▼ おにぎりの日
先週、入ファミリー試験があった。
観賞したかったけど、あの真っ黒な赤ん坊に気づかれては元も子もないので断念した。
ただ、小津尋も参加したのは、チラッとだが目撃した。
彼はいったい何者だろう? 私と同じイレギュラーなのはわかるけど、謎だ。
それから7月の第2週目。今日は家庭科実習でおにぎりを作ることになっている。
そう、フリーの殺し屋毒サソリの異名を持つビアンキが登場する回だ。
綺麗な亜麻色の髪の美女で、獄寺隼人の腹違いの姉。
彼女と接触するのは避けたい。だからおにぎりを作ったら、すぐ屋上に行く予定だ。
「時和さんはおにぎりの具、家で用意したの?」
家庭科室でお米を炊いている間、おにぎりに入れる具を用意する。
それがちゃんとした流れだけど、私は家で用意してきたから同じ班の子を手伝うだけ。
同じ班になった子は、笹川京子と黒川花。それから二人と仲がいい三人。
六人ごとで作られた班構成だけど、知っている子がいるおかげで気楽でいられる。
「あ、うん。笹川さんは鮭?」
「うん! 花は?」
「私はおかかだけど……時和さんが用意した具って何?」
黒川花に訊ねられて、持ってきたタッパーの蓋を開ける。
そこに入っているのは……。
「ささ身の梅肉和え」
「すごーい! おいしそう!」
「これだけでもおかずにできそうなんだけど……こってるね」
「だってこれで食べたいんだもん」
そう言うと、同班の子達は驚く。
「時和さんって誰かにあげないの?」
「うん」
この学校では家庭科実習で作った料理を男子に振る舞う。
男子にあげることで、彼らに女子力を見せつける。
これは男の胃袋を掴むチャンスなのだ。特に好きな人にあげられたら一番いい。
でも、私は違う。
「これといって仲のいい子もいないし、私のなんか欲しがる子なんていないでしょう?」
私は誰かに女子力をアピールする気はない。だって好きな人なんていないし、きっと生涯独身で終わらせると思う。
誰かを好きになるなんて、前世でも二次元以外で考えたことないし。
ふと、周りの子が一言も話さなくなった。
しん、と静かになった彼女達を見ると、みんな私をじっと見ていた。
「え、な、何……?」
「時和さんって友達いないの?」
「い……いないけど……」
それが一体どうしたんだろう?
ぎこちなく答えると、みんな揃って驚き顔になった。
「ええっ!?」
「時和さん、頭いいし、体育の時なんて意外と強いのに……」
「うん……なんか、意外」
意外って言われた!?
どこが意外なのかわからないでいると、笹川京子が手を挙げた。
「はい! 時和さんの友達に立候補します!」
「じゃ、私も」
「ええっ!?」
黒川花まで便乗した。
いったい何がどうしたらそうなるの?
「時和さんって、あの山本のスランプに気づいたし。人をよく見てるって言うか……」
「うんうん。あと、声が綺麗! 歌手になれるんじゃないかな?」
「あ、確かに。スタイルもいいから、顔がよけりゃモデルとかなれそう」
急に二人が褒めだした。
思わぬ事態にどう対処したらいいのかわからない。しかも、恥ずかしい内容で顔が熱くなる。
言葉が閊えてなかなか出せないでいると、急に視界がぶれた。
「わっ、あ!」
驚いたけど、眼鏡を取られたことに気づいて黒川花を見る。
すると、その場にいる同班の子達が、穴があくほど私を凝視してきた。
なにこれ怖い!
「時和さん……美人なんだ」
「……はい? いや、美人は黒川さんじゃない? 笹川さんはかわいいし」
「……京子以上の天然だわ」
「え、ひどぉい」
そんなことを言われるなんてショックだ……。
そんな遣り取りをしているうちにお米が炊き上がり、おにぎりを握った。
「今日は家庭科実習でつくったおにぎりを男子にくれてやるーっ」
「オーー!!!」
片付けが終わって教室に戻ると、自習時間で駄弁っていた男子達が喜び勇む。
私は急いで鞄を拾って、さっさと廊下に出た。
「……!」
そこで、ある人物を目撃してしまう。
左腕にサソリの刺青を入れた、エメラルドグリーンの瞳の美女。
確か今は16……いや、今年で17歳になるはずだ。そんな美女は女性らしい見事なプロポーションを持つ。
イタリア人らしき美女こそが……ビアンキだ。
彼女は笹川京子のおにぎりを自分で作ったポイズンクッキングのおにぎりにすり替え、教室から出て行った。
うわぁ、鮮やかな手並み……じゃなくて! 急がないと巻き込まれる!
