迷子の子牛

 ようやく涼しくなってきた頃、学校でちょっとした騒ぎがあった。
 普通に数学の授業に出ていると、生徒達は廊下側を見てコソコソと囁き合っていた。

「何あのかっこ…」
「シマウマ?」
「パンダじゃない?」
「私は牛だと…」

 ……牛?

 チラッと教室の外を見れば、牛柄のタイツを着た4、5歳ぐらいの男の子がいた。

「ガ・マ・ン」
「ランボーー!!!」

 もじゃもじゃな黒髪が特徴的な、牛柄タイツの男の子――ランボだった。

「ツナ、チャックがこわれてしっこできない」
「アハハハ、ツナ御指名だぞ!!」

 どうやらタイツのチャックが壊れてトイレに行けそうにないらしい。
 涙と鼻水と涎でぐしゃぐしゃになった酷い顔で、沢田君に助けを求めている。そんな子を見たクラスメイト達は大笑い。

 ……気持ち悪い。なんで小さな子が苦しんでいるのに笑うの?

 不快感から息を吐き出し、廊下に出てランボを抱き上げる。

「ほら、我慢我慢。強い子でしょう?」
「うん……っ」

 泣きべそをかくランボに優しく言いながらトイレへ向かう。唖然とするクラスメイトなんて無視だ。
 女子トイレに入って、すぐにタイツを脱がせてトイレに押し込む。チャックが壊れているなら、ゆっくり直さないと失敗する。
 用を足し終える間にチャックを直して、すっきりしたランボに着替えさせた。

「天音〜〜、ありがとー!」
「どういたしまして。ランボはよく我慢できたね。偉い」
「ランボさんはガマンの子ー!」

 さっきまでの泣き顔が嘘のように明るくなった。
 ほっと安堵してランボに手を洗わせて、抱き上げてトイレから出た。

「時和さん! ごめん!」

 直後、トイレの前でうろうろしていた沢田君が頭を下げて謝った。

 え、ずっとトイレの前で待っていたの? なんていうか、律儀だなぁ。

「……別にいいよ。ランボ、沢田君と一緒に帰ろう」
「え〜!」

 ランボはせっかく来たのに帰らされることに不満を漏らす。
 ちょっと困ったけど、ここは必殺の言葉で丸め込もう。

「早く帰らないと、沢田君のお母さんが心配するよ。おいしいお昼ご飯も食べられないかもしれないし」
「! 帰るもんね!!」

 目を丸くしたランボは沢田君に飛び移る。
 ちゃんと胃袋を掴まれているようでよかった。

「それじゃあ沢田君。早退していいよ」
「それって大丈夫なの……?」
「迷子になった子を送ったって言えばいいよ」

 じゃあ、と言って、私は職員室に向かった。
 私が早退届を出す義理はないと思うけど、一応やっておかないとね。



◇  ◆  ◇  ◆



 翌日の放課後。
 いつも通り帰ろうとしたけど、微かな音を聞き取る。

 それは、子供の泣き声。

「……あ、『保育係』?」

 昨日のことを思い出して、物語の知識を蘇らせる。

 気になって校舎裏へ向かって顔を覗かせる。
 そこには、沢田綱吉、獄寺隼人、山本武、リボーンの他に、小津尋、緑中の制服を着た黒髪の少女――三浦ハルがいた。
 そして、見知らぬパーマの少年も。

(あれが10年後のランボ……)

 牛柄のシャツを着た少年こそ、牛柄のタイツを着たランボが成長した姿。
 昨日のあのランボが成長すると伊達男っぽくなるなんて詐欺だ、と内心で呟く。

 様子を見ていると、獄寺君は少年姿のランボに近づいてネックレスを掴んだ。
 そして……。

「おめーは鼻輪が似合ってるんだよアホ牛!!」
「ええ!」

 ランボ少年は獄寺君の暴言にショックを受ける。

 ……うん。今のは獄寺君が悪い。あんな悪意のある言葉、誰だって傷つくよ。

 呆れているうちに、ランボ少年はフラフラとした足取りで立ち去ろうとした。
 すると、山本が地面に転がっている牛の角らしきものを拾った。

「おいおまえ、角落としてるぞ」
「あ…投げてください」

 ランボ少年が振り向いた瞬間、山本は角を野球のフォームで投げた。
 鋭く投げられた角は、彼の眉間にグサッと刺さる。
 当然のごとく、仰向けに倒れたランボ少年。

「わっ! わりぃ!!」
「ランボ!!」
「が…ま…うわあああああ」

 額から血を流すランボ少年は大泣きした。
 カオスな現状に唖然としてしまった私は……。

「うわぁ……ひどぉい」

 思わず呟いてしまった。
 その声で、その場にいる全員が私に視線を向ける。

「えっ、時和さん!? ど、どうしてここに!?」
「いや、ものすごい声が聞こえたから、見に来て……」

 何がどうしたの?と言おうとした直後、牛柄のシャツを着たランボ少年が立ち上がって駆け寄った。

「天音さ〜ん!!」
「へっ!? うわ、すっごい血……」

 ポケットからハンカチを出すと、ランボ少年の額に当てる。

 うわぁ、眉間にぐっさり……これ、普通死ぬよ。

「うう……あなたは変わらずお優しい……!」
「え、いや……誰?」

 初対面だから、ここは「誰」と言う方が適切だ。
 そう判断して訊ねると、ランボ少年は涙目で名乗った。

「ランボです! お会いしたかったです天音さん!」

 そして、なぜか知らないけど抱きついた。

 え? 何で? 何でこんなに懐かれているの? ていうか何で抱きつく!?
 遠くにいる沢田君にヘルプの視線を送ると、「なっ!?」と驚きの声を上げるだけ。

 ちょっと助けてよ!

