大空と出会う


 今日も保育園の庭の片隅の木陰で課題を片付けていた。
 外国語を和訳したり、日本語を外国語に変換したり。
 この世界に転生して、私の頭脳は吸収力がいいらしい。あっという間に英語と、外国語もいくつか習得した。
 同時にお母さんの友人から護身術を習っている。こちらも型をすぐに覚えた。あとはもう少し成長して、その友人が経営している道場で本格的に鍛錬する。

 そんな日常ばかりだから、惰性的な日常に溶け込むことが苦痛だった。
 園の先生は友達を作らない私を問題児扱いしているけれど、私は一人が良かった。

 この時までは、そう思っていた。


「うわぁああん!」

 昼ご飯を食べて今日の課題が終わった時に男の子の泣き声が聞こえた。
 顔を上げると、同じ園児の男の子がガキ大将とその取り巻きにいじめられていた。

「……まったく、あのボンクラが」

 小さな悪態を吐いて、本にしおりを挟んで彼らのところへ行った。
 すると、近づいた私に気づいたガキ大将が私を睨む。

「なんだよ、雪女」

 『雪女』。それが私の蔑称べっしょう。髪の色でそう馬鹿にされるのだ。
 完璧な色素欠乏症じゃないけど、メラニン色素が少ないせいで髪は真っ白。瞳の色は、母親譲りの澄み切った神秘的な青だから、純白の髪とよく似合う。

 でも、子供からすれば、私は異質で異端に見えるだろう。好きな色だけど仕方ないと割り切るしかない。それでも馬鹿にされるのは嫌だった。

 鬱陶うっとうしい視線を無視した私は座り込んでいる男の子と目線を合わせるように片膝をつく。

「大丈夫?」
「うえっ、ひっく…………う?」

 男の子は大きな瞳を私に向ける。
 涙に濡れた琥珀色の瞳に、癖の強い栗色の髪。
 ……えっ。この子……沢田綱吉? じゃあ、私が転生した世界って……!

「おい! ムシするな!」

 ……あぁ、鬱陶しい。

「黙れ」

 イラッとして肩越しで睨みながら低い声を出せば、餓鬼がきは青ざめる。

 仕方ない。こいつらから片付けよう。

「何なの、あなた達。弱い者いじめして何が楽しいの? とんだ愚か者だね、餓鬼ども」

 立ち上がって見下すように睨めば後ろ足を引くガキ大将。

「このことは先生に言うから。人を傷つけるバカは保護者にも叱られないと直らないでしょう」
「つ、つげぐちするのか!?」
「告げ口も正当防衛だよ。でもまぁ、この子に謝って二度と虐めをしないと誓うなら言わないよ。もし約束を破れば本の角で頭を殴るから」

 酷薄な笑みを浮かべると、ガキ大将達は恐れから真っ青になり、沢田綱吉に「ごめんなさい!」と謝ってから逃げていった。
 メンタル弱いくせに人を虐めるなんて……とんだ小物だ。

 溜息ためいきいて、泣き止んでぽかんとしている沢田綱吉にハンカチを渡す。

「これ、返さなくていいよ」
「え。あ……」

 沢田綱吉が何かを言う前に、私は木陰へ戻った。


◇  ◆  ◇  ◆


 翌日の保育園。今日も木陰で読書していた。
 ただし、いつもとは少し違う。
 沢田綱吉の視線を浴びているのだ。

 何で? 昨日助けただけだよね?
 ……それだ。まさか懐かれたとか? ……ないわー。

「……あ、あの……六華ちゃん」

 沢田綱吉が勇気を振り絞って私に声をかけた。
 少し驚いて顔を上げると、沢田綱吉が私のところに来た。

「こ、これ……。ハンカチ、ありがと」

 おずおずと差し出したのは、昨日渡したハンカチだ。
 返さなくていいって言ったのに……律儀だなぁ。

「どういたしまして」

 ほのかに笑って受け取れば、沢田綱吉は口を引き結ぶ。

 そして――

「と、ともだちに、なってください!」
「……え」

 友達の申し込みをされた。
 ……友達? 私と?

