▼ 現在と未来の君
――ドガァン
や……やっちまったー!
まさかランボが一般人の時和さんの前で10年バズーカを出して、時和さんに撃つなんて……思うわけ無いだろ!?
オレは頭を抱えたが、それより時和さんが心配になった。
同時に興味が湧いた。10年後の時和さんはどんな女性になっているのかなって。
普段は眼鏡で顔を隠しているけど、実はすっげー美人。凛としているけど優しそうな目は、青と灰色の中間っぽい色で、ガラス玉のように綺麗だ。
しかも、さくらんぼ色の唇から出る澄んだ声は、春の木漏れ日のような柔らかな温もりがある。
それに今日初めて知った。時和さんの本当の髪は、ベージュに近い薄い茶色だと。見ただけでもサラツヤっぽくて、さっきもつい手を伸ばしかけた。
今までカツラ……ウィッグ?で隠していたのだと知り、驚いた。
きっと10年後はもっと綺麗になっている。そう思って煙をよく見ると……。
「……え? ここ、どこ?」
煙が晴れて現れた女性――時和天音時和天音は、きょとんと辺りを見渡す。
お嬢様っぽい髪型に整えた艶やかな薄茶色の髪は、滑らかな絹みたいだ。
肌は剥きたての卵のような滑らかな色白で、ふっくらした唇と小振りの鼻も綺麗。
体型は華奢だけど胸は大きくて、白と淡い青を組み合わせた服の上からでもわかる。フレアスカートから覗く足は細い。
テレビに出てくるアイドルや女優以上の大人の色香があって、心臓が痛いほど高鳴る。
辺りを見回していた10年後の時和さんが、オレの存在に気づく。
そして、綺麗な目を大きく丸めて――
「……かっ」
か?
「かわいいーっ!」
「えっ! えぇえええっ!!?」
いきなり抱きついてきた。
突然のことに混乱した。なんとか落ち着こうとしたけど、顔に当たる柔らかなものと心地良い香りを感じて、余計に頭がパンクしそうだ。
「この頃の綱吉ってかわいい! こっちの綱吉とは大違い!」
「へっ!? つーか名前呼び!?」
大人時和さんがあだ名じゃない、ちゃんとした名前で呼んだ。心臓に悪くて、顔が熱くなっていく。
そもそもオレ、こんな美女に免疫がないんだけど……。
混乱していると、クスクスと鈴を転がしたような声音で彼女は笑う。
「そういえばこの頃の私って、いろんな人と距離を置いてたっけ」
「きょ、距離?」
「うん。色々と問題を抱えていたから」
そう言った大人時和さんは切なげに微笑んだ。
翳りのある寂しそうな笑顔に、心が締め付けられて痛くなった。
「あの……時和さん」
「天音でいいよ。呼ばないと放さないから」
「えぇえ!?」
楽しそうに言う大人時和さんに眩暈を覚える。
どうしてこんなに気安いんだ? 本人の言うとおり、時和さんは誰とも馴れ合おうとしないのに。
「天音、さん?」
「天音」
「……天音」
ドキドキしながら呼ぶと、天音はふわりと笑って離れた。
ほっとしたけど、なぜだか少し寂しくなった。
「10年前だから……中1かぁ。学校は楽しい?」
「……大変だよ。でも、獄寺君と山本と尋君がいるから」
いろんな人からバカにされても頑張れる。そう言えば、天音は柔らかく微笑む。
その女性的な笑顔に、ドキッと心臓がうるさく脈打つ。
「やっぱり綱吉は優しいね」
こっち≠フ時和さんが言ったのと、同じ言葉。
だけど、なんだか違う響きを感じた。
「いくらつらくても頑張って学校に行ってる。友達に支えられてると言っても、心が痛い時だってある。挫けて苦しい時もある。それでも頑張ってる。その強さは尊敬できるよ」
天音は、今のオレを理解していた。
……違う。この口振りだと、今と変わらないのかもしれない。
今まで理解してくれる人なんていなかった。母さんでさえ、ダメ息子って言うほど。
けど、時和さんはオレの心を理解していた。つらくて苦しい気持ちも、すべて。
無性に泣きたくなって目の奥が熱くなって、涙をこぼさないように力を込める。
「泣きたい時は泣いて。涙は心の薬だから、我慢しちゃダメ。痛いなら痛いって言わないと伝わらないから」
