現在と未来の君

 ――ドガァン


 や……やっちまったー!
 まさかランボが一般人の時和さんの前で10年バズーカを出して、時和さんに撃つなんて……思うわけ無いだろ!?

 オレは頭を抱えたが、それより時和さんが心配になった。
 同時に興味が湧いた。10年後の時和さんはどんな女性になっているのかなって。

 普段は眼鏡で顔を隠しているけど、実はすっげー美人。凛としているけど優しそうな目は、青と灰色の中間っぽい色で、ガラス玉のように綺麗だ。
 しかも、さくらんぼ色の唇から出る澄んだ声は、春の木漏れ日のような柔らかな温もりがある。

 それに今日初めて知った。時和さんの本当の髪は、ベージュに近い薄い茶色だと。見ただけでもサラツヤっぽくて、さっきもつい手を伸ばしかけた。
 今までカツラ……ウィッグ?で隠していたのだと知り、驚いた。

 きっと10年後はもっと綺麗になっている。そう思って煙をよく見ると……。

「……え? ここ、どこ?」

 煙が晴れて現れた女性――時和天音時和天音は、きょとんと辺りを見渡す。

 お嬢様っぽい髪型に整えた艶やかな薄茶色の髪は、滑らかな絹みたいだ。
 肌は剥きたての卵のような滑らかな色白で、ふっくらした唇と小振りの鼻も綺麗。
 体型は華奢だけど胸は大きくて、白と淡い青を組み合わせた服の上からでもわかる。フレアスカートから覗く足は細い。
 テレビに出てくるアイドルや女優以上の大人の色香があって、心臓が痛いほど高鳴る。

 辺りを見回していた10年後の時和さんが、オレの存在に気づく。
 そして、綺麗な目を大きく丸めて――

「……かっ」

 か?

「かわいいーっ!」
「えっ! えぇえええっ!!?」

 いきなり抱きついてきた。
 突然のことに混乱した。なんとか落ち着こうとしたけど、顔に当たる柔らかなものと心地良い香りを感じて、余計に頭がパンクしそうだ。

「この頃の綱吉ってかわいい! こっちの綱吉とは大違い!」
「へっ!? つーか名前呼び!?」

 大人時和さんがあだ名じゃない、ちゃんとした名前で呼んだ。心臓に悪くて、顔が熱くなっていく。
 そもそもオレ、こんな美女に免疫めんえきがないんだけど……。

 混乱していると、クスクスと鈴を転がしたような声音で彼女は笑う。

「そういえばこの頃の私って、いろんな人と距離を置いてたっけ」
「きょ、距離?」
「うん。色々と問題を抱えていたから」

 そう言った大人時和さんは切なげに微笑んだ。
 かげりのある寂しそうな笑顔に、心が締め付けられて痛くなった。

「あの……時和さん」
「天音でいいよ。呼ばないと放さないから」
「えぇえ!?」

 楽しそうに言う大人時和さんに眩暈を覚える。
 どうしてこんなに気安いんだ? 本人の言うとおり、時和さんは誰とも馴れ合おうとしないのに。

「天音、さん?」
「天音」
「……天音」

 ドキドキしながら呼ぶと、天音はふわりと笑って離れた。
 ほっとしたけど、なぜだか少し寂しくなった。

「10年前だから……中1かぁ。学校は楽しい?」
「……大変だよ。でも、獄寺君と山本と尋君がいるから」

 いろんな人からバカにされても頑張れる。そう言えば、天音は柔らかく微笑む。
 その女性的な笑顔に、ドキッと心臓がうるさく脈打つ。

「やっぱり綱吉は優しいね」

こっち≠フ時和さんが言ったのと、同じ言葉。
 だけど、なんだか違う響きを感じた。

「いくらつらくても頑張って学校に行ってる。友達に支えられてると言っても、心が痛い時だってある。くじけて苦しい時もある。それでも頑張ってる。その強さは尊敬できるよ」

 天音は、今のオレを理解していた。
 ……違う。この口振りだと、今と変わらないのかもしれない。

 今まで理解してくれる人なんていなかった。母さんでさえ、ダメ息子って言うほど。
 けど、時和さんはオレの心を理解していた。つらくて苦しい気持ちも、すべて。

 無性に泣きたくなって目の奥が熱くなって、涙をこぼさないように力を込める。

「泣きたい時は泣いて。涙は心の薬だから、我慢しちゃダメ。痛いなら痛いって言わないと伝わらないから」

 だけど、頭を撫でる優しい手のひらの温もりに、傷ついた心が癒されていく。
 つらかった。苦しかった。その気持ちを理解してくれた。
 それがとても嬉しくて、涙が流れた。

