▼ 秘密の誕生会
最近の放課後に、少し違和感を覚える。
周囲を観察すると、沢田君の周りに友達がいなかった。
獄寺君も、山本君も、小津君も。
今日も一人きりのようだと思っていると、あ、と思い出す。
そうだ。そういえばそろそろリボーンの誕生日だ。その翌日が沢田君の誕生日で……あー、前から思っていたのに、何で今まで忘れていたのかな。
「沢田君、今日も一人?」
木曜日の放課後。下駄箱で溜息をついた沢田君に声をかける。
「時和さん? ど、どうしたの?」
「んー。いつも獄寺君達といるのに、一人って珍しいなぁって思って。何かあったの?」
考えを纏めて言えば、沢田君はきょとんとする。
「……言われてみれば、みんなオレを避けているような……」
てっきり気づいていると思っていたのに、まさか自覚していなかったようだ。
視線を下げて考え込む沢田君に、私は少しヒントを出してみる。
「ドッキリでも仕掛けるつもりなのかな?」
「どっきり? ……あっ。そういえば……そろそろオレの誕生日だ」
自分の誕生日を思い出した沢田君。
少しほっとしたが、同時に問題があると思い至る。
このまま期待させて、リボーンの誕生会だと知ったらガッカリ感が半端ない。
「そうなの? おめでとう」
「あ、ありがとう」
「……でも、みんな沢田君の誕生日を知ってるのかなぁ?」
「……そういえば言ったことないな」
嬉しそうな笑顔から、一気に落ち込む。
ああ、なんだか悪いことしたなぁ。
「んー……そうだ。ねえ、沢田君。明日の放課後、暇?」
「え? 明日……?」
「うん。ちょっと時間がほしいんだけど」
せっかくだからお祝いしようかな。
そう思って言ってみると、沢田君は不思議そうな顔で頷いた。
◇ ◆ ◇ ◆ 翌日の放課後。
今日も獄寺君達と別行動のオレは、下駄箱で時和さんと落ち合った。
「時和さん。時間が欲しいってどうして?」
「まだ内緒。すぐにわかるから」
時和さんは、口元に人差し指を当てて笑った。
楽しそうな笑顔に、思わず頬が熱くなって口を引き結んだ。
これが素顔だったらやばかったかも……。
「じゃあ、行こう」
「う、うん」
そうして並中から出て、商店街の方向にある住宅街に入った。
「そういえば沢田君。苦手な果物とかある?」
「うーん……ない、かな?」
「苦手なお菓子とかは? 私はえんどう豆のスナックが苦手」
「えっ、時和さんもスナックとか食べるんだ」
意外な新情報にびっくりする。
時和さんはどちらかと言うと、スナックよりケーキとか上品なイメージが強いのに。
「うん、たまに食べたくなるんだよね。じゃがりことか、ポテトチップスとか。コンソメとのり味より、うす塩が好み。あとは期間限定の梅味とか。沢田君は?」
「オレもそんな感じ。ジュースはコーラとかかな」
「ああ……私、炭酸なら果物の味が好き。期間限定の林檎とか桃とか。スナックに炭酸は危険だよね。カロリーもそうだけど、中毒性が」
意外すぎる。そもそも想像がつかなかった。
でも、なんだか親近感が湧いた。味の好みに違いはあっても、オレもスナック菓子が好きだし、何より新しいお菓子の情報とかびっくりするし、面白い。
「あ、着いた。ここが私の家」
そんな会話をしているうちに、時和さんの家の前に来た。
オレの家より大きくて、外国の雰囲気があって綺麗だ。
「すぐ戻るから、ちょっと待ってて」
驚いている間に、時和さんが家に入っていった。
こんな綺麗な家の前で一人は……少し気まずい。
でも、本当にすぐ戻ってきた。さっきまで持っていなかった紙袋を持って。
「お待たせ」
「それは?」
「すぐわかるよ」
ニコリと笑って、時和さんが歩き出す。
ついて行くと、前にランボと来たことがある公園に入った。
時和さんは自販機でジュースを買って、屋根がある休憩所のテーブルで、紙袋から白い箱を取り出す。
戸惑いながら近づくと、時和さんが箱を開ける。
中には、蜜柑と葡萄とブルーベリーを盛り付けたショートケーキが二個、入っていた。
「えっ! これって……!」
「ちょっと早いけど」
顔を上げると、時和さんはメガネを外して笑った。
