応接室での事件

 二学期の初日、ボクシング部のストーリーに巻き込まれた。
 まさかリボーンに目をつけられるなんて思うわけがない。

 私は目立たずに脇役Aという傍観者でいたかったのに……。

「時和さん、一緒に食べよ?」

 委員会会議の日。
 昼休みに誘ってきたのは笹川京子。その隣には黒川花。
 一緒に食べる気でいるらしいけど……ヒロインは大丈夫だよね? 無害だし……。

 頷けば、二人は私の席を囲んだ。私もお弁当を広げると、笹川さんが感嘆した。

「わあ! 時和さんのお弁当、おいしそー」
「別に普通だと思うけど……」

 私が作ったのは、どれも簡単で普通のおかず。
 特別というわけではない。けど、黒川さんが驚く。

「もしかして、あんたが作ったの?」
「うん。料理は得意だから」
「へえ。あんたのお弁当、結構凝ってるね。ねえ、この唐揚げちょーだい。私の肉団子、あげるからさ」
「あっ、じゃあ私は卵焼き!」

 まさかのおかずの交換。初めてのそれに新鮮味を感じた。
 二人は弁当箱の裏蓋に交換するおかずを置いて、私の弁当箱からおかずを取る。
 パクッと食べた二人は、みるみるうちに笑顔になった。

「おいしい!」
「この唐揚げ、冷めているのにジューシーじゃん」

 二人の感想を聞いて、驚く。
 私の料理で笑顔になったことも、褒められることも家族以外でいなかった。

 ……いや。一学期の家庭科実習で、沢田君と雲雀さんにも褒められたっけ。

「ありがとう」

 私まで自然と笑顔になった。すると、二人が私を凝視した。

「……やっぱり時和さんって、笑うと綺麗だよね」
「え? ……そう?」
「うん。あんた、もっと笑いなよ」

 おにぎり実習と同じことを二人に言われた。
 綺麗って言われても、色彩以外は平均だと思うのに。

「私は普通だよ。綺麗とかは黒川さんに言うことだから。笹川さんはかわいいって言葉が似合うし」

 自分で綺麗だと思うところは髪と瞳の色。ある程度整った容姿だけど、特別かわいいとか綺麗とか思ったことはない。髪も顔も隠しているし。
 家族が美男美女だったから、感覚が麻痺しているかもしれないけど。

 ふと、二人が静かになったことに気がつく。
 ほんのり頬が赤いし……。

「……時和さんって天然?」
「は? ……何で?」
「さらっと褒めるところとか……」

 私は富士山に流れる湧水か?
 いや、そうじゃない。

「事実を言っただけなのに」
「……やっぱり天然だわ」

 額に手を当てて溜息を吐く黒川さん。頬が赤いため、照れているのだと判る。
 照れているところはかわいいなぁって思う。でも、これ以上天然って言われたくないので心の中に留める。

「ところでさ、時和さんって好きな人いるの?」

 食べ終わって弁当箱を片付けた時、黒川さんが訊ねた。

 これはもしや……恋バナ?

「好きな人って……恋愛のことだよね?」
「それ以外に何があるの」

 黒川さんの発言に、私は困った。
 好きな人って言われても……私は好きな人という感情を作れない。
 作ることができるのは、同じ異質な存在でなければいけないから。

「いない」
「じゃあ、好きなタイプは?」

 好きなタイプかぁ。考えたことなかった。でも、例に挙げるとしたら……。

「包容力がある人……かな。あと、一途に想ってくれる人」

 ちょっと強引なところもあるけど優しい人がいいなぁ、なんて……高望みかな。

「黒川さんは年上で大人な人が似合いそうだよね」
「わかる? そうなの。年上で大人っぽくて、牛柄のシャツが似合う色っぽい人が好み」

 ……もろに10年後のランボだ。

 沢田家に居候しているマフィア・ボヴィーノファミリーの構成員、現在4歳児。
 ファミリーのボスがランボに与えた、10年後の自分と5分だけ入れ替わる伝説のアイテム『10年バズーカ』によって入れ替わると、色っぽい伊達男になる。

