イレギュラーの正体

 ある日の並盛商店街で、赤いカンフー服を着た子供を見かけた。年頃はランボと同じぐらいだろうか。頭の頂点で一本に編み上げた弁髪が特徴の子だ。

 ……ん? 弁髪で、中国人の子供……? ……あ。殺し屋イーピンだ。

 嵐のアルコバレーノ・フォンの弟子で、一種のポイズンクッキングとして作られた餃子饅を食べて使える餃子拳という拳法の使い手。
 10年後でランキング3位に上り詰めるほどの将来有望な殺し屋だが、今は未熟で、10年後は学生として足を洗っている。それでも人間爆弾≠フ異名は返上できていない……と知識にある。

 関わらない方が吉……なのだけど。

「你好」

 ずっと地図を持ってうろうろしているのだ。
 このままでは警察や不良に掴まりかねないので、ひとまず助けることにした。

『私の名前は時和天音。あなたの名前は?』
『! イーピンといいます。中国語、お上手ですね』

 これでもお母さんから語学力を磨かされた。中国語を含めて数か国語も得意になったのだ。

『地図を持っているけど、どこに行きたいの?』
『道を教えてくれるんですか?』
『うん。もしよければだけど』
『ありがとうございます! お願いします!』

 嬉しそうな声音でお礼を言った。こうしてみると、とても礼儀正しい子だ。
 そうしてイーピンの目的地へ案内して、そこで別れた。



◇  ◆  ◇  ◆



「やっぱり、昨日サイフ落とした時の! 昨日は落としたお金をひろうの手伝ってくれてありがとうございました!」

 翌日の正午。
 教室中の掃き掃除していると、廊下から京子の声が聞こえた。
 気になって覗いてみたら、昨日の弁髪の女の子、イーピンがいた。

「あれ? イーピン?」
『! 天音さん?』

 思わず声をかけてしまうと、イーピンが私に向いた。

「天音ちゃん、知り合い?」
「昨日、道案内してあげたぐらいだけど……」

 不思議そうな京子に答えて、イーピンを見下ろす。

『イーピン、ここは中学校だけど、知り合いでもいるの?』
『実は……あっ』

 ふと、私の後ろに目を向けたイーピンが写真を取り出す。そして険しい顔をさらに険しくして、私に一礼した。

『ご心配をおかけしました』

 そう言って、彼女は私の後ろ側にいる沢田君に近づき、上に指を差して去って行った。
 ……ああ。沢田君を間違えて暗殺しかけるストーリーね。

「天音って中国語できるんだ」
「あ、うん。軽くだけど」

 驚き顔の花にそう返して、残りの掃除時間を真面目に取り組んだ。
 その後、屋上で巨大な爆発が起きたのだった。


 午後の授業も終わらせて放課後になる。
 今日も早く帰るつもりで荷物の確認をしていると、小津君が声をかけてきた。

「時和ちゃん、頼みがあるんだ」
「頼み?」
「中国語の会話、できるんだよな? 教えてくれ!」

 両手を合わせて拝むように頭を下げる。

 まさか、掃除時間の時の……?

「えっと……理由を聞いてもいい?」
「オレ、海外の言葉は書けるんだ。けど、会話は英語とイタリア語だけで、他はつまずいちゃってさ……」

 ……意外とすごい特技を持っていたんだ。バイリンガルではなくトリリンガル……って言うんだっけ?
 私としては教えてもいいけど……。

「うーん。家事があるし……あ」

 そうだ。買い物のついでに中国語で会話しよう。実地ではないけれど、実践するなら日常の中が効率的だ。

「じゃあ、放課後の三十分は会話の練習。その後は買い出しのついでに実践しよう。ときどき中国語で話すから、それにどう返すか訓練するっていうのは?」
「マジ? 助かる! ありがと!」

 小津君は一気に明るい笑顔に変わって喜ぶ。
 不意に、声のトーンに違和感を覚えた。
 普段は変声期前の少年らしい低さなのに、急に女性寄りのアルトっぽい声に変わった。
 きょとんとした私に、小津君は首を傾げる。

「どした?」

 これはいつも通りの声だ。いつも通り、だけど……。

「声、もしかして取りつくろってる?」
「……は?」

 私の質問に、ぽかん、と小津君は目を見開く。口を小さく開けているし、図星かな?

「いや、さっきの声、どこか女の子っぽかったから。喉も肩幅も男っぽくないよね」

 口元に手を当ててしげしげと小津君を見れば、こぼれ落ちそうなほど目を丸くする。
 あ、詮索せんさくしすぎるのは失礼かな。

「っと、ごめんなさい。不躾ぶしつけに見ちゃって」
「……ちょ、ちょっと来い」

 そう言って小津君に連れられて、屋上に出た。

 どうして屋上? ……あ、逃げ場をなくすため?

「いつから気づいてた?」

 小津君は警戒を滲ませた眼差しで私を見つめる。
 やっぱり退路がなくなったか。

「結構前から違和感があったけど、さっきの声で違和感が強くなって」

 違和感の正体がわからなくて戸惑いもある。そんな私の言葉に、小津君は深い溜息を吐いた。

 この反応といい、気づいていたという発言といい……あれ? え、まさか……。

「……え? もしかして……本当に、女の子?」

 困惑気味に訊ねると、小津君はジト目で私を上目遣いで見る。

「取り繕わなくていい。そうだよ。あたしは女だ」

 ぽかん、と今度は私が口を開けてしまう。

 ……え? え、マジで? 嘘でも冗談でもなく?