「あら?」
踵を返したが、ビアンキに気づかれる。
ギクッとした私は、恐る恐る振り返る。
「あなたは誰かにあげないの?」
「え?」
どうして彼女はそんなことを訊ねるのか。
理解できなかったけど、私は素直に答えた。
「自分で食べるために作ったから。そもそもあげる人なんていないよ」
「食べたら死ぬんだぞーーっ!!!!」
直後、沢田綱吉が叫んだ。
驚いて振り向くと、沢田綱吉は死ぬ気になってポイズンクッキングのおにぎりを空中キャッチで食べた。
しかし、それだけでは止まらず、沢田綱吉は全員のおにぎりを食いまくった。
……逃げて、よかった。
「くそう、ボンゴレ10代目。でもいつか必ずリボーンをとりもどす…」
親指の爪を噛んで捨て台詞を吐いたビアンキは、気配を殺して去った。
……うん。被害がこっちまで来なくてよかった。
ほっと安心して死ぬ気タイムが終わったところを見届け、屋上に向かうための階段へ行く。
「あっ、時和さん……?」
その時、教室から逃げてきたらしい沢田綱吉が私に気づいた。
振り向くと、沢田綱吉は私のおにぎりに視線を向けていた。
「……よかったら一個いる?」
「! い、いいの?」
「うん。お腹いっぱいじゃなかったら」
きっと味もわからないまま食べつくしたはずだし、消化も早いはず。
そう思って頷けば、沢田綱吉は私のおにぎりを取って食べた。
「……! これ、梅……だけじゃない?」
「ささみの梅肉和え。どうかな?」
「すごくおいしいよ」
素直な感想を口にした沢田綱吉はおにぎりを夢中になって頬張る。
気持ちのいい食いっぷりを見て、なんだか嬉しくなって笑顔が浮かぶ。
「よかった」
安心感から呟くと、沢田綱吉は目を丸くして私を見つめる。
心なしか頬が赤いけど……気のせいだよね?
「あ。沢田君。服は?」
「えっ……ああっ! ご、ごめん! ええと、おにぎりありがと! ごちそうさま!」
自分の状態を思い出した沢田綱吉は顔を真っ赤にして謝り、階段を下りて行った。
いろんな意味で大変だなぁ。でも、喜んでくれてよかった。
小さく笑って見送り、今度こそ屋上まで上りきる。
修繕されたネットフェンス側ではなく、日陰になっている場所に座って弁当箱を取り出し、蓋を開ける。
「君、今日はここなんだ」
不意に、出入口となっている建物の上から声が聞こえた。
顔を上げると、雲雀恭弥が上から覗き込んでいた。
「あ、こんにちはー」
普通に挨拶をしてから箸を持って、お弁当のおかずを食べる。
今日は家庭科実習だったから、弁当の白いご飯は少なめにした。
これなら食べきれるかなーと思っていると、雲雀恭弥が飛び降りて私を見降ろす。
「それ、おにぎり?」
「ぅん? うん。今日、家庭科実習だったから」
「ふうん」
興味なさそうに呟くが、じっとおにぎりを見つめている。
これは……あげた方がいいよね?
「……一個いる?」
「どうしてもと言うなら貰うよ」
上から目線で言うけれど、行動は速かった。
おにぎりを取った雲雀恭弥は警戒心もなく、具まで食べ進めると動きを止める。
「……この具は……」
「ささみの梅肉和えだけど、苦手だった?」
「いや。……悪くないね」
……素直な感想が返ってきた。しかも、悪くないと言いつつ食べることに集中しているし……気に入ってくれたのかな?
「ありがとう」
なんだか得した気分だ。
私もおにぎりと食べると、本当においしい。濃すぎないさっぱりとした具のおかげで、暑くても食欲が湧く。
「……ごちそうさま」
「ん。お粗末様」
食べ終わった雲雀恭弥は一言残して屋内へ戻っていった。
今日は思っていたより嬉しいことが続いた。この調子で夏休みも楽しめたらいいなぁ。
そんなことを、何気なく願った。
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