最強の委員長


 先月末の学校で、綱吉が屋上から落ちたらしい。
 原因はクラスメイトの山本武という野球部の子が骨折したことによる自暴自棄。
 巻き込まれた綱吉は、その山本を助けたらしい。

 綱吉は優しすぎる。その優しさでいつか身を滅ぼさないか心配だ。

 私はというと、先週の内に転入してきたアルドとティートと仲良くなった。
 クラスメイトからいい目を向けられないのは当然だけど、友達だからと片付けた。
 私は二人に恋愛感情を持つことはない。だから私に嫉妬しても意味ないぞー。



 そんな日々が過ぎて7月5日。久しぶりに予知夢を視た。
 私の予知プレコグは自分、または大切な人の危機がある時のみ発動する。
 夢では断片的に、現実では10秒〜1分後の未来を一瞬で観ることができる。

 今回、私はある人物と出会い、アクシデントが起きる。
 ……護身用の武器、持って行った方がいいかも。

 厄介なことになる可能性が高いと判断して、伸縮できるロッドを持って行くことにした。

「おはよ、六華」
「あ、おはよう」

 一人で学校に登校していると後ろからアルドが来て挨拶する。
 振り向いて挨拶すると、アルドは僅かに眉を寄せた。

「……どうした?」
「え?」
「浮かない顔だ。……視たのか?」

 指摘されてしまい、苦笑気味に頷く。

「浮き雲と遭遇するみたい。一応護身用は持って行くけど、アルドも気をつけてね」

 私の言葉の意味に気づいたアルドは苦虫を噛み潰したような顔になる。
 あの戦闘狂は、きっとアルドに頭髪のことで襲いかかってくるだろう。
 予想できる事態だから、念のために武装しておかないと。

「あ。そういえばティートは?」
「あいつはちょっと本部に戻ってる」

 詳しく言わないのは、心配をかけたくないから、または隠したいから。
 それ以上は追及しないけど……ちょっと心配だ。

「危ないことじゃないよね?」
「ああ、大丈夫だ。それより雲の候補者の対策を練らないとな……」

 アルドと浮き雲について話しながら登校していると、校門に学ランを着たリーゼントの男達がいた。
 今日は持ち物検査の日だから、彼らは風紀委員。
 本当に中学生なのか疑える人達は、私達を見て目付きを変える。

「お前、髪を染めたのか?」
「いや、地毛だ」
「証拠は?」
「イタリアからの転入生の一人と言えばわかるか?」

 アルドが普通に言えば学ランの男は顔をしかめる。ちなみに私は知られているからお咎めなし。

 ……そろそろあの時間≠ノなってしまう。
 厄介だなぁ、と思っていると。

「君、アルド・ダンブロージョだね」

 とうとう来てしまった。

 漆黒の学ランを羽織った、上流階級の人間を超越したような美少年。
 並盛中学風紀委員長――雲雀恭弥。

 予知夢ではここで登場して、戦闘になる。そうなる前に通りたかったのに……。
 チラッとアルドを見ると、彼は顔をしかめた。

「何でオレのことを知っている?」
「君は派手だからね。それに牙を隠し持っている」
「不可抗力っていうか、勘違いにも程があるって」

 呆れるアルドに構わずトンファーを出した雲雀恭弥。
 できることなら目立ちたくないので……。

「戦ってもいいけど、ここで戦うと見世物になるよ。それに、通行人の邪魔になって遅刻する可能性もあるけど」

 忠告してみると、雲雀恭弥は顔をしかめて周りを見る。
 周囲には怯える人の他に奇異の目を向ける人も多数いる。

 これ、完全に見世物になっているよね。

「……なら、こっちに来なよ」
「は? 拒否権は」
「あるわけないよ」

 アルドの僅かな抵抗をバッサリ切り捨てる雲雀恭弥。

 これ、私もついて行かないといけないのか?
 困ったなぁ、と思いつつ屋上に行く。


 夏の香りが心地良いけど、今はそれを感じる暇はない。
 私は昇降口の壁に凭れて成り行きを見守る。

「……君、どうしてついて来たの」
「アルドが心配だから」

 雲雀恭弥の疑問に簡潔に答えていると、アルドは有幻覚でロッドを作り出す。
 雲雀恭弥はアルドに顔を向けると、口角を上げた。

「やる気になったようだね」
「早く終わらせたいからな」

 目を細めて腰を低くするアルドと獰猛どうもうな笑みを浮かべる雲雀恭弥。

 一陣の風が吹く。
 それを合図に、二人は高速で接近して武器を交えた。
 高い鉄の音が響き渡る。普通なら目にも止まらぬ早さで攻防を繰り広げる。
 私は普通に目で追える早さなので、その戦い方を観察した。

 雲雀恭弥はどんな風に戦うのか。戦い方や、その癖を把握する。
 アルドは余裕そうに戦っているけど、雲雀恭弥が徐々に本気を出すと、アルドの表情が歪め始める。

「ワオ、やっぱり牙を隠し持っているじゃないか」
「あまり戦いたくなかったのに、なッ!」

 戦いながら会話をするほど余裕があるってすごいな。
 呑気に思っているとアルドがトンファーを強く弾いた瞬間、雲雀恭弥は左手のトンファーを手放してしまう。
 弾かれたトンファーはというと、私の方に飛んできた。

