▼ 夏休みのハプニング
夏休みに入って、一気に夏休みの課題を終わらせた。
先に読書感想文や自由研究を終わらせたおかげで、他はあっという間だった。
七月の終わり頃で一気に暇になった。こうなるくらいなら、宿題は少し残しておくべきだったかもしれない。
でもまぁ、のんびりできるから別にいいか。
「どうしようかなぁ……」
やることがない。
小説の執筆を進めようと思っていたのに、創作意欲が湧かない。
紗綺はおじいちゃんの研究室で何やら作っているし、兄さんは帰ってきたけど勉強漬けだし、道場はもうやめたし。
「散歩……かなぁ」
なんとなく散歩に行こうと思った。
何もしないまま冷房の効いた部屋にいすぎたら体に良くないし。
よし、と気合を入れると、鏡の前で髪を整える。今は夏休みだからウィッグはつけず、シルバーのバレッタでハーフアップに留める。
このバレッタ、実は桜の透かし模様が施されている。小学生の頃、海外の依頼を消化しに行った両親が、一度帰国した時にくれたお気に入りの髪留めなのだ。
手軽な鞄に汗拭きシートなどが入っていることを確認して……
「兄さん、散歩行ってくるね」
部屋の外から兄に声をかけて、出発した。
日傘を差して、とりあえず公園に向かってみた。
近所にある公園は住宅街の中にしては大きく、ブランコ、滑り台、鉄棒、砂場、シーソー、ジャングルジム、回転するジャングルジム、半球状の遊具まで幅広くある。
私はその中で座れる場所……ブランコに乗って、少しぼんやりした。
「――」
不意に、前世で作ったメロディーと歌詞を思い出した。
転生しても憶えているこの歌は、今生の幼い頃から口ずさんでいる。
韻を踏んで歌うと、心が軽くなっていく感じがした。
「ガハハハ! ツナ早く〜!」
「おい待てよ、ランボ」
……ん? 最近よく聞く名前が聞こえたような……?
顔を向けると、沢田綱吉と男の子がいた。
4・5歳ぐらいの牛柄のタイツを着た男の子は、おそらく主要人物のランボ。
うわぁ、ついてないかも。
「えっ……時和さん?」
公園に入った沢田綱吉が私を見ると驚く。
何で私だと判ったの? ……あ、眼鏡外したとこ見られたんだった。
「こんにちは。子守り?」
「は、はは……母さんに頼まれて……」
子供の遊び相手をしないといけないなんて大変だなぁ。
私は大人しい子供なら好きだけど、うるさくて我儘な子は苦手だ。
「それより……その髪、どうしたの?」
「……ああ。地毛だよ。学校ではウィッグで隠しているの」
素顔は見せたけど、地毛は見せてなかった。それでも気づけるなんて、すごいかも。
ふと、男の子が私のところに近づいてきた。
「ツナのともだちー?」
「クラスメイトだよ。時和天音。あなたは?」
「オレっち、ランボさん!」
元気良く名乗ったランボは、意外とかわいい。みんなにうざい≠ニ言われているけど、あんまりそんな感じがしない。初対面だからかな?
頬を緩めて、もじゃもじゃとした頭を撫でる。するとランボは目を輝かせて、私の足に引っ付いた。
「天音ー、あそべー!」
強請ったランボに、今度は沢田綱吉が慌てる。
「こ、こらランボ! 時和さんごめん!」
「いや、いいよ。ランボ、遊んでもいいけど、言葉遣いはしっかりしないとダメだよ。遊んでもらいたかったら、何て言えばいいのかな?」
「あそんで……ください?」
「そう。いい子にはご褒美」
鞄の中に入れているフルーツのど飴の中で、葡萄味を取り出して渡す。
すると、ランボは目を輝かせた。
「ブドウ! ありがとー!」
「うん、どういたしまして」
よかった、ちゃんとお礼が言えるいい子で。
私も笑顔で返して沢田綱吉をチラッと見れば、彼はすごく驚いていた。
「時和さん、ランボ平気なんだ……」
「ちゃんといい子にしている子供は好きだよ。ランボ、何して遊ぶ?」
「んーとねぇ、ブランコ! のせてー」
「いいよ。しっかり掴まってね」
ランボを膝に乗せて、座ったまま軽く漕ぐ。
少しずつ揺れの幅が大きくなって、ランボが楽しそうに笑う。
「風きもちーもんね! あっ、あのぐるぐるするのに行きたい!」
「いいよ」
ブランコの揺れに合わせて降りると、軽く飛ぶ。地面に足をつければ、少しスライディング。
キャッキャッと楽しそうに笑うランボは「すごーい!」とはしゃぐ。
続いて回転ジャングルジムにランボを乗せて、ゆっくり回してあげた。
「もっと早くー!」
「落ちないように気をつけてねー。それっ」
少し強めに回転させると、ランボはすごく楽しそうに笑う。
子供を相手にするのは道場の時ぐらいだったから難しいと思ったけど、案外そうでもなかった。
「時和さんって子供の扱いが上手いんだ」
ランボから目を離すと、沢田綱吉が驚いた様子で言った。
「そうでもないよ。礼儀のなっていない子は苦手だから」
「いや、オレでも扱いが難しいランボと簡単に遊んでるし……すごいよ」
素直に言う沢田綱吉は尊敬の目をしていた。
少し照れ臭くてはにかむと、彼は頬を赤く染めた。
「天音ー! 今度はシーソーがいい!」
「あ、うん」
回転ジャングルジムから降りたランボは、シーソーの片方に座る。
私は座らないで、シーソーの端を持って上下に動かしてあげた。
「ガハハ! ぐぴゃっ!?」
「あっ」
数回ほど上下に動かしていると、ランボが落下した。ちょうどランボが座っているシーソーが落ちた時、その反動でバランスを崩したみたい。
「大丈夫!?」
「ガ・マ……うわぁああんっ」
あちゃー、泣いちゃった。怪我はなさそうだけど、ちょっと砂で汚れちゃった。
抱き上げて砂埃を払ってあげる――と、目の前に何かが映った。
それは大砲の発射口のようなもので、こっちに向いている。
ま、まさか……!
