継承する運命


 沢田綱吉と幼馴染になって1年が経った。

 お母さんは向かい側に住む沢田家の専業主婦・沢田奈々さんに、自分がいない間はよろしく、と頼んだ。
 奈々さんは快く引き受けてくれて、親がいない時は沢田家の食事に誘ってくれた。
 本当にいい人だと、しみじみ思うほど。



 今は幼稚園の夏休み。お母さんが出張に行っている間、沢田家に遊びに行った。
 ちょうどその時、綱吉の家におじいちゃんが来ていた。
 ちょうど遊びに訪れた私は、初めて会う外国のおじいちゃんに緊張した。
 それもあるけど……私は、違う意味で緊張している。

「はじめまして。わしの名前はティモッテオ。おじいちゃんと呼んでもいいよ」

 好々爺こうこうやと言ってもいい笑顔で挨拶したおじいちゃん。
 ……彼の正体を知る私には、笑えない状況だった。

 この世界にはマフィアがごまんと存在する。その中で世界最高峰と謳われるイタリアンマフィアがある。
 最も巨大で勢力・格式・伝統を誇るマフィアが、ボンゴレファミリー。

 その9代目ボスが……彼、ティモッテオ。

 なぜそんな大物が一般家庭で有名な沢田家にいるのか。それは綱吉と彼の父親が、ボンゴレファミリー初代ボスの直系の子孫だからだ。
 現在の綱吉に10代目ボスの継承権はない。けれど、物語に入れば否応なくボスに据えられる未来が待っている。
 それを思うと、私は血統を重んじる彼らが嫌いだ。ひとの人生を歪めるんだから。

「……えっと、はじめまして。氷崎、六華……です」

 緊張気味に、ぺこりと頭を下げる。
 そんな私に、ティモッテオは相好そうごうを崩す。

「綱吉君にこんなかわいらしいガールフレンドがいるなんてね」
「おじいちゃん、がーる、ふれんど……って、なぁに?」
「女の子のお友達だよ」

 綱吉がティモッテオのズボンの裾を引っ張って訊ねると、彼は笑顔で教えた。
 教えられた綱吉は「うん、おともだち!」と満面の笑みで頷いた。

 それから立ち話もなんだからと言って沢田家に上がった。



 家光さんに挨拶して、私は綱吉とティモさんとボールで遊んだ。
 飛行機のおもちゃや積み木に切り替えたりしたけど、最終的にボール遊びに行き着く。
 綱吉曰く、みんなで遊べるから。本当にいい子だ。

「あっ」

 ティモさんも一緒に遊んでいると、ボールが庭へ行ってしまう。
 とてとてと慌てて取りに行く綱吉だが、ドジっ子の綱吉のことを思い出して慌てる。
 急いで駆け寄ろうとした。けれど間に合わなくて……綱吉は縁側から落ちてしまった。

「うわあぁん!」
「綱吉! 大丈夫!?」

 思いっきり顔面からいった綱吉は大泣きする。
 急いで縁側から下りて綱吉の顔についた土を拭ってあげて、右手をかざす。

「……いたいのいたいの、とんでいけー」

 綱吉の額に向けて呟くと、綱吉は泣き顔を止めた。
 驚いて私を見上げたので、口元に人差し指を当てて「内緒だよ?」と笑う。

「ありがとう、六華ちゃん!」

 涙目だけど明るく笑った。うん、やっぱり綱吉は笑顔が似合う。

 実はヒーリングを使ったのだ。目立つ怪我じゃないし、人目に触れなかった今だからこそ使うことができた。
 そんなちょっとしたハプニングが過ぎて、昼食後に綱吉と一緒に昼寝した。



 気づけば久しぶりに銀世界の精神世界に入っていた。

 凍りついた木々が密集する林から少し離れた所にある大きな木。その枝に座って、幹に凭れている。枝の所々に花のような大きな霜があって、それに触れると容易く手折れた。
 しっかりとした雪の結晶の花を見つめて、ふと別の気配に気づく。

「雪華?」
「――久しぶりだな、六華」

 メゾソプラノ寄りのアルトの声。斜め上の枝を見れば、その上に中性的な美女がいた。

 氷沢雪華。初代雪の適応者。


 この世界には死ぬ気の炎と呼ばれる生命エネルギーの波動というものが存在する。
 死ぬ気の炎には、大空、雨、嵐、晴、雷、雲、霧といった七種類の属性があり、大空の属性は、他の全属性に通じるものがある。

 この世界に存在するのは大空の7属性以外に、大地の7属性、アルコバレーノの成りの果てである復讐者のおさが創り出した第8属性『夜の炎』のみ。
 死ぬ気の炎は人体に流れる生命エネルギーの波動によって生み出される。けれど、それは媒介……特殊な指輪がないと表に出すことはできない。


