カウント開始


 並盛中学校に入学して2ヶ月。あっという間に6月になった。
 私と綱吉、未だ学友はゼロ。

 私の場合、白い髪と顔を隠す分厚い眼鏡で近寄りがたい印象を持たれ、更に成績優秀者だから敬遠されている。

 綱吉の場合、勉強も運動も何をやってもダメダメで、人生の負け組として卑下されて、男子からも女子からもバカにされている。

 綱吉は生まれてこの方、私以外の女の子と会話したことがない。それもあって、誰かと関わることが苦手になったのだ。
 ……私も、綱吉以外の一般人と友達になったことないなぁ。


 ――コンコン

 パソコンで小説を執筆していると、ガラス戸から音が聞こえた。
 夕日が射し込むベランダの方を見れば、もう一人の幼馴染がいた。

「アルド?」

 アルド・ダンブロージョ。5年前から私の護衛をしているボンゴレファミリーの一員。
 彼の家は我が家の隣。こぢんまりとした一軒家だ。
 偶然にも私の家のベランダと彼の家のベランダは近い位置にあるから、時々こうして家に来る。
 ガラス戸を開ければ、アルドは厳しい表情で告げた。

「晴のアルコバレーノが来るって報せが来た」

 ……マジっすか。
 そういえば来週の月曜日は18日。原作が始まる日だ。

「六華の幼馴染の家庭教師になるそうだから、しばらく会わない方がいい」
「……わかった」

 会えなくなるのは不満だけど、仕方ないと割り切らないと。今はまだ巻き込まれたくないからね。
 綱吉には悪いけど、私は傍観者でいさせてもらうよ。


◇  ◆  ◇


 今日は6月18日。とうとう原作の日が来た。
 これから綱吉は苦難に立ち向かうスタートを切る日だ。
 今日から綱吉の家に行けなくなるのが残念だけど、我慢しないと。

「……あれ?」

 昼休み。弁当を持ってA組に行っても綱吉がいない。
 あれ、移動教室だっけ? ……あぁ、理科だ。あの陰湿な詐称野郎こと根津銅八郎が担当しているから、大変だろうなぁ。しかも片付けも押し付けられていると思うし……。

「どうしよっかなぁ……」

 一緒に食事ができる最後の機会になるはずなのに。
 せっかくだし手伝いに行こうかな? なんて思って教室から離れようときびすを返した時。

「氷崎さん?」
「ん?」

 不意に教室内から呼ばれて立ち止まり、もう一度覗き込む。
 かわいらしいソプラノの声の主は、教室の中央近くの席の傍にいる笹川京子だった。彼女の近くには彼女の親友の……えっと、黒川花?が包んである弁当箱を持っていた。

「あ。あんた、沢田の幼馴染の?」
「……えっと……」

 黒川花が思い出したように言った。
 何で幼馴染って知られているの? 綱吉が言ったわけではなさそうだし……。

「氷崎さん、一緒に食べない?」
「えっ」

 どう切り抜けようと言葉を探しあぐねていると、笹川京子が申し出た。

「私、前から話してみたかったの。いいかな?」
「で、でも……どこで……」

 いつも一緒に食べている綱吉を放って大丈夫だろうか。
 私を待って食べなかったらどうしよう……。
b 不安から目を回していると、黒川花が手招きした。

「こっちで食べりゃいいじゃん。ね、京子」
「うん!」

 ……知らない人がいっぱいいる教室に入れと?
 人付き合いが苦手な私にとって難関な問題。けれど、綱吉を待っていて私が食べれなかったら大変だから……背に腹は代えられない。

 勇気を出して教室に入り、笹川京子と黒川花がいる机の近くにある椅子を拝借した。

「へえー。氷崎さんって本当に真っ白なんだ」
「あ、うん。メラニン色素が薄くて……」
「そうなんだ。雪みたいで綺麗だよね」

 黒川花の感想に応えると、笹川京子がにこにこと笑って褒めた。
 ちょっと照れくさくて小さくはにかみ、いそいそと弁当箱を開ける。

「わあ! 氷崎さんのお弁当、おいしそー」

 私の弁当箱は楕円形で、少し小さい二段重ね。上におかず、下に白米を入れられる仕組みになっているけど、下には紫蘇ふりかけをまぶした小さなおにぎりが二個入っている。
 上の段には、卵焼き、アスパラベーコン、うずらの卵と小さなポークウインナーを使っておでんっぽい形に整えた串、金平ごぼう、フルーツポテトサラダ。金平とポテトサラダは少しだけ日持ちするから蓄えがあって、いつも入れているメニューだ。