 夏休みに10年バズーカでタイムトラベルを体験したけど、大人ランボと呼ばれる14歳のランボは見たことはない。

「じゃあ、笹川さんは?」
「んーと……優しい人かなぁ? あと、あったかい人」
「あったかい? どういうこと?」

 黒川さんが首を傾げる。
 私は何となくわかった。

「心が温かくて安心感を与えてくれる人ってこと?」
「うん」

 はにかんで頷く笹川さん。恋する乙女というより、解ってくれて嬉しいという顔だ。
 すると、黒川さんが驚いた。

「時和さん、よく解ったね」
「何となくだよ」

 本当に何となく感じたことを言っただけ。
 それにしても、女の子同士で楽しむことが一番な笹川さんにも理想があることに驚いたなぁ。

 しみじみ思っていると、教室に教師が入った。
 辺りを見回して、私と目が合う。

「時和、少し頼みがあるんだが……」

 言いよどんでいる教師に嫌な予感がする。
 彼の片手には一枚のプリントを入れた透明のファイルがあった。

「このプリントを風紀委員長に持って行ってくれないか」

 しん、と静まり返った教室内。
 空気が凍った気がするけど、きっと気のせいじゃない。

「どうして私ですか? 先生でも行けますよね」
「あ、いや……」

 ……なるほど、怖いのか。それで私を生贄にしようと?
 私は仮にも女の子だ。その私を生贄にするなんて酷いな。

「仮にでも女の私に死にに行けと……?」

 引き攣った笑みで言えば、後ろ足を引く教師。
 おい、生徒を怖がるな。

 呆れから溜息をついて、重い腰を上げて立つ。

「じゃあ、並盛堂のケーキ割引チケット三枚で手を打ちます」
「! そ、そうか。それくらいなら大丈夫だ。頼んだ」

 あからさまに安堵した教師は私にプリントを渡すと、そそくさと教室から出た。

 あーあ、面倒なことになった。

「時和さん、大丈夫なの?」
「うん。普通にしていれば何もないと思うし。じゃあ、行ってきまーす」

 心配する黒川さんに笑顔を向けて、出発。



 応接室に近づくにつれ、少し緊張する。
 雲雀さんとは何度か会ったけど、暴力は振るわれたことがない。
 いくら最強で最恐の不良でも、群れていなければ大丈夫なはずだ。

 でも、何か忘れているような……?

「失礼します……え?」

 応接室に到着して、ノックして扉を開けた瞬間、雲雀さんが小津尋をトンファーで殴り倒した光景を目撃してしまった。

 え、イベントストーリーの途中? 嘘でしょう?
 混乱している私に気づいた雲雀さんは、私に目を向けた。

「何の用だい?」
「……先生からプリントを頼まれた……んですが」

 手渡しできない雰囲気だから、ソファーの間にあるローテーブルにプリントを置く。

「失礼しました」
「待って」

 まさか呼び止められるとは思わなかった。
 驚いて振り返れば、雲雀さんは不思議そうな目で私を見据える。

「君のその髪は偽物?」
「えっ…………あ」

 そういえば、夏祭りの日に素顔を見られたんだっけ。

「うん、ウィッグ。学校ではつけてるようにって、家族に言われて」
「つまり、夏祭りで見た髪が地毛?」
「そう」

 頷くと、雲雀さんは私に近づき手を伸ばしかけた。

 ――その時だった。

「あー、いつつつ…………」

 気絶していた沢田綱吉が目を覚ました。

「! ごっ…獄寺君!! 山本!! 尋君!! なっ、なんで!!?」
「起きないよ。3人にはそういう攻撃をしたからね」
「え゙っ」

 知らない人がいることに驚く沢田君だけど、きっと彼に殴られたのだと悟る。
 青ざめる沢田君に、雲雀さんは薄ら笑いを浮かべた。

「ゆっくりしていきなよ。救急車は呼んであげるから」
「ちょっ、それって……え?」

 ふと、愕然とした沢田君は私の存在に気づいた。

「時和さん!?」

 驚愕の声を上げた沢田君。気づくの遅いよ。
 そんなことを思っていると、雲雀さんは私に問いかける。

「ねえ、彼は君の何?」
「え? えっと……クラスメイトだけど」

 戸惑いながら答えると、沢田君がどこか傷ついた顔になった。
 どうしてそんな顔をするのかわからない。わからないのに、何故か胸の奥が痛んだ。


 ――ズガン


 突如、銃声がとどろいた。
 死ぬ気弾を撃たれた沢田君は、後悔から死体を破って復活する。
 こんな間近で見るのはボクシング部の時以来だけど、一瞬心臓が止まりそうになるほどびっくりした。

「うおぉおぉっ、死ぬ気でおまえを倒す!!!!」
「何それ? ギャグ?」

 沢田君の鋭い右ストレートを避けた雲雀さんはアッパーで彼のあごを殴り飛ばす。
 容赦ない一撃に、思わず手で口を覆ってしまう。
 あれ、普通なら顎が割れてしまうのに。

「さーて、あとの三人も救急車に乗せてもらえるぐらいグチャグチャにしなくちゃね」

 物騒だよ……と、言いそうになったが我慢する。

 雲雀さんは興味をなくして、倒れている獄寺君に向く。
 その背後で、沢田君は起き上がった。

「まだまだぁ!!!」

 這い上がった沢田君は雲雀さんの頬を拳で殴った。
 続いてリボーンのペットであるカメレオンが飛んできて、掴んだ瞬間形を変える。

 レオンは形状記憶という特殊能力を持っている。その能力で変わったものは……トイレスリッパ。

「タワケが!!!」

 パカァンと乾いた音がするほど雲雀さんの頭を殴った。
 あまりのことに、ポカンと口を開けてしまう。

「………ねえ…――――殺していい?」

 あ、キレた。これは戦場になるかも……。

「そこまでだ」

 その時、窓辺に黒いスーツを着た赤ん坊――リボーンが現れた。

「やっぱつえーな、おまえ」
「君が何者かは知らないけど、僕、今イラついてるんだ。横になってまっててくれる」

 リボーンに容赦なくトンファーを振るう雲雀恭弥。しかし、リボーンはどこから出したかわからない十手の鉤の部分で受け止めた。

 攻撃を的確に防いだリボーンは相当の手練。
 本能的に気づいた雲雀恭弥は、愉しそうに「ワオ」と呟く。

「すばらしいね、君」
「おひらきだぞ」

 いつの間にゴーグルをつけたのか、リボーンの手には砲弾並みの大きな爆弾があった。
 その直前、私は急いで応接室から出た。
 階段の下へ隠れた次の瞬間、盛大な爆発音が響き渡った。

「……過激だなぁ」

 苦笑いを浮かべた私は、何事もなかったかのように教室に戻るのだった。


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