日常が軋む音


 今日、綱吉は早退した。
 やっぱり京子と持田剣介が付き合っていると勘違いして帰ったのかな。

 そんなことを思うと、少し……ズキッと胸の奥が痛んだ。

 何だろう?と不思議になりながら瞬間移動テレポートで帰って私服に着替えて、いつも通り夕飯の買い出しに向かった。
 スーパーにて主婦達とタイムセールで戦って、カレーに使う牛筋をゲット。
 上機嫌で家路を歩いていると、前方から声がかかる。

「あっ、六華ちゃん!」

 このかわいらしいソプラノの声は、友達になったばかりの笹川京子だ。

 顔を上げると、京子の隣には勘違い野郎である持田剣介。
 ただ委員会が同じだということだけで恋人気分を味わっているバカだ。

「買い物?」
「うん。京子は?」
「委員会で必要なものを揃えるの」

 あぁ、やっぱり持田は眼中無しだ。
 持田、ザマァ。

「なんの、これしき」

 その時だった。痛そうな音と気合を入れた声が聞こえたのは。
 驚いて見上げると人影が降ってきた。その子は持田を押し退けるように着地して、私達に向く。

「おっ、偶然発見!!」

 その人物は、綱吉だった。
 パンツ一丁で額に橙色の炎を灯していることから、死ぬ気モードであることがわかる。

 前世から気になっていたけど、頭、熱くないのかな?


「オレとつき合ってください!」


 ……あれ?

「キャアアアア」
「京子! てんめぇ! ふざけてんじゃねーぞ! ヘンタイ野郎!」

 勘違い野郎が綱吉を殴り飛ばして、悲鳴を上げて逃げた京子を追う。

 ……何で名指しじゃないの? しかも私と京子に向かってだと、どちらに告白したのかわからないんだけど。

 死ぬ気モードが解けた綱吉は青ざめて頭を抱える。
 可哀想なので、羽織っていたカーディガンを脱いだ。

「綱吉」
「! 六華!?」

 驚きのあまり固まる綱吉。
 赤面したり青ざめたりで忙しない彼にカーディガンを差し出す。

「はい、これ」
「えっ」
「風邪ひいたら大変でしょう?」
「あ゙あ゙あ゙あ゙!!」

 自分の格好に気づいた綱吉は叫ぶ。
 苦笑して羽織らせれば、綱吉はぎこちなく「ありがとう」と言う。

「京子のこと、応援するからね」
「え゙!?」

 綱吉は引きった声を上げたけど、私は無視してその場から去った。
 だってあの赤ん坊がいるんだもん。逃げるが吉。


 そんな私は、原作のズレを無視した。これが私の運命を変えるなんて知らずに。


◇  ◆  ◇  ◆


 朝早くから1年生達がうるさく騒いでいる。
 これは、あれだ。勘違い野郎が、綱吉が京子に告白したことを言いふらしたからだ。

 ……あんの勘違い野郎。射て殺したろうか。

 A組が騒がしくなる。おそらく綱吉が来たのだろう。

「なあ、オレ達も行こーぜ」
「あたしもー!」

 C組の子達も全員出ていく。この野次馬どもめ……。
 私は溜息をついて、逡巡したけど行くことを選んだ。
<>br /?「六華ちゃん!!」

 教室から出てきた京子が抱きついてきた。

 え、ちょ、みんなに見られてるんだけど!!
 でも、混乱気味の京子を見ると放っておけない。

「あの……あのね……っ」
「落ち着いて。ほら、深呼吸」

 頭を撫でて深呼吸を促す。すると、花が話した。

「あんたの幼馴染が京子に告白したでしょ? そしたら『京子を泣かせた奴は許さん』って、持田センパイが成敗するってさ」
「泣いてない! それに持田センパイとは委員会が同じだけで……」
「……勘違い野郎が綱吉を成敗?」