「そのおでんっぽいの、かわいいね。氷崎さんのお母さん、凝ってるんだ」
「あ、いや……。これ、私が作ったの」
「えっ! これ全部、氷崎さんが? すごーい!」

 瞳を輝かせて歓声を上げる笹川京子。
 いや、すごいと言われても、いつものだし……。

「いつもこんな感じだけど……」
「いつも手作り? 朝、大変じゃない?」
「そうでもないよ。慣れてるから」

 黒川花が興味深そうに質問してきたのであっさりと答え、両手を合わせてから食べ始める。

 卵焼きを口にすると、程良い甘さでおいしい。冷めてもおいしくなるよう作ったけど、成功して良かった。
 ふと、二人がじーっと私の弁当を見ていることに気づく。

「……どれか一つならいいよ」
「やった! じゃあ私、ポテトサラダ」
「私は……きんぴら。いい?」
「ん」

 この二つは家に蓄えがあるから、あげても大丈夫だ。

 シリコンの器に入ったそれらを取り出して渡すと、二人は驚き顔になる。

「この器、珍しいね」
「シリコン製だから、何度も使えて便利だよ」
「へえ。じゃあ、いただきます」

 二人は私の手作りおかずを食べた。
 すると……。

「おいしい! これ、フルーツ入ってるんだ!」
「このきんぴらもいい感じ……! ピリッとしているけど、これ、ご飯が進む味だよ」

 ぱぁっと笑顔になった笹川京子と、感心しながら白いご飯と食べる黒川花。
 二人の反応を見た私は胸の奥が熱くなって、自然と笑顔になった。

「ふふっ、ありがとう」

 嬉しくてお礼を言う。すると、二人は目を丸くした。心なしか頬が淡く色づいている。
 どうしたのかな、と首を傾げる。

「……私、氷崎さんと友達になりたいなぁ」
「え?」

 突然、笹川京子が申し込んできた。
 眼鏡の奥で目をぱちくりさせる私に、黒川花も頷いた。

「氷崎さんって思っていたより面白いし。あ。私のことは花って呼んで」
「抜け駆けずるい! 私も京子がいい」

 ……これは、決定事項?
 強引なのは苦手だけど、彼女達の好意は嬉しい。
 今度は私が頬を赤らめ、笑顔で頷いた。

「うん。じゃあ、私は六華で」

 幼馴染とは違う、友達。しかも、初めての女の子の友達だ。
 心が弾んで、私も笑顔で名前呼びを許した。


◇  ◆  ◇


 ずるい。そう思うのは仕方ないかもしれない。
 だって六華はオレの幼馴染で、ずっと一緒にいる大切な子。
 強くて、かっこよくて、優しくて、綺麗で、ほっと安心する雰囲気がある。
 でも、超能力を持っていて、それのせいでみんなが離れて行かないか怖がっている臆病なところもある。

 六華の家族とオレ以外は誰も知らない、六華の脆いところ。
 昔はそれだけでも優越感があったのに、それだけじゃ足りないって感じてる。
 今日だって、六華にも女の子の友達ができたのは嬉しいけど、そのせいでオレとの時間が少なくなりそうだし……。

 あとは六華に秘密の友達がいること。六華は話してくれないけど、時々来る携帯電話のメールを見て、楽しそうに笑うから。
 どんどん六華が離れていく気がして……怖くなった。


「はぁ〜」

 大きな溜息をこぼしながら体育館の床をモップで綺麗にする。
 今日の体育の授業でバスケをやっていたけど、上の空になった時にボールが顔面にぶつかった。そのせいもあって体育館の掃除を押し付けられた。
 オレが学校に来てるのは六華と過ごすため……なんだけど、クラスとか違うしなぁ。
 残念な気持ちでいっぱいなまま掃除をしていると、外から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「えーーー、おかしいかな」
「もー、これだからこの子は」

 あれは……笹川京子と黒川花。今日のお昼、六華と一緒に弁当を食べていた子だ。

「あははっ、京子って天然なんだ」

 その隣に、六華がいた。
 やっぱ女友達ができて嬉しそうだ。

 ……オレがいなくてもいいのかもしれない。

「もう学校にいる意味ねーなー」

 小さなぼやきに、無性に虚しくなった。
 帰ろ、と呟いて掃除道具を片付けて、早退した。


 それが運命の分かれ道だとは知らずに。




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