▼ 体育祭と進展
並盛中学校も体育祭の時期に入った。
準備期間中から盛り上がっているのは、やはり学校で一番の大きな行事だから。
中でもクライマックスの「棒倒し」という目玉種目は、並盛中学校ならでは。
参加者は男子生徒のみ。棒の上に登った総大将を地面に落とすことで勝ちとする。そのためなら相手を蹴っても殴ってもいい、競技だから罷り通るルールだ。
体育祭での華であり、男の一番の見せ場。だから事前に心身を鍛える生徒が多かった。
「“極限必勝!!!” これが明日の体育祭での我々A組のスローガンだ!! 勝たなければ意味はない!!」
司会を務める2年A組の笹川了平も、その内の一人。
とはいえ、彼は常日頃から体を酷使するほどのハードトレーニングが日課だ。
「時和さん」
盛り上がっている講義室内をぼんやり眺めていると、隣に座っている笹川さんが声をかけた。
「競技、リレーの他に何に出るの?」
「私? 私は……障害物競走」
障害物競走は、字のごとく障害物を踏破してゴールを目指す競技。
一年生の中で高い身体能力を誇ると教師から太鼓判を押されたからか、周囲に推されて選ぶことになった。
ウィッグが外れないといいんだけど……。
「だがオレは辞退する!!!」
「え゙!!?」
笹川さんの参加競技を訊ねようとした直前に、彼女の兄が叫んだ。
「オレは大将であるより兵士として戦いたいんだー!!!」
(単なるわがままだーーっ)
騒然となるA組は、次に飛び出た了平の発言にショックを受ける。
私は苦笑いが浮かんでしまい、笹川さんは恥ずかしさのあまり赤面してしまう。
「だが心配はいらん。オレより総大将にふさわしい男を用意してある」
私はこの次の発言を知っている。それは前世で、このワンシーンを見ているからだ。
「1のA沢田ツナだ!!」
「あ〜……」
自信満々でツナこと沢田綱吉を指差す笹川君に、思わず遠い目になった。
チラッと沢田君を見やれば、彼はきょとんとしていた。
しかし、徐々に状況を自覚したのか、引き攣って戸惑う。
うわぁ、不憫だ。
「賛成の者は手をあげてくれ! 過半数の挙手で決定とする!!」
手を挙げて多数決を宣言する笹川君。
しかし、誰も手を挙げない。
「手をあげんか!!!」
(命令だー!!!)
痺れを切らして叫ぶ無茶ぶりに誰もが絶句する。
このノリには私もついていけず、机に突っ伏して狸寝入りを決め込むことにした。
「ウチのクラスに反対の奴なんていねーよな」
(こえ〜っ)
「獄寺君の意見に賛成ー!!」
クラスメイトの脅しがあっても、私は無視。
「この勢いならいずれ過半数だろう。よしっ、決定!!! 棒倒し大将は沢田ツナだ!!」
まだ過半数も手を挙げていないのに決められてしまった。
あ〜あ。彼にはリボーンもいるのに……これは波瀾を呼びそうだ。
気が遠くなり、こっそり溜息を吐くのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ 体育祭当日は日曜日。つまり、両親以外の家族が応援に来れる。
ちなみに紗綺の小学校と体育祭が被っているが、紗綺はいつも通りサボってこちらに来るそうだ。
「胃が痛い……」
「え、大丈夫なの?」
待機所のブルーシートに座っている私は、持参した保冷剤を頬に当てた状態で、体育座りの膝頭に額をつけて項垂れる。
ぽつりと呟いた一言で、黒川さんに心配されて焦る。
「だ、大丈夫。……ただ、家族が見に来ているのが……」
「……ああ。恥ずかしいんだ」
黒川さんの痛烈な一言に、私は言葉を詰めて俯く。
「家族に見られるのは……緊張しちゃって」
失敗したらどうしよう、とか。ネガティブな思考で鬱々としてしまう。
深い溜息を吐くと、隣に笹川さんが座った。
「大丈夫だよ。いつも通りの時和さんなら勝てるよ。私達も頑張るから」
励ます笹川さんの笑顔は、見惚れるほど可愛らしい。
なんだか、スゥッと心が軽くなった気がして、私も柔らかな笑みが浮かんだ。
「……うん。頑張ろう」
膝頭に頭をつけたまま見上げて笑えば、笹川さんが目を丸くする。隣にいる黒川さんは真顔で私を凝視していた。
「……可愛い」
「え?」
黒川さんがぽつりと呟いた。
声援のせいで聞き取れなくて、きょとんとする。
「時和さん、この際だから天音ちゃんって呼んでいい?」
「あ、抜け駆けはずるいよ。私も天音って呼ぶから、私達のことも名前で呼んでよね」
「え、あ……うん。……京子と、花?」
ナチュラルに名前呼びの話になり、試しに呼んでみると二人は笑顔になった。
「あ、リレーが始まりそう」
「じゃ、私達もいくよ」
京子が放送に気づき、花が促す。
あ、保冷剤……。
