新しい学校へ


 ――ピピピピ、ピピピピ

 一定間隔で鳴り響く電子音で目が覚める。
 緩慢かんまんに腕を伸ばしてスイッチを切ると、ちょうどいい時間に起きたことを確認。

「懐かしい夢……だったなぁ……」

 過去の夢を見るなんて、年寄りみたいだ。
 そう思う自分に苦笑して、ベッドから起き上がるとパジャマから制服に着替える。

 新しい制服は白いカッターシャツと、左胸に校章を刺繍したライトブラウンのブレザーに紺色のスカート、赤いリボンタイがかわいさを引き立てる。

 これが並盛中学校の学生服。結構気に入っているけど、夏服は半袖らしい。私は長袖で通すって決めているから関係ないけど。
 腰下まで真っ直ぐ伸びた純白の髪を丁寧に梳かし、ハーフアップに結わえる。

「……こんなもんかな」

 身嗜みだしなみを確認して、机の抽斗ひきだしにしまっているネックレスを取る。

 幼少期に出会ったマフィアのボスから譲り受けた、雪のリングだ。
 雪のリングを手に入れてから、氷雪の能力を操れるようになった。
 いらない能力だけど、さらに厄介なことに、心からはっきり拒絶すると簡単に発動してしまうのだ。
 そうならないために、制御しやすいように雪のリングを持ち歩かないといけない。

「よし、行こう」

 ネックレスを首につけて、服の下に隠すと部屋から出た。

 朝食後、空っぽの鞄にシューズと筆記用具を入れて、我が家の向かい側にある沢田家に行き、インターホンを押す。
 ピンポーンと軽快な音が鳴ると、綱吉の母親――沢田奈々が出てきた。

「おはようございます」
「おはよう、六華ちゃん。ツナはまだ起きてないの」

 あらら、と呟いてしまう。
 やっぱり綱吉、今日のことを忘れてしまっているようだ。

「起こしてきましょうか?」
「いいの? 遅れない?」
「起こしたら先に行きますから。ちょっとお邪魔します」

 軽く挨拶して二階に行き、ノックする。
 返事がない。本当にまだ起きていないようだ。

「綱吉、入るよ」

 一声かけてから部屋に部屋に入る。
 室内は、漫画やゲーム機、雑誌などで乱雑している。
 今時の男の子らしい部屋に苦笑いを禁じ得ない。

 床にあるものを軽く避けながら進んで、ベッドで眠っている綱吉に頭を撫でる。

「綱吉、起きて。遅刻するよ」

 癖の強い髪だけど、フワフワなんだよね。
 軽く撫でてもう一度呼びかけると、綱吉はまぶたを震わせてようやく目を覚ました。
 ぼんやりしている綱吉が私を見ると、目をこれでもかというくらい見開いて起き上がって、勢いよく壁に貼り付いたせいで後頭部をぶつけた。

 うわ、痛そうな音……。

「な、なっ、何でいるのー!?」
「起こしに来たんだけど……ダメだった?」

 しゅん、と不安になってくると、綱吉は頬を淡く染めて首を横に振った。

「だ、ダメじゃないけど……心臓に悪いよ……」
「ごめん。今日、入学式だってこと忘れていると思って」
「……。……ああっ!?」

 ようやく思い出したようだ。
 思わず苦笑してしまった私は、膝立ちの体勢から立ち上がって部屋から出ようとする。

「じゃあ、先に行ってるよ。走って汗かくと大変だし」
「あ……そう、だね。って! 眼鏡忘れてない!?」

 残念そうに眉を下げる綱吉の叫びに、そう言えば着けていないことを思い出す。
 私も人のこと言えないなぁ。

「鞄の中にあるよ。じゃあ、行ってきます」

 鞄の中から取り出した眼鏡を見せて、にこりと笑って玄関へ戻った。

「六華ちゃん、ツナは起きたかしら?」
「はい。では、行ってきますね」
「いってらっしゃい。お祝いで夕飯、ご馳走するわ」

 気前よく誘う奈々さんに、笑顔で「ありがとうございます」と返した。



 徒歩二十分ほどで到着した並盛中学校。
 四階建ての鉄筋コンクリート造り。正面玄関がある柱の上には時計が埋め込まれ、錆びたフェンスに囲まれた屋上がある。
 一見、どこにでもある普通の中学校だ。しかし、風紀委員会は普通じゃない。
 少し前まで不良校だった並盛中学校を、風紀委員長が鉄槌を下して風紀を正した。そのせいで彼は恐れられているんだけど、本人は群れを嫌うから関係ないだろう。


 私の教室は1年C組。
 綱吉と違う教室ということに、少なからずショックを受けた。
 でも、本格的な厄介事に巻き込まれない点では楽かもしれない。

 だけど、原作に巻き込まれることは確定している。
 まぁ、しょうがない。こればかりは回避できないって判っているのだから、諦めなければ。

「六華!」

 あっという間に入学式を終えて、A組の教室を覗き込むと綱吉が気づいてくれた。

「どこの教室だった?」
「C組。……離れちゃったね」

 少し寂しいけど、こればかりはくつがえせない。
 残念だという雰囲気を纏えば、綱吉も眉を下げて残念がる。

「オレも一緒の教室がよかったのに……」
「ん……でも、まぁ……昼休みは一緒に過ごせると思うし」

 そう言えば、綱吉は少しだけ気分を持ち直した。
 やっぱり幼馴染が離れるって心細いよね。私も心細いから、わかるよ。

「そう……だよな」

 ……本当は、途中から一緒に過ごせなくなることを知っている。
 物語が始まれば、私は綱吉とできるだけ距離を置かないといけないから。

 だから、今この瞬間を大切にしよう。

「じゃあ、帰ろっか。夕飯まで何する?」
「うーん……六華の家に行っていい? そっちには最新のゲームあるし」

 確かに、福引の三等賞で、最新型のテレビゲームが当たった。バトル系のゲームソフトも家に置いている。
 我が家のテレビはハイビジョンだから、迫力もあって楽しい。
 私は「いいよ」と言って綱吉と一緒に学校から出た。




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