旅の途中。とある街中にある噴水広場で化け物が現れた。
青い体は柔らかそうに揺れ、太陽の光を浴びて表面が輝く。
そう――スライムだ。
「メラゾーマ=I」
リーオーが杖先を向けて呪文を唱える。火の魔法を受けたスライムは転がり、それでも立ち向かおうと飛びかかる。
「はあっ!」
だが、そう簡単にはいかない。
助走をつけたドロシーが飛び上がり、華麗に蹴り飛ばしたのだ。
宙に浮いて身動きが取れなくなったスライム。
その頭上に、大きな影ができた。
「これでっ、終わり!」
それは、剣を振り被ったシンデレラ。
掛け声とともに振り下ろされた剣がスライムを両断し、スライムは
「リーオー、お姉様、無事?」
「もちろんよ。スライムなんて、あたし達の敵じゃないわ」
ドロシーが不敵な笑顔でウインクすれば、シンデレラはクスクスと笑う。
旅が始まって、二人は本当の姉妹のような気安さで笑い合えるほど仲良くなった。今回のスライム退治の
「さあ、行きましょう」
「ええ。リーオー。あんたも行くわよー」
笑って先を歩くシンデレラとドロシー。
しかし、立ち止まっているリーオーは鋭い眼差しをドロシーの背中に向けていた。
――行く先々で人々を助け、魔物を倒し……そして、とうとう魔王の城へ辿り着いた。
広々としたエントランスホール。赤茶色の床を踏みしめて階段に近づく。
「ようこそ、勇者シンデレラ」
不意に、聞き覚えのある声が階段上から聞こえた。
驚いて顔を上げる三人。
その先には――黒服を纏う、シンデレラの継母と、その娘ミザリーが立っていた。
「え……おか、さま……?」
なぜ、死んだはずの継母と義理の長女がいる?
なぜ、普段のドレスではなく魔族が着る服を着ている?
まるで魔王の側近のような出で立ちに、シンデレラは
「……やっぱり」
先に小さくも呟いたのは、リーオーだった。
「……リーオー?」
「可笑しいと思っていた。ドロシーが生きている時点で、君達の生存も
チラッとドロシーを一瞥するリーオー。その視線には敵意が含まれていた。
「ドロシー。君は内通者だったのか」
その推測に息を呑む。
シンデレラは信じまいとドロシーを見詰めるが、ドロシーは
「おねえ、さま……? そんな……嘘……!」
「……残念だけど、嘘じゃないわ」
残酷な真実に顔色が
彼女の絶望と失望が
「でもそれは、あんた達のためでもあったのよ」
「そんな
「いいえ?」
今にも魔法を撃とうと杖を向けるリーオーに、ドロシーは
「でも、これだけは教えてあげる。あんた達が普通に旅をしていると、被害が多く出るはずだったのよ。勇者をくまなく探すために、罪もない人々が魔物によって襲われる。あたしは、そうならないためにあんた達を密告していたの。じゃないと、今までの比じゃないほどの魔物が投入されていたわ」
真実味のあるドロシーの真実に、リーオーでさえ驚愕から目を大きく見開く。
そんな彼の表情で、武器を向けられたことへの
「だけど、全てまでは話していないわよ」
「……本当に寝返ったのね、ドロシー。勇者と仲間の手の内を偽装してまで。解っているの? その勇者の末裔は――
――先代魔王の子孫である私達の敵なのよ?」
継母の発言に、シンデレラとリーオーは瞠目する。
まさか先代魔王の子孫が、身近にいたなんて……と。
恐る恐るドロシーを見れば、彼女は鼻で笑って一蹴した。
「だから、何? 敵だからって、お城の人達を殺してもいいの?」
――そう。あの夜の惨劇は、継母とミザリーが率いる魔族によって引き起こされたもの。けれどドロシーは、一部だけでも被害者を逃がしたのです。
「確かに私達は先代魔王の子孫。だけど、『私』の人生に、そんな下らない
凛とした強い眼差しで堂々と宣言するドロシーは、
彼女の視線を真っ直ぐ受け止めた継母は、沈痛な
「……残念だわ。自分の娘を殺すことになるなんて」
静かに開かれた瞳は、平時の黒ではなく――赤く染まっていた。
継母とミザリーの変化に気づいたシンデレラは
「シンデレラはお姉様を。あたしはお母様をやるわ」
「っ……お姉様、気をつけて!」
目を向けることはできない。敵から目を逸らせば命取りになることを、この旅で痛感した。
代わりに言葉を送れば、ドロシーは一瞬目を瞠り、嬉しそうに口元を緩めて継母へ特攻した。
ドロシーが拳を突き出せば、継母は見事な
見越していたドロシーはその足を片手で受け止め、掴もうとする。
しかし、継母は素早く動作を切り替えて下がり、距離を置く。
「ピオリム=I バイキルト=I」
リーオーが叫ぶように唱えた呪文――ピオリム≠ヘ全員の
ドロシーはシンデレラにバイキルト≠使ったのだと思った。当然だ。自分は二人を
自嘲的な笑みを口元に浮かべたドロシーは、改めて表情を引き締めて踏み出す。
だが――
「ガハッ……!」
素早く懐に潜り込んで継母の
リーオーが優先したのは――ドロシーだった。
ドロシーの一撃を受けた継母はありえないほど後方へと殴り飛ばされた。
一瞬だけ理解できなかったドロシーは呆然としてしまう。
けれど、すぐにハッと我に返り、戦闘態勢を整える。
「どろ……しっ……ッ……」
警戒から注意深く見ていると、継母は苦しげな声で自分を呼んだ。
ずくり、心臓に痛みが走る。
しばらくすると、継母は
敵とはいえ、肉親だったのだ。肉親、しかも母親を殺してしまったことに、途方もない喪失感に襲われる。
「お姉様!」
呼吸を整えた二人は彼女の表情で察して、革手袋をつけたその手を握り締めた。
「ごめんなさいっ! 私達を守ってくれていたなんて、知らなくて……!」
「……俺も、疑ってごめん。それから……ありがとう」
自分達のために戦ってくれて、ありがとう。
そして、家族と戦わせてしまって、ごめん。
その気持ちを込めて痛ましげな顔で感謝の言葉を贈る。
二人の言葉を聞いたドロシーは、力が抜けてしまった手の温もりを取り戻し、二人の手を握り返した。
「……どう、いたしまして」
ぎこちなくも呟き、そっと瞑目した。