「私といてもつまらないよ?」
「そ、そんなことない!」

 強く言った沢田綱吉に驚いた。
 目を丸くして、ぽかーんとしてしまうほど。

「たすけてくれたときの六華ちゃん、すごくカッコよくて、やさしかったから……」

 今のこの子は怖がりで泣き虫なのに……この時から、こんなに意思が強かったの?

 私のことをカッコイイと、優しいと褒めた沢田綱吉は凝視する私の視線に耐え切れず、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
 原作では、彼が女の子と話したのはヒロインが初めてだ。そんな彼が勇気を出したのはすごいことだ。

 ……私、酷い奴かも。彼をただのキャラクターとして見ていたなんて。
 私がこの世界で生きているのと同じで、彼もここで生きて、存在しているのに。
 最低な自分を自覚すると、心が痛んで苦しくなった。

「! 六華ちゃん、どうしたの?」
「……私、酷い奴だよ」

 情けない顔だと思う。それくらい自分の愚かな認識に後悔していた。
 それに、私には超能力がある。これを知ったら、きっと離れていくだろう。……父親みたいに。
 過去を思い出すと悲しくなる。子供だからか、涙腺が脆い。それでも熱くなった目に力を入れて涙を耐える。

 あまりひけらかしたくないけど、仕方ない。

 私は持っている本に栞を挟んで、本に意識をらす。
 すると念力サイコキネシスが発動して、頭より上まで本を浮かばせた。

「えっ!? 何これっ? ど、どうやったの?」
「超能力だよ。これのせいで、私は父親に捨てられた。友達になったって、怖がられて嫌われるのが落ちだ」

 本当は隠したいことだった。でも、彼は優しいから証明しないと離れてくれないと思った。
 だから淡々と言って、本をてのひらに戻した。

「だから私に近づかないで」

 怖がられて嫌われるのは慣れている。でも、それが友達だったら耐えられない。

 友達なんていらない。
 なのに、彼は……。

「すごい! 魔法使いみたい!」
「……え?」

 魔法使い? いや、そこは魔女じゃないの?
 いや、そうじゃなくて……。

「怖くないの?」
「うん。六華ちゃんはやさしいもん。ぼくは六華ちゃんとともだちになりたい」

 太陽のような笑顔で言ってくれた。
 父親に嫌われて、捨てられて。ずっと友達なんてできないって思っていたのに……。

「えっ!? 六華ちゃん……? ど、どこか痛いの?」
「……んーん」

 嬉しかった。こんな私と友達になりたいなんて言ってくれる子なんていないと思っていたのに、沢田綱吉は私を受け入れてくれた。
 溢れた涙がこぼれた。けど、私はそのまま不器用な笑顔を作った。

「私なんかでよければ、友達になるよ」



 世界は物語の数ほどあると、私は考える。
 現に私は『本』の世界に転生したのだから。

 私には断片的な前世の記憶がある。それはとても苦しく、つらいもの。
 でも、奇跡的にこの世界のシナリオを覚えていた。

 『家庭教師ヒットマンREBORN!』という、ギャグからバトルに変わった少年漫画。

 物語の筋書きは、ダメダメの人生を送っていた中学生の少年が、赤ん坊だが超一流の殺し屋であり家庭教師によってマフィアのボスとして教育されることになり、裏社会の非日常へ身を投じることになる。
 簡単に言えば主人公の成長記録。

 流行ったのはバトル漫画へ切り替わった頃。アニメ化もされたし、グッズ化もされた。キャラクターの人気投票でも、たくさんの読者が投稿するほどファンを集めた。
 漫画も全巻読破したし、番外編を収録した小説も読んだ。おかげである程度の原作知識を記憶している。

 私はその世界に転生した。


 ただの転生ではない。
 私は原作にないはずの特殊なアイテムの適応者で継承者なのだ。
 転生を自覚した時に、私の精神世界とやらに初代適合者である女性が現れたから間違いない。


 その運命が、すぐそこまで迫っていた。




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