翌週の月曜日、放課後。
シナリオ作成には長い時間が必要だと思うのが普通だ。
美月も、その一人だった。
「えっ、もう出来たの!?」
演劇部の部室に入ってすぐ配られた台本に、美月は目を丸くする。
渡した一年生の少女・雲林院
名字でわかると思うが、雲林院明良の妹だ。ただ周囲から「本当に兄妹?」と
それもそのはず。明良は常に笑顔でハイテンション。対して、愛子は冷静でドライ。性格も正反対であるため、ほとんどの生徒は疑っている。
だが、演劇部の部員は、二人がどことなく似通っていることを知っているため、疑いは持っていない。それに、物静かそうな
当人の明良は、美月の前でも構わず愛子の肩を抱き寄せて自慢した。
「すごいでしょー。先週の金曜日を合わせて三日で完成してくれたんだ」
「三日!? ちゃんと寝てる?」
やや厚みのある台本を一人で作成したのだ。しっかり眠っているのか心配になる。
気遣わしげに
「ご心配なく。
「てつ……ッ! ダメだよ、それ。ちゃんと寝ないと体に毒だよ」
「ですが、久々の活動です。琴音先輩も参加するのなら、手抜きはできません」
先週は用事があって出席しなかったが、ちゃんと明良に聞かされているため一部始終を知っている。そのため映画研究部も参加するのなら手を抜くのは失礼だと思って、本気で書いたのだ。
真面目な一面が強く出ている愛子。そんな彼女の
「ほーんと真面目。でも、それが愛子らしいんだよねー。しかも徹夜で完成させたんだから。さすが俺の妹」
「お兄ちゃん、それ以上言うと
「照れ隠しかーわーいーぐはぁっ!」
ドスッと鈍い音が響く。
脇腹に肘鉄をくらった明良は、あまりの痛さにうずくまる。
「お……おぉぅ…………あ、愛のムチ……」
「先輩、めげませんね」
乾いた笑みを漏らした美月。
その直後、にゅっと背後から琴音が現れた。
「できたようね」
「ひぃっ……って、琴音先輩! 驚かせないでください! ……あれ?」
素早く距離を置いた美月は、琴音の後ろにいる三人の少年に気付く。
染色した金髪に、赤い瞳が特徴的な美少年。明良の次に背が高い彼は、美月のクラスメートである
青いメッシュを入れた黒髪に、無気力そうな黒目。クールな風貌だが、やる気を感じさせない雰囲気が表に出ている。明良の同級生・
耳を隠すほどの茶髪に、常に眠そうな焦げ茶色の瞳が特徴的な少年。栄太郎より背が高く、一番の長身で目立ちやすい彼は、愛子のクラスメート・
三人の登場に、美月は首を傾げた。
「何で龍也君達がいるの?」
「うちのカメラマンだからよ。こっちの二人は脇役に使っていいから。やる気ないのが玉に
ぞんざいな物言いに苦笑いする龍也。
高瀬は無気力そうな無表情で、比島は眠そうな顔。そんな二人の様子に、本当に大丈夫なのかと美月は不安になってきた。
「それより、早く台本を読むぞ」
「え、まだ読んでないの?」
部室の椅子に座っている、海里と舞花と芽久。
すでに美月以外の全員が揃っていたので、とっくに読んでいるのかと思ったが違うようだ。
疑問に思っていると、声をかけた海里が肩を
「全員が揃うまで読むなって言われたんだよ」
「……遅れてごめんね」
「気にすんな」
あっさりした海里の態度に、美月は肩の力を抜いて微笑する。
その様子を見ていた明良は、ニヤッと口角を上げた。
「そんじゃあ、『いっせーの』で開くぞー。はい、いっせーの!」
明良の音頭で、一斉に台本を開いた。
パタン、と先に読み終えた美月が台本を閉じる。台本に向かって
そして――
「……ナニコレ」
憤りを込めたような震える声で呟き、叫んだ。
「何これ!? 男女逆転ドラクエ風って! 何これっ、カオスなんだけど!」
美月が混乱するのも無理はない。
愛子が書いた台本は、普通のシナリオではない。