 天音は嫌がらずに優しく微笑んで、濡れた頬に手を添えた。
 そして――オレの額に唇を当てた。

「つらい時は支えてあげる。だから、こっちの私をよろしくね?」


 ――ボフン


 優しい温もりが消える。切なくなって余計に涙が止まらなくなると、時和さんが帰ってきた。

 時和さんは顔を真っ赤にしていた。
 けど、すぐに驚き顔に変わる。

「沢田、くん……? え、何で泣いて……」
「……! ち、違うんだ! 泣いてなんか……!」

 慌てて腕で涙を拭うけど、まったく止まる気配がしない。
 情けないとこ、見られたくないのに……。

 混乱してくると、時和さんはブランコに置いている鞄を取ってきて、中からハンカチを出してオレに差し出した。

「何があったのか知らないけど、泣きたい時は泣いた方がいいよ」

 10年後の時和さんと同じ言葉に目を見開く。

「沢田君は我慢しすぎ。いつも学校でけなされてるのに、周りに当たらない。当たると楽になるけど、それで誰かを傷つけないようにしている。それって立派だけど、溜め込みすぎると心が傷つく。私はそれで心を壊す沢田君を見たくない」

 はっきり言った時和さんは、オレの手にハンカチを握らせる。

「だから、つらい時はちゃんと泣いて。今は傍にいてあげるから」

 この頃から、時和さんはオレを理解していた。無関心を装っているけど、ちゃんと人を見ている。
 だから山本の時も苦しそうに泣いていた。今もこうしてオレを受け止めてくれる。

 それがとても心地良くて、涙が溢れては止めどなく流れて、頬を濡らした。

 時和さんのハンカチを顔に当てると、柔らかな手のひらが頭を撫でてきた。
 大人時和さんと同じ、優しい手つきで。

「……ありが、と……」

 掠れた声で、心からの感謝の気持ちを伝えた。



◇  ◆  ◇  ◆



 私は……酷い奴だ。
 沢田綱吉達をただの登場人物として見て、厄介だから関わりたくないって思っていた。

 でも、彼らはちゃんと生きて、存在している。
 私にとって前世が現実世界だった。けど、この世界も現実なんだ。

 物語の中で彼らを傍観していたから実感が湧かなかったけれど、沢田綱吉の涙を見て思い改めた。
 前世から何となく思っていたことを告げた言葉で、嬉し涙を流したから。

 本当は苦しかったんだ。それを理解して、自覚した。


 ――あぁ、私は彼らの存在≠受け入れていなかったんだ。


「……あの、ありがと」
「もう大丈夫?」

 小さく頷いた沢田綱吉――ううん。沢田君に安堵して、頭から手を離す。すると、沢田君は寂しそうな顔をした。

 ……小動物みたい。
 なんだかそう思えて、自然と柔らかな微笑が浮かぶ。
 すると、沢田君の頬が赤く染まった。

「あ、の……ハ、ハンカチ! 洗って返すから!」
「え? 別にいいよ。うちでも洗えるし」
「オレのせいで汚れたしっ!」
「ハンカチは汚れるものだよ?」

 しどろもどろな彼の反応に笑ってしまうと、沢田君が顔を真っ赤にする。

 ……あれ? この反応は……いや、そんなわけないよね。彼はヒロインの笹川京子に夢中なんだから。

「ちゃんと洗って返すから! 夏休み明けに!」
「……まぁ、忘れてなかったらそれでいいけど。……あ」

 ここで、大事なことを思い出す。

「あれ? ランボは?」
「……ああ!!」

 ハッとした沢田君も思い出して辺りを見渡す。
 10年後に転移する前にいた場所……シーソーを見れば、地面に寝転んでいた。泣き疲れて眠ってるみたい。

 駆け寄って砂埃を払い、抱き上げて沢田君に渡す。

「はい」
「ご、ごめん。じ……じゃあ、また学校で!」

 沢田君は挨拶すると、走って公園から出て行った。
 風のような、あっという間の速さ。少し、びっくりした。

「……気のせいだといいんだけど」

 なんだか胸騒ぎがするけど……杞憂だといいな。


 その考えが甘いということに、この時の私は気づこうとしなかった。


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