極限少年と勧誘拒否

 9月に入り、並盛中学校も二学期を迎えた。

「うおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」

 正門を通ったその時、ビュンッと追い風が吹いた。
 驚いて声が通り過ぎた方を見れば、半裸の少年が校舎裏に向かっていた。

「沢田君? と……あ」

 沢田君が引っ掛けていた人物――笹川了平だ。
 笹川京子の一つ上の兄で、ボクシング部主将。
 主要人物の一人であり、晴の守護者を担う。

 そういえば二学期の初日に彼の勧誘を断って、むしろ気に入られる物語があったっけ。

「あっ、時和さん!」

 後ろからかわいらしい声がかけられた。
 振り返ると、笹川さんが重そうな鞄を抱えていた。

「笹川さん? 久しぶり」
「久しぶり! お兄ちゃん見なかった?」
「お兄ちゃん? って、もしかして白い短髪の?」
「うん、そう」

 念のために訊ねると、笹川さんは頷く。

「それならあっちに」
「ありがとう! 行ってくるね」

 指差すと、笹川さんは去っていった。
 さて、私は教室にレッツゴー。



◇  ◆  ◇  ◆



 夏休みの課題を提出して、始業式を終わらせるとホームルーム。それが過ぎれば放課後だ。

「ちゃおっス」

 チャイムが鳴って下駄箱に向かったとき、悪魔の声が聞こえた。
 どきりと心臓が跳ねて頬が引きつったけれど、なんとか抑えて後ろへ振り向く。
 誰もいないと思いきや、足元を見て目を丸くする。

 黒いスーツを着た赤ん坊――リボーンだ。

「あれ? どこかで会ったような……」
「ツナの決闘の時に会っただろ」
「……あぁ。あの時の子?」

 思い出した、という顔を取りつくろう。
 私の演技力じゃあ誤魔化せないだろうけど、やってみないと始まらない。

「どうしてここに?」
「ツナの奴、これからボクシング部で戦うから見に来ないか?」

 ……まさか家庭教師様からお誘いが来るとは思わなかった。

「私なんかが行ってもいいの? 場違いとか……」
「お前、最近ツナと仲いいだろ」
「仲良くても、ちゃんとした友達ってわけじゃないし。彼の友達、ちょっと苦手だし」

 行きたくないわけじゃない。けど、彼の友達に変な勘ぐりをされるのは嫌だ。
 不安から言えば、リボーンは首を傾げる。

「苦手? なんでだ?」
「……えっと。山本君は一学期で命を粗末にしかけたし、獄寺君は沢田君以外の人を敵視しているし……ちょっと怖いというか……。まぁ、それだけ沢田君が大事なんだってわかるんだけど……」

 苦笑いを浮かべて最後の言葉を言えば、リボーンは大きな瞳をきょとんとさせ、ニッと口角を上げた。

「んじゃ、なおさら見にこい」

 行くぞ、と言ったリボーンはきびすを返す。

 これは……逃げられないか。
 胸中で嘆息し、気後れしながらボクシング部の部室へ向かった。

「失礼しまーす……」

 恐る恐るボクシング部の部室に入ると、部員はトレーニングに集中していた。
 そんな中で、部員ではない生徒が三人。
 獄寺隼人、山本武、小津尋、笹川京子だ。

「あっ、時和さん! もしかしてツナ君の応援?」

 私の存在にいち早く気づいた笹川さんが私に駆け寄って訊ねる。
 ちょっと気まずいけど……。

「えっと……黒い男の子に来いって誘われて……」
「黒い男の子? もしかして、リボーン君?」
「知り合い?」
「ツナ君のいとこだよ」

 いとこ……そういう設定だっけ? あ、ロシアンルーレットであったような……?