このまま持っていくのはいけないし、誰かに預けた方が……そうだ。
「沢田君、保冷剤預かってもらってもいい?」
少し離れているところでこちらを見ていた沢田君に声をかける。すると、沢田君は目を丸くして戸惑う。
「え、お、オレ?」
「うん。沢田君、顔赤いし。熱中症になったら大変だから」
――実は、昨日の棒倒しの訓練のせいで風邪をひいたことを知識で知っている。
家族に内緒で風邪薬を持っていけば心配されるからできなかったけれど、これくらいならいいはず。
「私が終わるまで使ってて」
保冷剤を手渡して、私は京子と花の下へ向かった。
あっという間に女子部門のリレーを完走してすぐ、障害物競走が始まる。
障害物は、ネットの掻い潜り、跳び箱、竹馬、パン食い、一輪車。この五つの関門を突破しなければならない。
私としては、最初のネットが怖い。ウィッグが外れそうで……。
「……頑張ろう」
これはもう、覚悟を決めよう。
「位置についてー。よーい」
競技用の銃声が乾いた音を鳴らす。
誰よりも先にスタートダッシュを決めて、ネットに手をかけるとウィッグを押さえたまま掻い潜る。
多少もたもたしてしまい、一人に追い抜かれたが、竹馬で追い抜かす。
これでも竹馬の経験があるし、バランス感覚はいい方だ。
続いてパン食い。紐に吊り下げられたパンに向かって勢いよく飛びあがり、縁を噛んで獲得。
「あ、粒あんだ。やった」
無我夢中で、いくつもあるパンの種類を選ぶことなく飛びついた。
好みのパンでよかった、と思いながら一輪車に乗り、一定の地点まで爆走。
一輪車から降りると、あとは残りの五メートルを一気に走り切った。
「ゴール! 障害物競走、新記録更新しましたー!」
放送係の男子生徒が告げた。
ほっと安堵して1を刻んだ旗を受け取り、全員が完走するまで待機。
あー……なんか頭がぐらぐらする……。
「――ちゃん。天音ちゃん、大丈夫?」
朦朧とする意識を保たせてテントに戻ると、京子の声が聞こえた。
緩慢に顔を上げると、花が私の額に触った。
「うわっ、汗すご。しかもめちゃくちゃ熱いって……もしかして暑さに弱い?」
「……そう、じゃ、ないけど……」
ちょっと吐きそうになっていると、不意に冷たいものが頬に当たった。
「時和さん、ごめん。これ、借りてて……」
沢田君の声が聞こえた。
あれ、何を貸したんだっけ。でも、なんか……。
「きもちぃ」
頬に当たっているものが冷たくて、頬が緩む。
「……。京子ちゃんごめん。これ、時和さんに当てていて」
「うん。ツナ君も保冷剤貰った方がいいよ。顔、赤いよ」
「だ、大丈夫! オレ、これから競技だから!」
冷たいものが無くなって薄目を開くと、沢田君が京子に何かを渡していた。
そういえば沢田君、ホッピングの競技だっけ。
「がんばれー」
気の抜けた声で応援すると、沢田君は固まり、ぎこちなく頷いた。
「が、ガンバル」
片言で言って、沢田君は走って行った。
応援したいけど、ちょっと疲れたから休もう。
もう一度目を閉じると、あっさり意識が暗転した。
◇ ◆ ◇ ◆ 気がつけば、馴染み深い顔が視界に映った。
「よかった。気がついたか」
「……兄さん?」
あれ、何で兄さんが学生のいるテントに?
そう思ったが、兄さんの背中に青空が見えたから、違う場所だと一拍後に察した。
「小まめに水分補給しなかっただろう。ほら、スポーツドリンクだ」
「……ありがとう、おじいちゃん」
団扇を扇いでいるおじいちゃんがペットボトルを差し出した。
ありがたく受け取って飲むと、頭痛が少し和らいだ。
ゆっくり口に含んでいると、先にお弁当を食べている紗綺が言った。
「やっぱりウィッグ外した方がよくない? 熱中症になって当然だよ」
「それはそうだが……」
おじいちゃんが渋るのも仕方ない。私の容姿を学校で曝すのは危ないと言われたから。
「午後の競技は棒倒しだけだろう? それが終われば閉会式だ」
「お兄ちゃん、それでお姉ちゃんが苦しい思いをするのは間違ってるよ」
「……」
紗綺の痛烈な指摘に、兄さんも黙ってしまった。
もっと言ってやれー、なんて思うも、目立たないようにするためには仕方ないと諦めるしかなかった。
「天音、弁当は食べられるか?」
「んー……うん。ありがとう」
ちびちびとスポーツ飲料を飲んだおかげで気分が楽になった。
それからお弁当を食べて和気藹々と食事している時――
「おまたせしました。棒倒しの審議の結果が出ました。各代表の話し合いにより、今年の棒倒しはA組対B・C合同チームとします。男子は全員、棒倒しの準備をしてください」
あれ、いつの間にそこまで話が進んでいたの?
……沢田君、頑張れ。