始まりの決意






 ――ある王国に住む、シンデレラという少女がいました。


 西洋風の一室で、綺麗な金色の髪を持つ少女が掃除をこなしていた。
 中性的で端整な顔立ちは目を引くものがあるが、ツギハギだらけの洋服がみすぼらしい印象を強く与えてしまう。

 一人で広い部屋をモップ掛けしている少女――シンデレラは、ふぅ、と一息ついた。

「シンデレラ! どこにいるの!」

 その時、廊下から騒々しい声が聞こえた。
 乾いた靴音が止んだ瞬間、バンッと扉が勢いよく開かれる。

 部屋に入ってきたのは、青いメッシュが入った黒髪の女性。背中まである髪を美しく巻いている彼女は、部屋の中を見渡してシンデレラを見つける。

「シンデレラ、一体いつになったら掃除が終わるの? もう少しで夕飯よ?」

 眉を吊り上げて厳しく言いつのる女性――シンデレラの継母ままははに、シンデレラは溜息を呑み込んで謝る。

「……ごめんなさい、お母様。すぐ夕飯に取り掛かります」
「急ぎなさいよ。今日は用事があるのだから」
「用事?」
「あなたには関係ないわ」

 辛辣しんらつに突っぱねる継母。
 しかし、彼女の後ろにいる焦げ茶色の髪の女性がにこやかな笑顔で答える。

「今夜はお城のパーティーに行くの。王子様の婚約者を探すパーティーらしいから、あたし達は明日の朝まで帰らないわよ。ね、お姉様」

 自慢じまんげに告げる、シンデレラの義姉・ドロシー。
 彼女はツインテールに結い上げている髪を軽く払い、隣にいる茶髪の女性に話を振る。

 ふわふわの髪が特徴的な長女・ミザリーは、継母と次女より背が高い。ハイヒールの靴を履いているにしても、女性にしては高すぎる。
 ミザリーは眠そうな顔を隠さず、右手を口元に当てて欠伸あくびをこぼす。

「……ドロシー。シンデレラに自慢しても意味がない。だって、こんなにみすぼらしいのよ? 羨ましがらせても、パーティーに行けば恥さらしになるだけなんだから」

 意地悪なドロシーより冷たい言葉を呼吸のごとく吐き出すミザリーは、まなじりに浮かんだ涙を拭う。

「それより眠いわ。お母様、さっさと行きましょう」
「まったく、ミザリーは相変わらずね」

 継母は仕方ない子、と言いたげな苦笑を浮かべた。
 それはシンデレラに向ける冷たい視線ではない、温かなもの。


 ――シンデレラには、本当の親はいません。幼い頃に母は病で亡くし、継母と再婚した父は仕事の道中でがけから転落したのです。


 和気あいあいと話す三人を、遠い景色のようにながめるシンデレラ。
 そんな彼女に、ちらりと目を向けたドロシーは、何事も無かったかのように継母とミザリーの後を追った。



 ――その日の夜。


 城の一室にて、一人の少年がバルコニーに出ていた。
 夜風で乱れる栗色くりいろの髪さえ気にも留めず、満天の星空を眺めていた。

「父上も無茶を言う。好いてもない娘の中から婚約者を選べ、だなんて……」

 憂いが強く押し寄せ、疲れきった表情で溜息を吐く。

「いっそのこと、どこか遠くへ行ってしまおうか」

「ほう? 面白いことを言うな」

「ッ!?」

 突如とつじょとして聞こえたハスキーな声。驚いて振り向けば、バルコニーに設置されたテーブルと椅子に、一人の青年が座っていた。
 アンティーク調のテーブルに頬杖ほおづえをつき、切れ長で凛々しい瞳を艶然えんぜんと細めている。
 漆黒の髪を高い位置で結い上げた青年は、紫色の糸を織り込んだ漆黒の服を纏っていた。
 その耳の先端は――人間ではありえないことにとがっていた。

「なっ、ま……ッ」

 パチンッと小気味のいい音が響く。
 青年が指を鳴らした瞬間、王子の声は失われた。
 パクパクと口を開け閉めする様子に、青年は嘲笑あざわらう。

「私をただの魔族だと思っているようだが……違う。それは間違いだ」

 ゆったりと組んでいた足を崩し、優雅な所作で立ち上がる。
 革靴の音を響かせて近づいた青年は、美しい笑みを浮かべて王子のあごに手をかけた。

 強引に王子の顔を上げて端整な顔を少し近づけ、鋭い眼差しで見つめる。
 青ざめる王子。口を引き結んで強張こわばった彼に、青年は正体を明かす。

「私は、魔王だ」

 口角をつり上げて笑った青年――魔王。
 正体を知った王子は恐怖のあまり目を見開き、ふっと意識を失って倒れてしまった。



◇  ◆  ◇  ◆



 ――翌朝、王子が魔王にさらわれたと報道が広まった。それだけではない。パーティーに参加した令嬢のほとんどが魔族の手にかかってしまった。……そう。シンデレラの継母達も。