だけど、頭を撫でる優しい手のひらの温もりに、傷ついた心が癒されていく。
つらかった。苦しかった。その気持ちを理解してくれた。
それがとても嬉しくて、涙が流れた。
天音は嫌がらずに優しく微笑んで、濡れた頬に手を添えた。
そして――オレの額に唇を当てた。
「つらい時は支えてあげる。だから、こっちの私をよろしくね?」
――ボフン
優しい温もりが消える。切なくなって余計に涙が止まらなくなると、時和さんが帰ってきた。
時和さんは顔を真っ赤にしていた。
けど、すぐに驚き顔に変わる。
「沢田、くん……? え、何で泣いて……」
「……! ち、違うんだ! 泣いてなんか……!」
慌てて腕で涙を拭うけど、まったく止まる気配がしない。
情けないとこ、見られたくないのに……。
混乱してくると、時和さんはブランコに置いている鞄を取ってきて、中からハンカチを出してオレに差し出した。
「何があったのか知らないけど、泣きたい時は泣いた方がいいよ」
10年後の時和さんと同じ言葉に目を見開く。
「沢田君は我慢しすぎ。いつも学校で貶されてるのに、周りに当たらない。当たると楽になるけど、それで誰かを傷つけないようにしている。それって立派だけど、溜め込みすぎると心が傷つく。私はそれで心を壊す沢田君を見たくない」
はっきり言った時和さんは、オレの手にハンカチを握らせる。
「だから、つらい時はちゃんと泣いて。今は傍にいてあげるから」
この頃から、時和さんはオレを理解していた。無関心を装っているけど、ちゃんと人を見ている。
だから山本の時も苦しそうに泣いていた。今もこうしてオレを受け止めてくれる。
それがとても心地良くて、涙が溢れては止めどなく流れて、頬を濡らした。
時和さんのハンカチを顔に当てると、柔らかな手のひらが頭を撫でてきた。
大人時和さんと同じ、優しい手つきで。
「……ありが、と……」
掠れた声で、心からの感謝の気持ちを伝えた。
◇ ◆ ◇ ◆ 私は……酷い奴だ。
沢田綱吉達をただの登場人物として見て、厄介だから関わりたくないって思っていた。
でも、彼らはちゃんと生きて、存在している。
私にとって前世が現実世界だった。けど、この世界も現実なんだ。
物語の中で彼らを傍観していたから実感が湧かなかったけれど、沢田綱吉の涙を見て思い改めた。
前世から何となく思っていたことを告げた言葉で、嬉し涙を流したから。
本当は苦しかったんだ。それを理解して、自覚した。
――あぁ、私は彼らの存在≠受け入れていなかったんだ。
「……あの、ありがと」
「もう大丈夫?」
小さく頷いた沢田綱吉――ううん。沢田君に安堵して、頭から手を離す。すると、沢田君は寂しそうな顔をした。
……小動物みたい。
なんだかそう思えて、自然と柔らかな微笑が浮かぶ。
すると、沢田君の頬が赤く染まった。
「あ、の……ハ、ハンカチ! 洗って返すから!」
「え? 別にいいよ。うちでも洗えるし」
「オレのせいで汚れたしっ!」
「ハンカチは汚れるものだよ?」
しどろもどろな彼の反応に笑ってしまうと、沢田君が顔を真っ赤にする。
……あれ? この反応は……いや、そんなわけないよね。彼はヒロインの笹川京子に夢中なんだから。
「ちゃんと洗って返すから! 夏休み明けに!」
「……まぁ、忘れてなかったらそれでいいけど。……あ」
ここで、大事なことを思い出す。
「あれ? ランボは?」
「……ああ!!」
ハッとした沢田君も思い出して辺りを見渡す。
10年後に転移する前にいた場所……シーソーを見れば、地面に寝転んでいた。泣き疲れて眠ってるみたい。
駆け寄って砂埃を払い、抱き上げて沢田君に渡す。
「はい」
「ご、ごめん。じ……じゃあ、また学校で!」
沢田君は挨拶すると、走って公園から出て行った。
風のような、あっという間の速さ。少し、びっくりした。
「……気のせいだといいんだけど」
なんだか胸騒ぎがするけど……杞憂だといいな。
その考えが甘いということに、この時の私は気づこうとしなかった。