「こちら≠フあなたとはなかなか会えなくて……!」
「え、えーっと……?」


 ――ボフンッ


 突然、ランボ少年はピンク色の煙に包まれ、牛柄タイツの男の子に変わった。
 これは、夏休みで体験したものと同じ現象だ。

 ボヴィーノファミリーの伝説にある10年バズーカ。10年後と入れ替われるけど、タイムリミットは5分。やっと5分が経過して元に戻ったようだ。

「うわああんっ! 天音ーー!」
「……沢田君、これは何の幻覚?」
「えっ! いやっ、あ、あのー……」

 言葉を探しあぐねる沢田君。
 ふむ……どうしたものか。とりあえずランボを泣き止ませるために抱き上げた。

「ランボ、どうしたの?」
「痛いぃぃ!」

 ギャンギャン泣いているランボをよく見れば、頬が赤く腫れていた。
 何をどうしたらこんなに腫れるんだ。

「その顔の腫れ……誰にやられたの?」
「あ……それ、オレなんだ」

 山本君がバツの悪そうな顔で頭を掻く。

「キャッチボールしようとしたんだけどさ……つい加減ができなくて……」
「加減ができないのにキャッチボールって無謀だよ」

 頬が軽く引き攣って冷静に突っ込む。
 ていうか、山本君の豪速球を顔面で受けたのか。そりゃあ痛いよ。

 泣き止ませる方法はほとんどない。ランボのことを考えると……あれしかないか。
 鞄の中から葡萄味の飴を取り出して、ランボの目の前で揺らす。

「ランボ、ブドウ飴」
「ひっく……う?」

 涙で濡れた緑色の瞳で飴を見る。すると、ピタリと泣き止んだ。

「いる?」
「いる……!」

 涙目をぐしぐしと拭ったランボは手を伸ばして飴を受け取り、頬張る。
 よかった。泣き止んでくれた。

「んじゃ、保育係は天音だな」
「ダメ」

 あぁ、そういえば保育係を決めるストーリーだった。
 思い出して断る前に、沢田君が拒んだ。
 その素早さに少し驚くと、リボーンが訊ねる。

「何でだ?」
「大人ランボがあんなじゃ危ないから絶対ダメだ! 時和さんもごめん!」
「え、いや……別に気にしてないから」

 扱いやすい子供は平気だし、大丈夫だと思うんだけど……。
 でも、沢田君は眉間にしわを寄せて険しい顔になっている。何で?

 首を傾げた時、獄寺君がうるさく吠えた。

「おいテメー! ただのクラスメイトのクセに10代目に馴れ馴れしくすんな!」
「ごめん、忠犬君。うるさい」
「ちゅうっ……!? てめーふざけてんのか!?」

 あ、しまった。密かに思っていることが……。
 自分の失態と獄寺君の怒声に、眉間にしわを寄せてしまう。すると、ランボはもじゃもじゃした髪に手を突っ込んで手榴弾を出した。

 え、手榴弾!?

 驚いているとランボはピンを取って獄寺君に投げた。

「おわっ!? 何しやがる!! このアホ牛!!」
「天音をいじめるなー! おろかものー!」

 ……ランボ、すごくいい子に見えた。まさか私の代わりに怒ってくれるなんて……!
 感動してしまうけど、これはいけない。

「ランボ、嬉しいけど……いくら何でも相手を傷つけることはしたら駄目だよ。そんな子は友達じゃない」
「!! ……ごめんなさいだもんね」
「それは獄寺君に言うことだよ。じゃないと強くなれないから」

 しゅんっと落ち込んだランボは私の服をギュッと握る。

 うん、かわいい。

「このっ……地味女のクセに……!」
「獄寺さん! レディーに向かって何言ってるんですか!」
「いくら何でも、それは酷いってオレでも思うんだけど」

 あ、今度は三浦さんが怒った。意外なことに小津君も庇ってくれた。
 でも、ちょっとだけズキッときた。いつものことだから平気なはずなのに……。

 その時、ランボが10年バズーカを出した。
 どうなってんの、この子のパーマ。

「ちょっ、おいっ! ランボ!?」

 沢田君が慌てているなぁなんて、ぼんやりと見ていると、ランボは自分に向けた……と思いきや、方向が反れて私に向く。
 そして――


 ――ドガァン


 レッツ、二度目のタイムスリップ。

 ……笑えないんですけど。


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