 疑問符と「!?」という文字が頭にたくさん浮かぶ。
 唖然とする私に、小津君……いや、小津さんは徐々に口元を引き攣らせる。

「……まさか、いま、知った……のか?」

 素直に頷けば、小津さんはガクッと床に膝をついた。

「うそだろおおおおおお!」
「あ、本当に女の子の声だ」
「あああああああああ!」

 ダンダンと床を殴る小津さん。
 全身全霊の嘆きに、罪悪感が込み上げてきた。

「ご、ごめんなさい! えーっと、小津さん、お詫びにうちに来る? 私も秘密、言うから」

 せっかくだから自分がイレギュラーだってことを言おう。どうせ彼女も気づいているだろうし。
 そう思って申し出れば、小津さんは顔を上げた。
 怒っている顔だと思っていたのに、なぜか悲しそうな表情だった。

「……本当にあたしと同じイレギュラーなんだな」
「うん。全四十二巻と小説五巻、読破したよ」
「・・・。はあ!? 何それ知識チート!?」

 頓狂とんきょうな声を上げる小津さん。
 さっきの悲しげな顔は何だったのか。胸に疑問というしこりができたけれど、苦笑いを浮かべる。

「小説は少ししか覚えてないよ。一巻は跳ね馬誕生秘話。二巻は凪と黒曜組の邂逅話と、争奪戦前の暗殺部隊の前日譚。三巻は争奪戦後のバジルとランチアの後日譚。四巻は雲雀さんとペンギンの話と、王子と毒舌蛙のしりとりゲーム。五巻は雲雀さんと笹川了平のボクシング部にまつわる話と、今年の沢田君の入院の裏話と、継承式編で登場するマフィアの話……までは覚えているけど」
「ほぼ重要秘話ばかりじゃねーかあぁ! つーかなに!? ペンギンって! しりとりゲームって! めっちゃ見たいんだけど!! あたし未来編が終わったとこまでしか見てないのにィ! 羨ましすぎだろチックショー!」

 小梅なんちゃら?

 マシンガントークのように鬱憤うっぷんを吐き出す小津さん。
 気持ちは分からなくもないけど、ちょっと興奮しすぎでは……?

「えーっと……うちに来る? 覚えている範囲でいいなら教えるけど」
「神ィ!! ぜひお願いしやっす!」

 ガシッと私の手を握った小津さんの気迫に気圧された。
 でも、まぁ……同士が増えるなら、いいかな?



◇  ◆  ◇  ◆



 その後、我が家に来た小津さん――本名『小津千尋』に覚えていることを話した。
 予定していた時間よりオーバーしてしまったが、夕飯作りを手伝ってくれたのは助かった。

「ところで、千尋は雪の守護者なんだよね?」
「……どこで知った?」
「勘。チェッカーフェイスから因果のリングを貰う際に存在は聞いたけど」
「勘で当てる天音ってすごくね?」

 夕食後、玄関で見送ろうとしたときに訊ねると、千尋は脱力感を滲ませて言った。

「それより、天音はツナのことどう思ってんの?」
「……沢田君? どうして?」

 急な質問に首を傾げると、千尋は嘆息した。

「最近のツナ、様子がおかしいって気づいてるよな。原作ではありえない行動もそうだけど、憧れの京子ちゃんより別の誰かに惹かれている。それも無自覚に」
「……」

 ……なんとなく気づいていた。
 未来にタイムスリップして、10年後の沢田君の言動で違和感を持っていたけれど、沢田君の誕生日で少しずつ形になってきた。

 でも、どうしても否定してしまう。彼は、本当は京子が好きなんじゃないのか。

 憧れと恋愛は別物だ。それでも原作の沢田君は、京子に好意を持ち続けた。
 それが……まさか、私に向いている? 何の冗談だろうと、思ったのに……。

「……私は、沢田君が好きだよ。でも、それが恋愛なのかわからない」
「わからないって……」

「最近、夢を見るの。知らないはずの誰かに失望されて、二度と会えなくなる夢」

 私の言葉に、千尋は目をみはる。
 薄暗くなった空間でははっきりと判別できないけれど、どこか傷ついた様子だった。

「私≠ヘ誰か≠フ何か≠ェ変わることを望んだ。私≠ヘ彼ら≠フ何か≠変えたかった。ただ、笑っていてほしくて……幸せになってほしかった……んだと、思う」

 言葉にすると、自分が自分ではなくなりそうな感覚に陥る。
 口に手を当てて不安定な感覚を抑え込んで続けた。

「自己犠牲、だって……欺瞞ぎまんだって、わかって……いる、のに……」

 急に呼吸が乱れてきた。目の奥が熱くなって、大粒の涙が頬を伝う。
 本当にわからない。ただの夢なのに繰り返されて、それに振り回されるなんて。

「……ごめん。変なこと言っちゃって……」
「天音」

 玄関先にいた千尋が私に近づく。
 ぼやける視界の中で見れば、千尋は私に抱きついて背中を撫でた。

「それが何なのかわかるか?」
「……わからない。何なの? あの夢……どうしてあんなのを見続けるの……?」

 涙に濡れた声で、自分が混乱していると漠然ばくぜんと悟る。

「こわいよ。じぶんが……じぶんじゃなくなりそうで……っ」

 喉が引き攣る。ただの夢なのに、ここまで追いつめられるなんて……。

「大丈夫。いずれわかるはずだ」
「……本当?」
「おう」

 ポンポンと背中を叩かれて、少し気が楽になる。
 知りたいけど、知るのが怖い。でも、いずれわかると千尋が言うのなら信じてみよう。

 自分という個≠ェ壊れないよう心に決めて、私は涙をぬぐった。


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