 思わず低い声が出る。

 物語の流れは一通りおぼえているから、この展開も知っている。
 けど、いざ直面すると……こんなにも腹が立つなんて思わなかった。

 いきどおりから薄ら笑いが浮かぶ私に、京子はきょとんとする。

「京子だけじゃ飽き足らず、綱吉にまで手を上げようと……? ふっ……うふふっ……バカにも程がある……」

 いい度胸じゃない、持田剣介。
 黒い笑みを浮かべる私に花は引き攣るが、京子は不思議そうな顔をする。

「六華ちゃん?」
「大丈夫。私も、花もいる。何があっても心配する必要はないよ」

 ぽんっと京子の頭に手を乗せて、ニコリと笑う。

「京子を傷つける奴は、私が全部潰してあげるから」

 友達を守れない奴は友達じゃない。友達のためなら、私は剣にも盾にもなってやる。
 不敵に笑ってみせると、京子は泣き顔から明るい笑顔に変わった。

「……六華ちゃんってかっこいいんだね」
「ありがとう。じゃあ、行こうか」

 うん!と笑顔で頷く京子と一緒に道場へ行く。

 京子が入ったところを見計らって、勘違い野郎こと持田は芝居がかった台詞を言う。

「きやがったな変態ストーカーめ!! おまえのようなこの世のクズは神が見逃そうが、この持田が許さん!! 成敗してやる!!」

 どっちが変態ストーカーだよ。ていうかクズはお前だバカ野郎。
 胸中で罵っていると、持田は青ざめて震える綱吉に無理難題を告げた。

「貴様は剣道初心者。そこで10分間に一本でもオレからとれば貴様の勝ち! できなければオレの勝ちとする! 商品はもちろん、笹川京子だ!!!」

 うわー……ゲスだ。
 目に見えた勝負なのに、野次馬は綱吉がボコボコにされるのを見に来ている。
 ……うわぁ、気分が悪くなってきた。

 トイレ逃走エスケープしちゃった綱吉に、持田は不戦勝ということに高笑いしているけど、そう上手くいくかな。
 あの晴のアルコバレーノがついた綱吉を前にすればゴミも同然だ。

「ぅぉおぉおっ」

 その時、廊下側から雄叫びが聞こえた。

 あ、来た。


「いざ! 勝負!!!」


 昨日と同じ姿と形相で入ってきた。つまり、今の綱吉の格好はパンツ一丁だ。
 まだ見るのは二回だけど、迫力あるなぁ。

「ヘンタイだ!」
「キャーー、やだーっ」

 あまりの痴態に、野次馬が変態と罵った。
 でもさぁ……。

「海水浴の時も海パンだけなのに。さして変わらないじゃん」
「六華ちゃんって天然?」

 京子に言われた。失礼な。私は天然じゃないのに。天然は京子の領分でしょう。
 そんな何気ないことを思っていると、綱吉は竹刀も防具も持たずに暴走車のように突っ走る。

「ぶっ、ギャハハハ、裸で向かってくるとはブァカの極みだな!!!」

 吹き出して高笑いする持田は気持ち悪かった。
 ゲスの極みだね。

「手かげんするとでも思ったか!! 散れ!! カスが!!」
 カスはお前だ、バカ野郎。
 ゲス顔で高笑いした持田は竹刀を振りかぶって綱吉の顔面に叩き落とす。
 バチィッと痛そうな音が響いたが――

「だあ!!」

 綱吉は気合で押し返して、頭突きをました。
 強烈な頭突きに持田は白目を剥いて仰向けに倒れる。

 しん、と静まり返る道場。
 綱吉は追い討ちをかけるように持田に馬乗りになった。

「マウントポジション!?」
「何をする気だ!!?」

 どよめく野次馬達。綱吉が手刀を掲げると、誰もが面を打つ気だと思った。

「うおおぉっ」
「ぎゃっ」

 ――しかし、現実は違った。
 ベリ、とありえない音を立てて、持田の前髪を引っこ抜いたのだ。

 綱吉の手には、持田の前髪がごっそりと……。

「100本!!! とったーーっ」

 要は頓智とんちだ。何を取るか言っていないし、髪なら何本でも取れる。
 ていうかあれ、百本以上あるよね……?

 どっと野次馬が爆笑する。その気持ちは解るけど、当人からすれば笑い事じゃない。

「これでどーだぁ!」
「ひぃっ」

 綱吉は前髪を審判に突き出すが、持田の息がかかった審判は赤旗を上げない。
 というか、恐怖で引き攣った悲鳴が出ただけ。

「ちっくしょ〜っ、うおおおおっ」

 旗が上がらないことに悔しがって、ブチッ、ブチッ、と持田の髪を全て引っこ抜く。

 うっわぁ、容赦ないなぁ〜。
 私は引き攣って苦笑いをこぼす。
 頭皮ってデリケートだし、あんなに抜かれると痛みで失神すると思う。
 案の定、持田は泡を吹いて白目を剥いて気絶した。

「全部本」
「赤!」

 次は我が身と感じた審判は青ざめて赤旗を上げた。
 瞬間、野次馬達はわっと歓声を上げて綱吉へ駆け寄った。
 蟻みたいで気持ち悪いなぁ、とひねくれたことを思ったけど、仕方ないよね。

 野次馬達は綱吉を褒め称えて、京子も無邪気に綱吉を褒める。そして綱吉はその笑顔に赤面した。

 ……やっぱり京子のことが好きなんだなぁ。

「……あれ?」

 なんか、胸の奥がズキッとした。


 心の中で何かが芽生えた気がしたけど、私はその名を知らなかった。




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