いくら強くても四席止まりになる。それでもいいか?」
「はい」

 しっかり頷く私と、安堵する浮竹隊長。
 話題の中心人物となりはじめた志波が嫌そうな顔をする。

「ちょっと待ってください。俺は副隊長になりませんよ。そもそも俺だって、入隊してまだ二年も経ってないっすよ」

 入隊して二年目。それを聞いて目を見張る。

 確か、志波海燕は十年で副隊長に上り詰めたって……いや、五年だっけ? あれ? どうなんだっけ?
 知識の詳細まで思い出せなくなってきていることに焦燥感を持って、口元に軽く握った手を当てる。

 一応メモした方がいいだろうか。いや、でも見られたら大変だし……。

「ん? どうしたんだ、若桜」
「……いえ。本人が嫌がっているのに勧めるのは、どうかと思って。私としては三席が副隊長になると隊も安泰すると思うんですけど……本人の意志もありますし……」

 咄嗟に浮かんだ思いを口にすると、この場にいる三人が私を凝視した。

「……あれ? 私、変なこと言いました?」
「い、いや……思慮深い子なんだなぁ・と……」

 思慮深いのだろうか。自分では判断できない。
 浮竹隊長の褒め言葉に首を傾げてから、私は今後の方針を決めたくて訊ねた。

「入隊は春からですよね?」
「ああ。その間に席次を決める試合を行っても、時間は十分ある」
「だったらその間に、六年間のカリキュラムで必要な勉強と技術を習いたいんですけど」

 例えば幽霊を尸魂界へ送る魂葬とか、まだやったことがない。
 ふた月未満で終わるかどうかわからないけど、やってみる価値はある。
 それを言うと、浮竹隊長は感心の表情で頷く。

「いいぞ。海燕。しばらく教育を任せてもいいか?」
「いいっすよ。んじゃ若桜。俺のことは海燕って呼べよ。あと、今後の方針を決めるぞ」
「了解」

 始まりはどうなることかと不安だった。
 けれど、踏み出してみると、案外そうでもなくて。
 たとえこの先の未来に、暗澹あんたんとした困難が待ち受けていようとも――


 今この瞬間が、楽しいと思えた。


prev / next
[ 5|71 ]


[ tophome ]