喧嘩の仲裁

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 心地よい時間が過ぎて、休憩が終わる。
 そんな時だった。医務室に誰かが駆け込んできたのは。

「祈里はいるか!?」

 切羽詰まった様子で声を上げたのは、ケルトの戦士――ではないキャスターのクー・フーリン。

「クー・フーリン? 何かあったの?」
「すまんが来てくれ! アルジュナとカルナが喧嘩……」

 ピシッと、キャスター・クー・フーリンが固まる。
 頬を引きらせ、心なしか冷や汗を滲ませている。

 その表情に怪訝な顔をするアスクレピオスと違い、サンソンは口元を引き攣らせ、ナイチンゲールはそっと一歩距離を置く。

「……ふっ、うふふっ」

 鈴を転がしたような笑声。だが、どこか重みが感じられた。

「いつも言っているのに……学習能力が無いの? しかも、よりによって藤丸君がいないときに……もし狙っているならどうしようかな……?」

 重々しさを感じさせる、愉しげな声。
 祈里の怒りが込められた笑声に、初めて聞くアスクレピオスはひやりと寒気を覚える。

「おい……?」

 恐る恐る声をかけようとすると、祈里が三人に振り向く。
 彼女は今、笑っている。しかし、目だけは笑っていない。

「ナイチンゲールとアスクレピオスは来てくれる? 被害者がいたらいけないし、あのバカたちを治すのもナイチンゲールに頼みたいし。サンソンはここにいてくれると嬉しいけど、いいかな?」
「もちろんです」

 ほっと安堵した様子で、それでも緊張感が拭えず敬語で承諾するサンソン。

「じゃあ、クー・フーリン。案内してくれる? 早く、お灸をすえたいから」
「お……おぉ……お、お手柔らかに……」
「うん。じゃあ、行ってきまーす」

 さっきまでの緊迫感が嘘のように、クー・フーリンは怖々と案内する。

 呆然とするアスクレピオス。ナイチンゲールは救急箱を持つと、彼に呼びかける。

「さあミスター、行きますよ」
「いや、待て。どういう展開だ?」
「行けば分かります」

 サンソンを見れば、彼は遠い目で笑っていた。
 不穏な何かを感じたアスクレピオスは、一抹の不安を抱えながらナイチンゲールとともに医務室から出た。



 向かった先は食堂付近の廊下。
 人通りの多い場所で、鉄の交わる甲高い音が響いていた。

 サーヴァント同士のいさかいはご法度。シミュレーターなら許容範囲内だが、よりによって憩いの場である食堂付近で武器を出して争っている。

「うふふふっ」

 祈里の笑顔が深まる。クー・フーリンは恐怖から振り向くことができない。
 後ろを追っているアスクレピオスもナイチンゲールも、顔を見なくても般若を背負っていると感じられるほどの気迫に距離を置きたくなる。

「おいてめぇらあああ! いい加減、に……?」

 インド異聞帯で敵対した神霊の一人、アシュヴァッターマンが怒鳴り声を上げて止めようとする。
 しかし、ぽん、と誰かに肩を叩かれて、振り向く。
 そこにいたのは屈強なサーヴァントではない。ただの魔術に精通した、妙齢の女性。

 会うのは挨拶以来なので、これで二度目。
 だが、初対面のときとは天と地ほどの差があるくらいの気迫を感じた。

「祈里……だったか? なんでこんなところに……」
「まあまあ、ここは嬢ちゃんに任せろ」
「はあ?」

 クー・フーリンが肩を組んで宥める。
 気づけば、祈里は前に進み出ていた。

 慌てて止めようとするが――

【地面」「に」「座れ】

 聞き取れない言語で、何かを命じた。
 直後、武器が交差する前に、弓を持つ黒髪褐色の肌の男と、槍を持つ白髪色白の肌の男が勢いよく倒れ伏した。

「ぐっ!?」
「これ、は……っ!」

 呻くアーチャー・アルジュナと違い、ランサー・カルナは一瞬で理解する。

「ふふっ、うふふふっ」

 上品な笑声が耳に届く。
 ひやり、冷たいものが脊髄せきずいに走る。
 恐る恐る顔を上げれば、神永祈里が立っていた。

 笑っているのに笑っていない笑顔には見覚えがある。というより、嫌というほど体験している。


 この時の彼女は――猛烈に怒っていると。


「ねえ、カルナ、アルジュナ。前にも言ったよね? シミュレーター以外での喧嘩はダメだって。なのに懲りないなんて……ふふっ、ガキ大将以下の子供ね」
「き……聞いてください。最初は――」
「聞いたよ? カルナが誤解させることを言ってしまったのも。アルジュナが真に受けて先に手を出したのも」

 こてん、と首を傾けると、アルジュナは青ざめる。

「手を出すと、どんな展開になるのか大人なら分かるでしょう? カルナも誤解させるほど言葉が少ないって自覚しているでしょう? 少なくともアルジュナの前では努力しようねって前にも言ったよね? 脳みそすっからかんなの? 違うでしょう? なのに学習能力が子供並みって大人としてどうなの? 恥ずかしくないの?」

 マシンガンのような勢いで舌鋒ぜっぽうを繰り広げる祈里。
 遠慮なくののしっているが全て正論である。返す言葉もない。

 聞いている野次馬も恐れ戦くほどの威圧に、初めて見るアスクレピオスとアシュヴァッターマンも引き攣る。

 ぐうの音も言えない騒動の中心人物たち。
 彼らの様子にようやく溜飲りゅういんが下がった祈里は深い溜息を吐き、二人の前で膝を折って目線を合わせる。

「これがもしマスターである藤丸君に当たったら? レイシフト中に喧嘩して、チームワークを乱して藤丸君を危機に陥らせたら? 今は周回中だけど、取り返しのつかないことになったらどうするの?」

 真剣な憂い顔で言えば、カルナとアルジュナは息を詰める。

「あの子の代わりになりたくても、私にはレイシフト適性がない。彼につらい役目を押し付けて、私は支えることしかできない。傍で助けてあげられない。一緒に戦えない。それがどれだけもどかしいか分かる?」

 悲しげに、苦しげに顔を歪める。そんな祈里の顔は初めて見る。
 愕然とする二人に、祈里は語る。

「でも、藤丸君にはあなたたちがいる。あなたたちのおかげで、あの子はここまで頑張ってこれた。あなたたちが……仲間がいるから前を向いて進んでいられる。それを止めるような喧嘩をするなんて、していいの?」
「そんなことはない。オレは……オレたちはマスターの行く手を阻むつもりはない」

 カルナが間髪入れずに答えると、祈里は柔らかく微笑む。

「なら、喧嘩より平和的な勝負で戦って。カードゲームなら神経衰弱。ジェンガとか、テレビゲームとか。それなら私も藤丸君も安心できるから」

 思いもよらない喧嘩の方法に二人は驚き、頷く。
 受け入れた二人に安堵した祈里ははにかみ、二人の頭を撫でる。
 その柔らかくて温かな手のひらに、二人は口を引き結んで目を逸らす。

「今後の喧嘩は平和的に。じゃないとパラケルススの新薬の被検体になってもらうからね」
「「……はい」」

 素直に返事したカルナとアルジュナに、よろしい、と満足した祈里は二人を立たせた。
 一連の流れを見守っていたサーヴァントたちは安堵し、初見の二人は感嘆する。

「さて、と……私は壊れたところを修復するから。アスクレピオス、ナイチンゲール、怪我人の治療をお願い」
「わかりました」
「……ああ」

 こうして、サーヴァント同士の争いは鎮静した。


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