「六華!」

 叫ぶアルド。けど、心配は無用だ。

 ぼーっとしている私は右手でトンファーを難なく掴む。
 仕込みギミックを搭載しているだけあって、結構重量感がある。

「……へえ。ただの小動物じゃなさそうだ」

 ここも予知夢通り。そして今、向かってくる雲雀恭弥を予知する。
 嘆息して、トンファーに接触感応サイコメトリーを発動。
 読み取ったのは、トンファーの仕込みの扱い方。

 ……よし。ここからが正念場だ。

「トンファーを返す代わりに、今回は見逃してくれませんか?」
「君は一本でも十分だよ」

 やっぱりダメか。難儀なんぎな子だ。

 接近する雲雀恭弥。
 眼鏡の奥で目を細めた私は――

 ――ガキキィンッ

 すれ違いざまに、雲雀恭弥の持っているトンファーを絡め取った。
 どうやって? 答えは、トンファーの底に仕込まれた玉鎖ぎょくさで。

 接触感応サイコメトリーすいをつけた鎖を出して、軽く振るうことで拘束する。
 目を見張る雲雀恭弥へ回し蹴りを叩き込む。しかし、咄嗟の判断でトンファーを手放して後ろへ飛び退いた。

「……ワオ」

 目を見開いていた雲雀恭弥は鋭い眼光に変えると口角を上げた。
 うわぁ、凶悪な笑み……。

 これ以上は付き合っていられないので、トンファーをフェンスの方へ放り投げる。

「アルド、行こう」
「待って」

 屋内へ続く扉を開けると、雲雀恭弥が呼び止める。

「君、名前は」
「……名乗る必要性はない」

 そう言い残して、アルドと一緒に屋内へ入った。

「六華、ごめん」
「いいよ。アルドもお疲れ様」

 仄かに笑って言えば、アルドは力無く笑う。
 今日は朝から災難だったけど、無事に終わってよかった。
 これで雲雀恭弥に目をつけられたと思う。でも、今は少しでも平穏に過ごしたかった。


◇  ◆  ◇  ◆


 あれから比較的に穏やかな日常を過ごして放課後を迎える。
 今のアルドは一人暮らしだから先に帰っている。
 必然的に一人である私は普通に帰ろうとした。

「君、その髪は校則違反だよ」

 聞こえたのは抑揚の欠ける平淡な声。振り向けば漆黒の学ランを羽織った黒髪の美少年がいた。
 ……また雲雀恭弥だ。
 関わりたくないなーと思っていると、雲雀恭弥は私を見た瞬間驚いた。

「! ……へえ、君、1年だったのか」

 目を細めて近づいたと思えば、私の髪に触れた。
 うわ、なんかゾワッとした。

「脱色したの?」
「……生まれつき。それより放して」
「どうして」
「他人に触られるのは慣れてないから」

 他人に触られるとゾワッとするから嫌なんだよね。あと、背後に立たれるとどうしても悪寒がする。潔癖症ってわけじゃないけど、なぜかね。
 僅かに顔をしかめて言うと、雲雀恭弥は一度まばたきして僅かに口角を上げた。

「僕を見ても普通でいられるなんて珍しいね」
「それはどうも」

 きびすを返そうとすると、髪を引かれて立ち止まる。

 ……うん、イラッとした。

「……まだ何か?」
「君、風紀委員に入りなよ」

 ……何のフラグですかそれは。
 思わず顔をしかめてしまったけど、どうにでもなれ。

「やだ」
「どうして」
「めんどくさいから。それに家事があるので」

 家のことはしっかりしたいから、面倒事は避けたい。
 いくら腕っぷしがあっても厄介事に首を突っ込みたくない。
 視線をらさず軽くんでいると、雲雀恭弥は面白そうに笑って髪ら手を放した。

「そう。なら、今は諦めよう。僕は雲雀恭弥。忘れたら咬み殺す」
「氷崎六華です。勧誘は全力で拒否しますから」

 負けじと言えば雲雀恭弥……もういいや、雲雀さんで。雲雀さんはフッと笑うと去っていった。
 本当に自由な人だなぁ。

 しみじみ思っていると、違う声がかかった。

「お、お前が氷崎か」

 溌溂はつらつとした明るい声がA組から聞こえた。

 教室から出てきたのは、1年生にしては長身の爽やかな少年、山本武だった。
 彼を見た途端、私は目を据わらせる。

「……あなた、誰?」
「山本武っていうんだ。お前、ツナの幼馴染なんだってな」

 綱吉から何を聞かされたのか知らないけど、あんなことがあったのに私に話しかけるなんて、どんな神経しているんだか。
 思わず溜息が出てしまったけど、こればかりは許したくないな。

「そう……あなたが綱吉を巻き込んだ子か」

 目を据わらせて苛立ちを滲ませば、山本は驚く。

「氷崎……?」
「気安く呼ばないでくれる? 反省していない能天気な子なんて嫌いだから」
「そりゃ言い過ぎじゃねーか?」
「じゃあ残される人達のことも考えたの? 親は? 友達は? 一人息子が死んで、大切な友達がいなくなって、どんな気持ちになるか考えたことあるの?」

 苦笑していた山本の表情が変わる。驚き、戸惑っている。
 私はこれだけで終わらせない。

「悩みを抱えていることに気づけなかったことに後悔する。特に親は、相談に乗ってやれなかったことを一生引き摺って悲しむ。あなたはただ自分の才能に甘えて、実力に驕っていただけでしょう。だから野球なら何でもできると思って、いざできなくなると逃げようとする。
 ――私は、そんな弱虫は嫌いだよ」

 一気に言いまくって、足早に立ち去った。
 言い過ぎだと思う。けど、これくらいしないと腹の虫は収まらなかった。




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