▼ 祭囃子に包まれて
8月の第一日曜日。
並盛町では、並盛神社の周辺で夏祭りが執り行われる。
私は今年も浴衣で行く。だって兄妹とおじいちゃんが楽しみにしているから。
「お姉ちゃん、浴衣着よ?」
準備を整えたとき、紗綺が呼びに来た。
一階の畳の間で、まずは紗綺を着付ける。
紗綺の浴衣は、淡い水色の布地に、青や紫色の朝顔、水面に生じる波紋のような模様、赤と橙色の金魚の絵柄。帯はピンクと黄色で、蝶結びが二つあるように締める。
「わあー! すごいっ、かわいいっ!」
「マリーゴールド結びっていうの」
とても喜んでくれた。調べた甲斐があってよかった。
続いて私の着付けに入る。
浴衣は黒地に、桃色がかかった白い芍薬や明るい紫色の芍薬と、薄紅色の桜が散りばめられた絵柄。帯は紅色で、水面に浮かぶ波紋、そして桜が一つ一つ丁寧に施されている。
高価に見えるけれど、実はお母さんのお下がり。私はお母さんに近い顔立ちだから、おじいちゃんの希望で貰ったのだ。
「その結び方もオシャレ……!」
「しだれ桜結びだよ」
桜をあしらった帯を最大限に生かすため、ふんわりした四角形の結び方――しだれ桜結びに整える。
桜の絵柄に合わせたのだ。来年は違う浴衣で、一番好きな形に結ぶつもり。
「髪型はどうする?」
「んー。お姉ちゃんにお任せするー」
「じゃあ、くるりんぱ≠フアレンジにしようかな」
まずは紗綺から髪型を整える。
薄茶色の髪の両サイドの少量を三つ編みにする。続いて後ろを中段でポニーテールにくくり、少し崩す。
三つ編みを一つ結びの下に持ってきて、それぞれのゴムを外して一つにまとめる。そして内側にくるりんぱ≠ニ髪の毛をねじ込んで、さらに毛先を同じようにねじ込む。
最後に金魚とトンボ玉などがついた、豪奢な髪飾りを挿して……。
「はい、ギブソンタックのヘアアレンジの完成」
「すごーい! こんなに可愛くできるなんて……! ありがとう!」
「どういたしまして」
瞳を輝かせて大はしゃぎする紗綺に、私は笑顔を返す。
「お姉ちゃんはどうするの?」
「んー……サイドアップでお団子、かなぁ? 髪が長いと難しいんだよね」
鏡の前に座り、左側でお団子を作る。根元で作った三つ編みをくるりと巻き、シニヨンっぽく整える。
それでも残っているから、ヘアアイロンで柔らかな癖をつけた。
最後に大振りの桜と玉飾りがついた髪飾りを挿して、完成。
「うわあ、すごーい! お姉ちゃん、上手だね」
「ちょっと難しかったけど……変なところない?」
「全然。めちゃくちゃ綺麗!」
歓声を上げる紗綺の褒め言葉に嬉しくなって、私もはにかんだ。
「ありがとう。じゃあ、行こう」
「うん!」
箱型の巾着を持ってリビングに行くと、いつもの着物姿のおじいちゃんと、シンプルながらクールな開襟シャツとジーンズを着こなす兄がいた。
「兄さん、おじいちゃん、お待たせ」
時和家の長男、理音。
襟足が長い黒髪に、切れ長で怜悧な青灰色の瞳が特徴。
キリッと引き締まった顔立ちに、やや高い鼻と薄すぎない唇。体型はスリムで身長も180センチ以上。それに見合う長い手足。
絶世がつくほど整った顔立ちは、まさに眉目秀麗。
優しく穏やかな性格だけど、敵には無慈悲で容赦ない、という人だ。
「少し遅かった、な……」
「ごめんなさい。でも、紗綺もかわいくできたよ」
笑顔で言えば、兄さんは固まった。そして顔に手を当てて、深く息を吐き出す。
「……理音、くれぐれも」
「言われなくとも」
真顔のおじいちゃんと何か通じた兄さんは強く頷く。
「大丈夫だよ。ちゃんと(発信機で)対策しているから」
そこに紗綺が加わる。
え、私だけわからないなんて……何この疎外感。
「何の話?」
「それよりほら、写真を撮るぞ」
おじいちゃんに促されて外に出て、一人ずつと三人揃った写真を撮った。
「よし。行ってきなさい」
「「いってきまーす!」」
紗綺と一緒に元気よく挨拶して、兄妹と歩き出す。
いざ行かん! 並盛神社!