「そんな……お母様達が……?」
「……気の毒だが、事実だ」

 知らせに来た一人の男が部屋から出ていく。一人取り残されたシンデレラは、悄然しょうぜんと椅子に座り込んだ。

 嫌な人達だった。けれど、不思議と憎いとは思えない人達だった。
 そんな彼女らが死んでしまった。実の両親も親類もいないシンデレラは、文字通り天涯孤独てんがいこどくになってしまった。

「私……これからどうすればいいの……」

 途方に暮れるシンデレラ。

「簡単だよ。魔王を倒せばいいんだ」

 その時、謎の声が聞こえた。
 女性寄りの中性的な声は、シンデレラに思いもよらないことを言った。

 弾けるように顔を上げて辺りを見回すと、背後に大きな光が生じた。
 驚いて振り向けば、光の中から一人の少年が現れた。黒いとんがり帽子とローブを青い服の上に纏う、中性的な少年だ。
 彼の手には、一振りの杖が握られている。

「だ……誰?」
「その疑問はもっともだ。俺は魔法使いのリーオー。君をみちびく者だ」

 微笑を浮かべて名乗る、リーオーという魔法使い。
 困惑こんわくするシンデレラは、そっと目を伏せる。

「無理よ……。私が、魔王を倒すだなんて……」
「できるさ。なんたって君は、勇者の子孫なんだから」
「……え?」

 思わぬリーオーの発言に目を点にするシンデレラは、更に困惑する。

「勇者の子孫って……どういうこと?」
「そのままの言葉通りだよ。君のお父上の先祖が爵位を持つのは、かつて存在した魔王を倒したからだ。王家の文献ぶんけんにも残っているはずだ。……あぁ、なぜ俺が知っているのか? 簡単だ。俺の師匠の曾祖母が、勇者に救われたことを聞かされたからなんだ」

 リーオーの証言に、シンデレラは口元に手を当てて開きかけた口を隠す。
 瞳を揺らして、困った顔で眉を下げる。

「でも……私は女の子で、男の子みたいに戦いなんてしたことがないわ」
「大丈夫。勇者の剣は、適応者の意志に応えて様々な力を貸してくれる」

 そう言ってリーオーは杖を掲げ、トンッと床を突く。すると、シンデレラとリーオーの間に魔法陣が生じ、光とともに台座に突き刺さった剣が現れた。
 華美かびな装飾がほどこされ、いかにも聖剣といったおごそかさを感じられる。

 突然の剣の出現に目を瞠るシンデレラ。
 彼女の反応に満足したリーオーは笑みを浮かべるが、すぐに笑みを消して悲しげな顔に変わる。

「それに、これは君にとってチャンスでもある」
「……チャンス?」

 シンデレラが怪訝な顔で復唱すると、リーオーは真剣な面持ちでうなずく。

「君のお父上は、落雷に遭って馬車ごと崖から転落した。その落雷は……魔王によって引き起こされたんだ」

 ひゅっと息を呑み、瞠目どうもくする。
 嘘だと言いたくても口の中が渇いて言葉が出ない。

「ぅ……うそ……」
「本当よ」

 この場にいない第三者の声。
 シンデレラは勢いよく扉に向くと、そこにはシンデレラの二番目の義姉・ドロシーがいた。
 普段のドレス姿ではなく、武闘家が着る身軽な衣服を纏い、髪をツインテールに結わえている。

「お姉様!? 生きて……でも、どうしてそんな格好……?」
「あたしも魔王退治に行くからよ。それに、その子の言っていることは本当」

 ドロシーの言葉に絶句する。
 なぜ、と頭の中に疑問が浮かぶシンデレラに、リーオーが残酷な事実を告げる。

「君のお父上が勇者の末裔まつえいだからだよ。君は女の子だから見逃されたのだろうけど……それが今、アダとなる」

 カツン、リーオーが一歩、シンデレラに歩み寄る。

「さあ、シンデレラ。選んでくれ。君の家族を奪った魔王を倒すか、それともチャンスを逃すか」

 静かな問いかけに、苦悩をたたえた目を閉じる。
 きつく瞑目めいもくし、ゆっくりと開く。

 そして――剣を抜いた。

「倒すわ。家族のかたきだもの」

 その瞳には強い意思が宿っていた。


◇  ◆  ◇  ◆




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