題材となる『シンデレラ』と『ドラクエ』の
「しかも役が決定してるし!」
「ダメでしたか?」
小鳥のように小首を傾げる愛子。不安げな雰囲気に、美月は
愛子を悲しませると明良が怒る。妹を
「いや、ダメじゃないけど! ただ……これ、海里がシンデレラになる! 大丈夫なの? 衣装とか……」
今回の演劇は映画研究部と合同で行われる。
当然、撮影もするのだ。
そもそも衣装をどこで調達すればいいのだろうか。
そんな心配をしていると、ホワホワとした柔らかい笑顔の舞花が言った。
「
舞花の提案に、演劇部の部員は思い出す。
春野
春野先生から聞かされた経緯を思い返していると、読み終わった琴音は肩を震わせて笑い出す。
「ふはははっ! これ、過去最高の
「あぁ〜……厄介なスイッチ、入りやがった……」
ハイテンションでまくし立てる琴音に、隣で台本を読んでいた龍也は頭に手を当てて嘆息する。
どうやら暴走状態に入った琴音を止めることは不可能のようだ。
ただ、決定と言うが、演劇部ではないのに小道具まで用意してもらっていいのだろうか、と美月は心配する。
そんな美月の
「琴音の家族は有名人だから、小道具はいくらでも貸してもらえるはずだ」
「え? ……有名人?」
「ああ。祖父は映画監督。父親は芸能人。母親は女優。そんな家族に育てられたんだ。映画撮影に関しては、親譲りの才能を持っている。……ただ」
「ただ……何ですか?」
説明で芽久が言いよどむことはほとんどない。
何か不穏な予想が浮かんでしまう美月は、恐る恐る訊ねる。
「プロ意識が高い。生半可な演技では地獄を見るだろうな」
「怖っ! 琴音先輩、怖っ!」
まさか琴音にそんな一面があるとは思わなかった美月は思わず鳥肌が立つ腕をさする。
二人のやり取りより台本に目を向けていた明良は、愛子を
「さすが俺の妹! 天才的なシナリオだ!」
「明良先輩……この設定だと、先輩がオネエになってしまいますよ!?」
男である明良なら、女役は辞退するだろうと思っていた。
しかし、明良はどこまでもブレない。
「可愛い可愛い俺の愛子が割り当ててくれた役を、俺が降りるわけがない!」
「お兄ちゃん、うるさいです」
「うわーん。でも、めげないぞ☆」
愛子が
さすがシスコン。そんな言葉が浮かんだ美月は、苦笑いを浮かべるしかなかった。
「ところで、海里君は大丈夫なの? ドレスとか着ることになるけど」
男女逆転で演じることになるのだ。当然のようにドレスを着ることになる。
舞花が何気なくそれについて訊ねると、海里は台本から顔を上げ、
「……ドレスか。男でも有りなんだな」
「いや、無いから。原宿にでも行かないとありえないから」
ボケ発言が飛び出す海里に、キレの良いツッコミを入れる美月。
一方で、舞花は嬉しそうに微笑む。
「私、最後の方が一番好き」
「え? どうして?」
台本を読んでみて、舞花の好きそうな場面が判らなくなった美月。
不思議そうに訊ねると、にこりと舞花ははにかむ。
「だって、最後には恋愛が取り入れられているもの。私が演じる役の
「……最後の方……って、え!?」
美月は台本の後半を見る。
舞花が演じる役のセリフを見て、
「この台詞って、私らしいもの」
「ま、舞花らしい? えっ、嘘でしょう? 本気でそう思ってるの!?」
「うん」
明るい笑顔であっさり頷く舞花に、
そんな彼女らのやり取りを
「まったく……君達は面白い。退屈しないな」
「……芽久先輩、大物すぎます」
これを面白いと片付けられる芽久は度量が広い。
思わず感想が口をついて出てしまう美月は、深い溜息を吐いて仕方なさそうに言った。
「しょーがない。何が何でも演じきってやるんだから!」
心の底では楽しんでいるのだと自覚したのは、数日が経った頃だった。