「おい」
 思い出していると、獄寺君が剣呑な顔で声をかけてきた。
 うわ、やっぱり怖い。戦闘訓練は道場で受けたけれど、人間関係での怖い人は無理。

「お前、10代目の何なんだ?」
「え? クラスメイト、だけど……」

 控えめに答えると、獄寺君は目付きを鋭くした。

 やっぱり敵視された。だから嫌だったのに! リボーンのバカ!

「パオーーン」

 不意に、あの赤ん坊の声が聞こえた。
 驚いて顔を向けると、象の被り物にボクシング用のパンツ、グローブをつけたリボーンがリングの柱に立っていた。

 え、何その格好。

「おお、沢田、まってたぞ!」

 その時、笹川了平は部室の扉を開いて言った。
 あ、沢田君が来た。

「お前の評判を聞きつけて、タイからムエタイの長老までかけつけているぞ」
「は? タイの長老…?」

 沢田君は笹川了平の発言に困惑したが……

「パオパオ老師だ」
「パオーーン!」

 リボーンを見た途端、顔が引きつった。

「オレは新入部員と主将のガチンコ勝負が見たいぞ」
「んな! 何言ってんだよ! おまえオレにボクシングやらす気か!?」
「あたりまえだ。ちったーー強くなりやがれ」

 過激で傍若無人なリボーンの言葉に、沢田君は青ざめる。
 ……苦労人だね、沢田君。

「うむ。オレとのスパーリングは沢田の実力を計るいい方法なのかもしれない」
「え、お兄さんまで、ちょっとまってくだ…」

「ツナ君がんばってー!」
「負けんなよ」
「10代目〜!」
「ファイトー、いっぱーつ」

 笹川さん、山本君、獄寺君が応援する中、小津君は「(笑)」がつきそうな笑顔で言った。

 ああもう、嫌がっている子を追い詰めるようなことに……。

「えっ? 時和さんまで!?」

 笹川さんの隣にいると、沢田君が私の存在に気づいて驚いた。

「な、なんで……」
「……真っ黒な服の赤ん坊に誘われて」

 断れなくて、と苦笑いで言えば、沢田君はパオパオ老師なリボーンを怒り顔で睨んだ。

「沢田君、無理だけはしないでね。断りたかったら断ればいいんだから」

 応援するのではない。はげますのではない。ただただ心配だから言った。
 嫌がる子を引き入れるなんて、私なら断固反対だ。
 すると、沢田君は目を丸くして、口を引き結んで頷いた。

「あ、あの、京子ちゃんのお兄さん……!」
「沢田、これに着替えてリングに上がれ!」

 迫力のある笹川了平に、沢田君は青ざめて口をパクパク開閉した。
 ああ、ご愁傷様……。

「ゆくぞ、沢田ツナ!! 加減などせんからな!!」

 リングに上がった二人は向かい合う。

 一方は期待に満ちた顔で。
 一方は青ざめた顔で。

 落差が……。


 ――カーン


 ゴングが鳴った直後、笹川了平が速攻で沢田君を殴り倒した。

「油断するな、沢田!!」

 これが本来の実力だけど、今までの死ぬ気≠ナ信じてもらえないだろうなぁ。
 不安が過ると、銃声が聞こえて笹川了平が倒れた。

「え゙!!!? ええ゙ーーー!! お兄さんに死ぬ気弾撃ったのーー!!?」

 絶叫する沢田君。私も唖然としてしまった。
 けど、原作を思い出して冷静になる。
 だって、笹川了平は――

「うわあああ!」
「どーした沢田、立てんのか?」
「え?」
「立てるなら続けるぞ、さあ!」
「あれ? 全然変わってないぞ…」

 ――常時死ぬ気男なのだから。

「死ぬ気でボクシング部入部を断る!!!」

 ある意味感心していると、今度は沢田君が死ぬ気になった。

「ほーう…。オレは細かい詮索などせんぞ。なぜなら男同士、拳で全て語り合えると信じているからな」

 いや、それは笹川了平あなたを含む一部の熱血に限るのでは……?

