▼ 極限少年と勧誘拒否
9月に入り、並盛中学校も二学期を迎えた。
「うおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」
正門を通ったその時、ビュンッと追い風が吹いた。
驚いて声が通り過ぎた方を見れば、半裸の少年が校舎裏に向かっていた。
「沢田君? と……あ」
沢田君が引っ掛けていた人物――笹川了平だ。
笹川京子の一つ上の兄で、ボクシング部主将。
主要人物の一人であり、晴の守護者を担う。
そういえば二学期の初日に彼の勧誘を断って、むしろ気に入られる物語があったっけ。
「あっ、時和さん!」
後ろからかわいらしい声がかけられた。
振り返ると、笹川さんが重そうな鞄を抱えていた。
「笹川さん? 久しぶり」
「久しぶり! お兄ちゃん見なかった?」
「お兄ちゃん? って、もしかして白い短髪の?」
「うん、そう」
念のために訊ねると、笹川さんは頷く。
「それならあっちに」
「ありがとう! 行ってくるね」
指差すと、笹川さんは去っていった。
さて、私は教室にレッツゴー。
◇ ◆ ◇ ◆ 夏休みの課題を提出して、始業式を終わらせるとホームルーム。それが過ぎれば放課後だ。
「ちゃおっス」
チャイムが鳴って下駄箱に向かったとき、悪魔の声が聞こえた。
どきりと心臓が跳ねて頬が引きつったけれど、なんとか抑えて後ろへ振り向く。
誰もいないと思いきや、足元を見て目を丸くする。
黒いスーツを着た赤ん坊――リボーンだ。
「あれ? どこかで会ったような……」
「ツナの決闘の時に会っただろ」
「……あぁ。あの時の子?」
思い出した、という顔を取り
繕う。
私の演技力じゃあ誤魔化せないだろうけど、やってみないと始まらない。
「どうしてここに?」
「ツナの奴、これからボクシング部で戦うから見に来ないか?」
……まさか家庭教師様からお誘いが来るとは思わなかった。
「私なんかが行ってもいいの? 場違いとか……」
「お前、最近ツナと仲いいだろ」
「仲良くても、ちゃんとした友達ってわけじゃないし。彼の友達、ちょっと苦手だし」
行きたくないわけじゃない。けど、彼の友達に変な勘ぐりをされるのは嫌だ。
不安から言えば、リボーンは首を傾げる。
「苦手? なんでだ?」
「……えっと。山本君は一学期で命を粗末にしかけたし、獄寺君は沢田君以外の人を敵視しているし……ちょっと怖いというか……。まぁ、それだけ沢田君が大事なんだってわかるんだけど……」
苦笑いを浮かべて最後の言葉を言えば、リボーンは大きな瞳をきょとんとさせ、ニッと口角を上げた。
「んじゃ、なおさら見にこい」
行くぞ、と言ったリボーンは
踵を返す。
これは……逃げられないか。
胸中で嘆息し、気後れしながらボクシング部の部室へ向かった。
「失礼しまーす……」
恐る恐るボクシング部の部室に入ると、部員はトレーニングに集中していた。
そんな中で、部員ではない生徒が三人。
獄寺隼人、山本武、小津尋、笹川京子だ。
「あっ、時和さん! もしかしてツナ君の応援?」
私の存在にいち早く気づいた笹川さんが私に駆け寄って訊ねる。
ちょっと気まずいけど……。
「えっと……黒い男の子に来いって誘われて……」
「黒い男の子? もしかして、リボーン君?」
「知り合い?」
「ツナ君のいとこだよ」
いとこ……そういう設定だっけ? あ、ロシアンルーレットであったような……?
「おい」
思い出していると、獄寺君が剣呑な顔で声をかけてきた。
うわ、やっぱり怖い。戦闘訓練は道場で受けたけれど、人間関係での怖い人は無理。
「お前、10代目の何なんだ?」
「え? クラスメイト、だけど……」
控えめに答えると、獄寺君は目付きを鋭くした。
やっぱり敵視された。だから嫌だったのに! リボーンのバカ!