――ドガァン
ランボが引っ掛けている紐を引っ張った瞬間、私は筒から出てきたもの――10年バズーカから発射された弾丸に被弾した。
軽い衝撃の後、ふわりと浮いて、ぐんっと引っ張られる。
ギュッと目を閉じて我慢すると……。
「……天音?」
心地良いテノールの声が聞こえて、そっと瞼を開ける。
目の前にいたのは、かっこいい美青年だった。
ソファーに座っているけど、すらりとした足の長さもわかるし、座高も私より高い。
でも、よく見ると誰だかわかった。
ツンツンした栗色の髪に、引き締まった目は琥珀色。大人びているけど、目を丸くして驚いている表情は、ほんの少し実年齢より若く見せた。
「沢田……くん……?」
10年後の沢田綱吉が、目の前にいた。
ぽかんとしてしまう私の声で、沢田綱吉は我に返った。
「ああ……10年前の天音か」
「……え?」
無意識に小首を傾げる。だって、名前呼びだったから。
何で?と首を傾げてしまうと、沢田綱吉はクスッと笑った。
「ここは天音のいる時代の10年後の未来だよ」
「未来……って、何で名前呼び?」
思い切って訊ねると、沢田綱吉は笑みを深めて私の手を掴んで引き寄せる。
突然のことに「わっ」と驚く私に、沢田綱吉が私の耳元に口を寄せた。
「天音」
そして、名前を囁いた。
妙に色っぽい声に背筋が震え、カッと顔が熱くなる。
ちょっ、なにこの体勢!? なんなの、この状況!?
「名前で呼んでよ」
「え、な、何で……」
脈絡のない頼みに戸惑ってしまう。
すると、沢田綱吉は少し目を細めて微笑んだ。
その、やけに色っぽい顔はやめてほしい。
「呼ばなかったら――」
困惑している私に顔を近づけたと思ったら、首筋に柔らかなものが当たった。
くすぐったくて体が震える。
「んっ……!?」
次の瞬間、軽い痛みが走った。小さな音が耳に届いて、何をされたのか理解する。
何でキスマークつけてんのこの人!!?
「ゃっ、やだっ……!」
「じゃあ、呼んで」
「んぅっ」
名前で呼ばないだけでこれっておかしくない!?
耳元で甘く囁かれて肩が跳ねて強張る。心臓がドキドキとうるさく高鳴って痛い。
ていうか私……変な声出すな!
「え、と……つな、よし……?」
少し離れた彼を見つめたまま確かめるように首を傾げると、沢田綱吉は嬉しそうに笑って私を抱きしめた。
いやだから何で!?
「ははっ、この頃からかわいかったんだ」
「かっ!? かわいくない!」
「恥ずかしがってるトコもかわいいよ」
心の中で、うにゃー!と悲鳴を上げる。だって、いちいち艶のある声で囁かれたら……誰だって叫びだくなるでしょう?
体が反応して震えるたびに沢田綱吉はクスクスと笑って、私の髪を梳るように撫でる。
ふと、気づく。沢田綱吉の服装は白いシャツに、スラックスとベスト。ソファーの背凭れには黒い背広を掛けていた。
「沢田君って……」
「綱吉」
「……綱吉って、何の仕事してるの?」
訊ねると、綱吉は笑うことをやめる。
「……何だと思う?」
「え? えっと……ホスト?」
「ぶっ、あはは! 違うよ」
「えー。なんか女慣れしてるっぽいし、かっこよくなってるから、そうかなーって思ったのに」
本当に一瞬だけ、そう思った。だって子供の私にこんなことをするんだから。
綱吉はクスクスと笑って「この時から天然タラシだったんだ」と言う。
「天音は今、中1だね」
「うん」
「そっか……」
感慨深げに相槌を打つ綱吉。
切なそうな彼に首を傾げると、綱吉は私の額に唇を寄せる。
だから何でいちいちキスするの!? 恥ずかしくないの!?
「顔、林檎みたいだ」
「なっ、だっ、誰のせいだと……!」
「うん、オレだね。オレ以外の前で、そんな顔するなよ?」
……だから何で?
意味不明すぎて頭がパンクしそうだ。
「ふ、ふしだら! 綱吉って、誰にでもこんなことしてるの!?」
混乱気味に疑問をぶつけると、綱吉は目を据わらせて妖しく笑う。
あ、なんかやばい。
「心外だなぁ。オレは天音以外にこんなことしないよ?」
「私だけって……どういうこと?」
沢田綱吉には笹川京子がいる。
なのにその言い方は、まるで……。
困惑しながら訊ねても、綱吉は意味深に微笑むばかり。
「そろそろ時間だ。天音、そっちのオレをよろしくな?」
最後に頬にキスを落とした綱吉。
顔を真っ赤にする私にクスリと笑った次の瞬間、景色が一変した。
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