「入部しろ沢田!!」
「いやだ!!!」

 音速のような鋭い正拳突き。当たれば骨折は間違いないはず。
 沢田君はそれを難なく回避。

「極限ストレート≠かわすとは! ますます気に入ったぞ!! なおのこと入れ、沢田!!」
「ぜったい! 断る!!」

 続いて繰り出されたのは極限ラッシュ=B殺人級の連続技に、山本君も獄寺君も戦々恐々。
 ハラハラ見守っていると、終局に迫った。

「入れ入れ入れ入れ!!」
「やだやだやだやだ――断る!!!」
「ぐはあぁ!!」

極限ラッシュ≠躱し続けて、隙間を掻い潜った沢田君が笹川了平の顔を殴り飛ばす。
 リングから吹っ飛んだ笹川了平は、頭から突っ込んで窓ガラスを割った。

 私も衝撃的な光景に絶句。
 沢田君は青ざめて砂になりかけた。
 笹川さんに嫌われると思っているのだろうけれど――

「ますます気に入ったぞ、沢田!」
「!!?」
「お前のボクシングセンスはプラチナムだ!! 必ずむかえにいくからな!」
「もー、お兄ちゃん嬉しそうな顔してー!」

 熱血バカだから、むしろ好かれた。

「オレも気に入ったぞ、笹川了平。おまえファミリーに入らねーか」
「コ、コラー! 逆スカウトすんなよーー!!」

 収拾がつかないけれど、これで沢田君はボクシング部入部を回避できた。
 肩の力が抜けたが、私は完全に安心できる現状ではない。

「そんなことより保健室に行かないと。血が出ているし、ガラスが入っていたら化膿して悪い傷害が出るかもしれないのに……」
「何ィ!? それはダメだ! 保健室に行ってくる!」

 呆れて言えば、笹川了平は急いで部室から出て行った。

「沢田君も、殴られたところは大丈夫なの? 氷水で冷やす?」
「えっ、あ……もう大丈夫だよ。って、そうだ!」

 何かを思い出して、グローブを外した沢田君は鞄からあるものを取り出す。
 それは、夏休みに渡したハンカチだった。

「これ、ありがとう」
「あ、うん。どういたしまして」
「なー、ツナ」

 私達のやり取りが終わると、小津君が声をかけた。
 そちらを見ると、小津君は不思議そうな顔で私を見ていた。

「その子とどーいう関係なんだ? 仲良さそうだけど」

 小津君の疑問に、沢田君は顔を赤くして慌てた。

「く、クラスメイト! ふつーのクラスメイトだよ! ね!?」
「うん」

 よかった、普通のクラスメイトの関係で……あれ?
 沢田君も私のことをクラスメイトと思っている。それでいいはずなのに、なぜかチクリと胸が痛んだ。

 どうしてだろう?と疑問が浮かんでいると、沢田君は勢いを失った顔で落ち込んでいた。
 小津君は「ふーん」と呟いて、ジト目で私達の関係を疑っている。

「時和」

 帰りたくなってくると、山本君が声をかけてきた。
 今度はなに……?

「すみませんっした」

 目を向けると、山本君が私に頭を下げた。
 唐突な行動に目を丸くしたが、ぐっと眉間に力を入れる。

「それは何の謝罪?」
「……オレ、なんも見えてなかった。ダチのことも、親父のことも。スランプに気づいてくれた時和も傷つけちまった」

 やっぱり投身自殺のことだった。あれから二ヶ月以上も過ぎているのに、今さら謝罪だなんて……でも。
 私は深く溜息を吐いて、山本君の頭にチョップした。

「これで許してあげる。またしたら、今度こそ許さないから」

 そう言い捨てて、私は部室から出た。

 遅すぎる謝罪に腹が立ったけど、同じくらい安心した。
 彼はもう道を踏み外さない。だから、もういい。

 気分が晴れて、自然と頬が緩んだ。


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