「パオーーン」
不意に、あの赤ん坊の声が聞こえた。
驚いて顔を向けると、象の被り物にボクシング用のパンツ、グローブをつけたリボーンがリングの柱に立っていた。
え、何その格好。
「おお、沢田、まってたぞ!」
その時、笹川了平は部室の扉を開いて言った。
あ、沢田君が来た。
「お前の評判を聞きつけて、タイからムエタイの長老までかけつけているぞ」
「は? タイの長老…?」
沢田君は笹川了平の発言に困惑したが……
「パオパオ老師だ」
「パオーーン!」
リボーンを見た途端、顔が引きつった。
「オレは新入部員と主将のガチンコ勝負が見たいぞ」
「んな! 何言ってんだよ! おまえオレにボクシングやらす気か!?」
「あたりまえだ。ちったーー強くなりやがれ」
過激で傍若無人なリボーンの言葉に、沢田君は青ざめる。
……苦労人だね、沢田君。
「うむ。オレとのスパーリングは沢田の実力を計るいい方法なのかもしれない」
「え、お兄さんまで、ちょっとまってくだ…」
「ツナ君がんばってー!」
「負けんなよ」
「10代目〜!」
「ファイトー、いっぱーつ」
笹川さん、山本君、獄寺君が応援する中、小津君は「(笑)」がつきそうな笑顔で言った。
ああもう、嫌がっている子を追い詰めるようなことに……。
「えっ? 時和さんまで!?」
笹川さんの隣にいると、沢田君が私の存在に気づいて驚いた。
「な、なんで……」
「……真っ黒な服の赤ん坊に誘われて」
断れなくて、と苦笑いで言えば、沢田君はパオパオ老師なリボーンを怒り顔で睨んだ。
「沢田君、無理だけはしないでね。断りたかったら断ればいいんだから」
応援するのではない。
励ますのではない。ただただ心配だから言った。
嫌がる子を引き入れるなんて、私なら断固反対だ。
すると、沢田君は目を丸くして、口を引き結んで頷いた。
「あ、あの、京子ちゃんのお兄さん……!」
「沢田、これに着替えてリングに上がれ!」
迫力のある笹川了平に、沢田君は青ざめて口をパクパク開閉した。
ああ、ご愁傷様……。
「ゆくぞ、沢田ツナ!! 加減などせんからな!!」
リングに上がった二人は向かい合う。
一方は期待に満ちた顔で。
一方は青ざめた顔で。
落差が……。
――カーン
ゴングが鳴った直後、笹川了平が速攻で沢田君を殴り倒した。
「油断するな、沢田!!」
これが本来の実力だけど、今までの死ぬ気≠ナ信じてもらえないだろうなぁ。
不安が過ると、銃声が聞こえて笹川了平が倒れた。
「え゙!!!? ええ゙ーーー!! お兄さんに死ぬ気弾撃ったのーー!!?」
絶叫する沢田君。私も唖然としてしまった。
けど、原作を思い出して冷静になる。
だって、笹川了平は――
「うわあああ!」
「どーした沢田、立てんのか?」
「え?」
「立てるなら続けるぞ、さあ!」
「あれ? 全然変わってないぞ…」
――常時死ぬ気男なのだから。
「死ぬ気でボクシング部入部を断る!!!」
ある意味感心していると、今度は沢田君が死ぬ気になった。
「ほーう…。オレは細かい詮索などせんぞ。なぜなら男同士、拳で全て語り合えると信じているからな」
いや、それは
笹川了平を含む一部の熱血に限るのでは……?
「入部しろ沢田!!」
「いやだ!!!」
音速のような鋭い正拳突き。当たれば骨折は間違いないはず。
沢田君はそれを難なく回避。
「極限ストレート≠かわすとは! ますます気に入ったぞ!! なおのこと入れ、沢田!!」
「ぜったい! 断る!!」
続いて繰り出されたのは極限ラッシュ=B殺人級の連続技に、山本君も獄寺君も戦々恐々。
ハラハラ見守っていると、終局に迫った。
「入れ入れ入れ入れ!!」
「やだやだやだやだ――断る!!!」
「ぐはあぁ!!」
極限ラッシュ≠躱し続けて、隙間を掻い潜った沢田君が笹川了平の顔を殴り飛ばす。
リングから吹っ飛んだ笹川了平は、頭から突っ込んで窓ガラスを割った。
私も衝撃的な光景に絶句。
沢田君は青ざめて砂になりかけた。
笹川さんに嫌われると思っているのだろうけれど――
「ますます気に入ったぞ、沢田!」
「!!?」
「お前のボクシングセンスはプラチナムだ!! 必ずむかえにいくからな!」
「もー、お兄ちゃん嬉しそうな顔してー!」
熱血バカだから、むしろ好かれた。
「オレも気に入ったぞ、笹川了平。おまえファミリーに入らねーか」
「コ、コラー! 逆スカウトすんなよーー!!」
収拾がつかないけれど、これで沢田君はボクシング部入部を回避できた。
肩の力が抜けたが、私は完全に安心できる現状ではない。
「そんなことより保健室に行かないと。血が出ているし、ガラスが入っていたら化膿して悪い傷害が出るかもしれないのに……」
「何ィ!? それはダメだ! 保健室に行ってくる!」
呆れて言えば、笹川了平は急いで部室から出て行った。
「沢田君も、殴られたところは大丈夫なの? 氷水で冷やす?」
「えっ、あ……もう大丈夫だよ。って、そうだ!」
何かを思い出して、グローブを外した沢田君は鞄からあるものを取り出す。
それは、夏休みに渡したハンカチだった。
「これ、ありがとう」
「あ、うん。どういたしまして」
「なー、ツナ」
私達のやり取りが終わると、小津君が声をかけた。
そちらを見ると、小津君は不思議そうな顔で私を見ていた。
「その子とどーいう関係なんだ? 仲良さそうだけど」
小津君の疑問に、沢田君は顔を赤くして慌てた。
「く、クラスメイト! ふつーのクラスメイトだよ! ね!?」
「うん」
よかった、普通のクラスメイトの関係で……あれ?
沢田君も私のことをクラスメイトと思っている。それでいいはずなのに、なぜかチクリと胸が痛んだ。
どうしてだろう?と疑問が浮かんでいると、沢田君は勢いを失った顔で落ち込んでいた。
小津君は「ふーん」と呟いて、ジト目で私達の関係を疑っている。
「時和」
帰りたくなってくると、山本君が声をかけてきた。
今度はなに……?
「すみませんっした」
目を向けると、山本君が私に頭を下げた。
唐突な行動に目を丸くしたが、ぐっと眉間に力を入れる。
「それは何の謝罪?」
「……オレ、なんも見えてなかった。ダチのことも、親父のことも。スランプに気づいてくれた時和も傷つけちまった」
やっぱり投身自殺のことだった。あれから二ヶ月以上も過ぎているのに、今さら謝罪だなんて……でも。
私は深く溜息を吐いて、山本君の頭にチョップした。
「これで許してあげる。またしたら、今度こそ許さないから」
そう言い捨てて、私は部室から出た。
遅すぎる謝罪に腹が立ったけど、同じくらい安心した。
彼はもう道を踏み外さない。だから、もういい。
気分が晴れて、自然と頬が緩んだ。