◇ ◆ ◇ ◆ 赤い鼻緒を通した黒い下駄を踏み鳴らしながら歩いていると祭囃子が聞こえた。
逸る気持ちを抑えて、あちらこちらで屋台が立ち並ぶ道に踏み込む。
入口では、綿あめ、人形焼きの屋台があって、奥に行くほど、鯛焼き、たこ焼き、焼きそばの屋台が構えられている。
「兄さん、クレープ買ってきていい?」
「ああ。紗綺は?」
「私は苺飴がいいな」
許可を貰い、私はクレープの屋台に近づく。
「すみませーん。フルーツ盛沢山のクレープをください」
「……あ、ああ」
屋台を営むお兄さんがぎこちなく頷くと、あらかじめ焼いてあった生地にフルーツと生クリームを盛り付けてくれた。そんなに盛って大丈夫なのか、というくらい豪華。
千円札を渡して、お釣りとクレープを貰った。
「ありがとうございます! ……ん、おいしー」
そのまま兄妹と屋台を巡り、紗綺のためにフルーツ飴の屋台で苺飴を買い、水風船のヨーヨー釣りで紗綺と勝負。
「お、お嬢ちゃん。そんなに取ったら困るって……」
「あ、すみません。じゃあ、この一個だけでいいです」
なかなか紙でできた糸が切れなくて五個まで取り、青と白のコントラストが綺麗な水風船だけを貰った。
「お姉ちゃん強すぎっ。私、二個目で終わっちゃった」
「よし。一息ついたら、次は俺と射的で勝負だ」
兄さんに言われて、近くの屋台でフルーツの炭酸割りのジュースを買う。
飲み終わると、今度は射的に行って、兄さんと勝負。
「すっげー。全部当たってる」
不意に、聞き覚えのある声が聞こえて顔を向ける。
……山本武だ。他にも男友達がいるけど、みんな顔が赤い。
うん。ここは無視。
そして、私は欲しい景品を全部取った。
対する兄さんは……。
「ま、負けた……」
特定の商品を撃ち落とした結果、大きなぬいぐるみまで獲得した。
私は五個。兄さんは六個だ。
「さて、このアザラシのぬいぐるみだが……」
「お姉ちゃんにあげよう? ちょうどいい抱き枕になると思う」
きっと紗綺に渡すのだと思っていたぬいぐるみは、私に贈られることになった。
ふと、次の屋台へ行く前に、射的の屋台に小さな子供がいることに気づく。
あ、リボーンだ。
「ありっこねーーっ!!」
「とっととつめろよ」
一発で複数の景品を撃ち落とした。
さすが最強のヒットマン。思わず「えぇー」と引いてしまった。
いや、すごいと思うよ? でも、普通ではありえないことを平然とやってのけるなんて現実味が感じられなくて……。
関わらないようにしないと。目を付けられるのはごめんだ。
「……あれ?」
歩き出そうとした時、兄さんと紗綺がいなかった。
もしかしてはぐれちゃった……? あははー……笑えない。
「5万」
「そ、そんなに払えませんよ!」
「払わないなら、屋台潰すよ」
「ひいぃぃっ」
その時、物騒な集金を行っている学ラン姿の少年がいた。
周囲に夏服姿の風紀委員がいるけど……あれ、雲雀恭弥だよね?