 私は、原作にない属性の適応者。
 一応ゲーム化された時に作られたオリジナルの属性と同じ名称だけど、根本的に違う。

「今、そっちに『大空』がいるな?」
「……うん。\世ノーノだよ」

 雪華に判りやすいように言えば、彼女は感じ入るように目を閉じた。

「……そうか。もうそんなに経ったのか」
「雪華はT世プリーモの頃だったよね?」
「ああ。そして六華は]世デーチモの時代。何の因果か知らないが……。六華は]世の『雪』になるんだろ?」

 ]世……綱吉の、『雪』。

「……元々ボンゴレの物じゃないんだよね。それでもなれるものなの?」

 雪の属性は世界が創造したもの。それを最古の地球人の一人が適応者である雪華に渡しただけ。
 当時は雪華しか『雪』を守れる人はいなかった。
 少し前までは『虹』の『雪』が一人だけ現れたけど、その人は『虹』だけ。完全な世界の礎になり得ていないらしい。

「私達は誰のモノにもならない。――否、なれない。……そんな気がするの」
「……ハッ。ガキのくせに、オレより理解してるじゃないか。ああ、そうだ。オレ達『雪』は誰のモノにもならないし、なれない。オレの場合、たまたまボンゴレにいた。それでもあいつ――『大空』のモノにはなれなかった」

 ボンゴレ初代ボス、ボンゴレT世のものになれなかった。
 そう語る雪華は切なげで、苦しそうだった。

「途中で務めを放棄したから幸せを掴めた。でもま、そのせいでこうして継承者を捜すハメになっちまったけどな」

 太陽と月が入れ替わる瞬間を数えるのも億劫になるほど、長い年月をかけてさ迷い続けた。
 時代は移ろい、巡りに巡って、ようやく現れたのが――私という存在。

「じゃあ、私は『大空』のモノにはなれないね」

 綱吉のモノにはなれない。それはつまり、ボンゴレのモノにならなくていいってこと。
 でも、今のボンゴレはそれを知らない。私を無理矢理ボンゴレの『雪』として所有する可能性が高い。

 冗談じゃない。私は私だ。私は、私が認めた者以外のモノにはならない。
 そんな柵に拘束するなら、ぶっ壊してやる。

 挑むような笑みとともに、手元にある氷の華を砕く。それを見た雪華は、クツクツと忍び笑い。

「ガキのくせに気高いなぁ、六華は。ほんと、お前が継承者で嬉しいぜ」
「あははっ、ありがとう」

 無邪気に笑って称賛を受け取る。
 その時、意識が傾き始めた。

「……時間だな。\世に訊かれたら、『氷沢雪華から聞いた』と言ってある程度話せ。オレが許す」

 体が淡雪のように消えていく。その瞬間まで、雪華は微笑んだ。



 ――パチッ

 意識が覚醒した途端に目が開く。
 沢田家の天井を見つめて、ゆっくり起き上がって隣を見る。
 私の隣には、変わらず眠っている綱吉がいた。
 辺りを見渡せば、驚き顔のティモさんが私を見つめている姿が視界に映る。

 ……ここは、演技した方がいいかな?

「……夢?」
「六華ちゃん、どんな夢を見たんだい?」
「え? えっと……真っ白な雪の中で、女の人に会ったの。『雪』がどうのこうのって言って……」

 子供らしく言えば、ティモさんは目を見開いた。

「それでね。『雪』は……ボ、ボン……? なんとかのモノじゃないって。あくまで世界のモノで、たまたまその人しか守れる人がいなかったから持っていただけだって言ってた」

 どういうことかなぁ?と眉を寄せて難しい顔を作り、考え込む仕草をする。
 首を傾げつつティモさんを見れば、彼は衝撃を受けたような顔で私を凝視していた。

 ……な、なんか怖いぞ、その顔は。

「……六華ちゃん。君に渡したい物がある」

 渡したい物って……まさか、『雪』に関する物?

「初めて会ったのに?」
「そうじゃ。君に渡したい物は、君以外に扱えない物。わしらが持っていても仕方のない物なんじゃ」
「私だけ?」

 きょとんとした顔でティモさんを見上げれば、彼は真剣な顔で頷く。
 うーん、と少し俯いて考え込み、頷く。

 ほっとしたティモさんは、ズボンのポケットから小さな箱を出して、蓋を開ける。
 中に入っているのは、とても綺麗な指輪。
 雪の結晶を閉じ込めたフロスティクォーツのような宝石を中心に嵌め込み、周囲に淡い青の宝石をちりばめている。

「キレー……。雪みたい……」

 心からの感想を言うと、ティモさんはまなじりを下げて微笑み、私に手渡した。

「これは君のものじゃ。大切にするんだよ?」
「うん!」

 笑顔で頷けば、ティモさんは微笑んだ。
 その瞳に哀愁が秘められていたけど、私は気づかぬふりをした。



 こうして私は、雪のリングを継承した。
 これが、私の本当のはじまり。




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