「ハッピーバースディ、沢田君」
いたずらが成功した、そんな笑顔。
……すごい、不意打ちだ。こんな時に素顔で、しかも笑顔で祝ってくれるなんて。
息を詰めて硬直してしまったけど、時和さんは紙皿にケーキを装って、チョコレートプレートとフォークを添えた。
「お店のようにいかなくてごめんね。苺もまだなくて……」
「時和さんの手作り!?」
「うん。買うだけじゃあプレゼントにならないし。ランボとか見つかったら、ねだられそうでしょう? だから内緒だよ」
……そこまで考えてくれたんだ。
やばい。すっげー嬉しい。
にやけそうな口を手で隠してケーキを凝視する。
「……食べるのがもったいない」
「ふふっ、それ、大袈裟。それじゃあ、食べる?」
頷いて椅子に座り、いただきます、と言ってフォークを取る。
慎重に先を切ってブルーベリーと食べると、甘酸っぱさと甘すぎないクリーム、中に挟まれた蜜柑の仄かな酸味と甘みが口の中に広がる。
「……どうかな?」
「すごくおいしい。前のガトーショコラもそうだったけど……時和さんって料理上手なんだ」
「あ……ありがとう」
緊張気味に聞いた時和さんにそう返せば、時和さんはほっと安心した顔で照れくさそうにはにかんだ。
……素顔だからかな。心臓がすっげーうるさい。
「――ごちそうさま」
自販機で買ってくれたコーラを飲み干したところで、時和さんもケーキを食べきって、オレンジジュースの小さなボトルに蓋をした。
「さて、と。そろそろお開きにしようかな」
「えっ。あ……」
時間を見ると、もう少しで四時になる。
時和さんは一人で家事をしているって言っていたから、買い出しとか行かないといけないんだと思う。
でも……もう少しいたい気が……。
「って、そうだ。時和さんの誕生日っていつ?」
「え? 6月17日だけど……」
時和さんは不思議そうな顔で答えた。
もしかして、考えていないのかも。
「今度はオレがお祝いする」
「……えっ?」
やっぱり、想像していなかったみたいだ。オレが時和さんを祝い返すなんて。
見返りとか気にしていないのかな。それとも……期待していない、とか。
もしそうだとしたら、それは卑怯だと、なんとなく思った。
「オレだけ祝われるのは悪いし、オレだって時和さんを祝いたいから」
怒っているんじゃない。ただ、モヤモヤする。その感情から眉が寄って語気も強くなったと、後になって気づく。
目を丸くした時和さんの反応に、やべ、と焦りかけた。
でも……
「そっか」
時和さんは嬉しそうに笑った。
心が温かくなる笑顔に、グッと熱が込み上げてきた。
「じゃあ、楽しみにしているね。沢田君が私を祝ってくれるの」
「……うん。約束だ」
「約束、だね」
無邪気な笑顔で、時和さんは右手の小指を向ける。
指切りなんて、小学生のときに母さんとしたきりだ。
少し気恥ずかしいけど、時和さんと指切りした。
時和さんと別れて帰宅すると、さっそく確認しようとした。
けど、まだ10月だから来年のカレンダーはないことを、台所のカレンダーを見て思い出す。
「どーした、ツナ。カレンダーなんか見て」
急に背後から声をかけられて、ビクッと肩が跳ねた。
廊下へ目を向けると、コーヒーカップと受け皿を持っているリボーンがいた。
赤ん坊のくせにエスプレッソを一日に何杯も飲むとか……て、そうだ。
「リボーン、来年の6月17日って何曜日か知らないか?」
「その日に何かあるのか?」
「ちょっと約束ができて……」
「約束?」
興味深そうにオウム返しするリボーンに、聞くんじゃなかった、と少し後悔し始めた。
「べつに、リボーンが気にすることほどじゃないって」
「そーか。んじゃな」
……あっさり引いた。いつもならもう少し踏み込むのに。
「そうだ。メモしておけば……」
絶対に忘れたくない約束だ。それをメモ用紙に書いて、部屋のカレンダーの隅に貼りつけた。
『6月17日 誕生日』
名前を書かなくても、きっと覚えていられる。だって、オレを祝ってくれた時和さんのことだ。
来年の6月まで半年以上もある。
まだまだ先なのに、早く来てほしいと待ち遠しく思った。