「うわぁ、過激……」
苦笑いを浮かべていると、誰かに肩を叩かれた。
驚いて振り向くと、チャラチャラした格好の男が二人。
「君、一人? オニーサンと一緒に回らない?」
「つーか、かわいーね。モデル?」
……どうしよう。気持ち悪いのに捕まった。
「君達、なに群れているんだい」
「あ? ……なんだお前。邪魔すんな」
ナンパ男が雲雀さんにガンを飛ばす。
反抗的な態度のせいで、一瞬でトンファーの餌食になった。
「うわあ、お見事」
思わず拍手を贈ってしまうと、私を見た雲雀さんが目を瞠る。
「君、時和天音?」
「……名前、知ってたんだ。助けてくれてありがとう」
笑顔でお礼を言うと、雲雀さんはそっぽを向いた。
「……友達は?」
「え? いないけど」
「一人ってこと?」
「ううん。兄妹と一緒」
それがどうしたんだろう?
不思議に思っていると、雲雀さんは眉を寄せた。
「はぐれたのかい」
「うっ」
言い当てられてグサッときた。
どうしよう、二人を探しに行けない……。
「委員長! 集金、終わりました!」
風紀委員副委員長の草壁哲矢が雲雀さんに声をかけた。
今がチャンス!
雲雀さんが振り向き、その隙を衝いて、こっそり立ち去った。
あの後、人形焼き、鯛焼き、ジュースを買って、神社の境内へ向かう。
そこの草陰が隠れスポットで、花火がより綺麗に見えるのだ。二人もきっとそこにいるはず。
「えっ、時和さん?」
不意に上から声をかけられて、石段の上を見る。
神社の入口に、沢田綱吉がいた。
……なんだか、学校の知り合いによく遭遇するなぁ。
「あ、沢田君。こんばんは。ここで花火を?」
「う、うん。そうだけど……」
もうすぐ7時。薄暗い中でも屋台の明かりで、彼の顔が赤く見える。
……気のせいだよね。私なんかを見て緊張するなんてありえないし。
階段を上り切って周囲を見渡す。
うーん、いないなぁ。
「時和さん」
「なぁに?」
沢田君を見れば、彼は引き結んだ口を開いた。
「その……綺麗だね」
「え? あ、うん。この浴衣、おじいちゃんから貰ったの」
浴衣だと思って笑顔で言えば、キッと強い目を向けた。
「違う! 時和さんが綺麗なんだ!」
「……え?」
こんなに直球に言う子だったっけ?
なんだかじわじわと顔が熱くなっていき、恥ずかしさを隠すためにはにかむ。
「ありがとう」
お礼を言った直後、ドンッと音が聞こえた。
瞬間、目映い光が空から降り注ぐ。
顔を上げれば、大輪の花火が夜空に咲き誇っていた。
見とれてしまい……気づかなかった。
沢田君が、赤い顔で私を見つめていたなんて。
「天音!」
その時だった。兄さんの声が聞こえたのは。
下を見れば、妹を抱えて階段を駆け上る兄が見えた。
「あっ、兄さん! 紗綺! ごめんなさい、はぐれちゃって……」
「……いや。無事でよかった」
肩で息をした兄さんに謝れば、叱らず安心された。
罪悪感を覚えると、兄さんは隣にいる沢田君に気づく。
「天音、そいつは?」
「あ、うん。学校のクラスメイト」
答えると、兄さんはやや目を据わらせる。そして、紗綺を
一瞥。
「グレーだよ」
「……そうか」
……何の話だろう。
疑問符を浮かべていると、紗綺が私の手を取る。
「お姉ちゃん、行こ!」
「あ、うん。沢田君、また学校で」
「う、うん。また……」
少し残念そうな沢田君と別れて、隠れスポットで花火を最後まで眺めた。