劣等生の本音

「大変だー!!! 山本が屋上から飛びおりようとしてる!!」

 翌日の朝、青ざめて教室に駆け込んできたクラスメイトが叫ぶ。
 エエッ!? と誰もが驚きの声を上げるけど、山本武の人柄を思い出して否定する。

「山本って、うちのクラスの?」
「あいつにかぎってありえねーだろ!」
「言っていい冗談と悪い冗談があるわ」

 彼をよく知る男子生徒と、ファンクラブに所属する女子生徒が信じられないと言う。
 だが、知らせに来た男子生徒は現実を告げた。

「あいつ、昨日一人居残って、野球の練習してて、ムチャしてうでを骨折しちまったらしいんだ」

 誰もが知らない情報を聞いて、クラスメイトの中で一番青ざめたのは沢田綱吉だった。

「とにかく屋上にいこうぜ」
「おう!」

 クラスメイトの全員は揃って教室から出て行き、屋上へ向かう。

 それを見ていた私は気後れする。
 転生するずっと前の私も似たようなことをしたけど、状況が違う。
 私は周りの環境が嫌いで、絶望を知って、逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
 何度も逃亡や自殺をはかった。でも、周りが悲しむし、最終的に邪魔されて失敗した。
 今となっては、自殺で悲しみを振り撒かなくてよかったと安堵している。

 だから――山本武の愚行ぐこう苛立いらだった。

「ツナ君、いこっ!」
「あ……うん! ト…トイレにいったらいくよ…」

 笹川京子が誘うが、沢田綱吉は先に行くように促す。
 それを見た小津尋は眉を寄せ、笹川京子に声をかける。

「笹川、先に行こ」
「……うん」

 少し沈んだ表情で頷いた笹川京子は、教室から出ていく。
 小津尋も後を追って入口に手をかける。

「ツナ、信じてるからな」
「えっ」

 一言だけ言い残して走って行った小津尋。
 意味が解らなかったのか立ち尽くす沢田綱吉。

 ……やっぱり彼も転生者なのかもしれない。普通ならあそこで「信じてる」なんて言わないはずだ。

 結局、残ったのは私と沢田綱吉だけ。

「あ、れ……? 君は行かないの?」

 呆然としていた沢田綱吉が私に気づいた。
 しまった。モブキャラとして流されるように行くべきだった。

「あなたこそ行かないの?」

 自分の失態に苛立って、冷たさのある淡々とした声で言う。

「友達なんでしょう? なのに何でトイレに行ってからなんて言うの?」
「そ、それは……」

 笹川京子に言った言葉。思い返してみれば逃げようとしているとしか聞こえない。

「みんなは行っているのに、あなただけ言い訳を作って逃げるなんておかしくない?」

 的を射た言葉で沢田綱吉を責める。
 私は彼が嘘を吐いたことを知っている。だから淡々とした口調で続ける。

「何で逃げるの。何で現実から目を逸らすの。あなたは自分がかわいいだけなの?」
「っ……じ、じゃあ何で君は行かないんだよ!」

 耐え切れなくて逃げるように言い返す。
 そんな彼に嘆息して、無情な言葉を紡いだ。

「嫌いだから」
「……え」

 思わない返しだったようで、絶句する沢田綱吉。
 それに構わず続ける。

「簡単に命を捨てるような人は大嫌いだ。あんな子、見届ける価値もない」

 怒気をはらんだ声で吐き捨てると、沢田綱吉は肩を震わせつつ眉をひそめた。

「価値がないって……そんな酷いこと……」
「……彼から聞いたよ。あなた、『努力しかない』って言ったんだって?」

 沢田綱吉が、ギクッと肩を震わせた。

「私は自分や他人を守るために吐く嘘は受け入れられる。けど、あなたがした嘘は嫌いだよ。虚栄心で彼を追い詰めて傷つけたんだから」

 自分が最低な人間だってことは自覚している。けど、こういった心を傷つける行為は嫌いだし、したくない。
 だけど、彼は見栄のために嘘を吐いた。それだけは許せない。

「私を最低だと思うのは別にいい。でも、逃げてるあなたの方が最低だ」

 はっきりと罵る私に、沢田綱吉は怖がって青ざめる。
 臆病者だけど、彼にはやるべきことがある。そして、それを成しげる力がある。

「あなたは今まで、何を思って活躍してきたの。努力? 見栄? 違うでしょう。何で本当のことを言わなかったの」

 見透かした言葉の後、溜息を吐いた。

「ありのままを言えば、こんなバカげたこと、止められるかもしれないのに」

 本心を言えば、沢田綱吉は瞠目した。

 あと、ひと押し。

「あなたには彼を救う権利がある。早く行って、助けてあげて」

 私は手出しなどしない。代わりにふるい立たせる言葉を贈る。
 目を見開いた沢田綱吉は口を開きかけたが引き結び、強く頷いた。

 急いで教室から出る――と思ったが……

「君も行こう」

 ……は?

「話聞いてた? 行きたくないって……」
「そうだけど、ちゃんと山本を救ったってとこを見てほしいんだ」

 ……この子、本当にあの沢田綱吉?
 いつも弱気で、好きな女の子以外は積極的に関わろうとしない。
 そんな彼が、私に見届けてほしい?

 冗談かと思ったけど、彼の目は本気だ。

「……ハァ。わかった。じゃあ、急ぐよ」
「! ……ありがと」

 肩の力を抜いた沢田綱吉は、力のない笑みを浮かべた。
 そして引き締め、私と一緒に屋上へ駆け出した。



 屋上に出ると人集りができていた。
 クラスメイトから他のクラスの生徒。
 そして、今にも折れそうな錆びたフェンスの向こう側に立つ、右腕をギブスで固定した山本武。

「オイオイ、冗談きついぜ山本ー!」
「そりゃやりすぎだって」

 クラスメイトが冗談だと受け取ったまま声をかける。
 右腕をギブスで固定し、三角巾で吊るした山本武は遠くを見つめていた。

「へへっ。わりーけど、そーでもねーんだ。野球の神さんに見すてられたらオレにはなーんにも残ってないんでね」

 能天気で楽観的。野球への熱意は人一倍で、野球のためなら日々の努力も惜しまない。
 けれど、初めての挫折に焦り、骨折という絶望を味わった。
 何もかも投げ出してしまいたいほど追い詰められたのだ。

 いつもと違い覇気はきのない声で、本気だと気づいた生徒達は焦りを覚える。

「まさか…本気!!?」
「フェンスがさびて今にも折れそうなのに!」
「たけしくん、やめてーっ」

 助けようとしても、無理に引っ張ればフェンスが壊れて山本武が落ちる。
 焦る男子生徒や、泣き出す女子生徒。

 これを見て……何とも思わないのか、あいつは……!

 奥歯を噛み締め、腕に爪を立てて怒りを抑え込む。そんな私を一瞥いちべつした沢田綱吉は決意した顔で、群衆の前へ出た。
 沢田綱吉に気づいた山本武は、覇気のない無気力な顔で声をかける。

「止めにきたならムダだぜ。おまえならオレの気持ちがわかるはずだ」
「え?」
「ダメツナってよばれてるおまえなら、何やってもうまくいかなくて死んじまったほーがマシだって気持ちわかるだろ?」

 自分勝手な山本武の言葉に、余計腹が立った。
 一方、沢田綱吉は思ってもみなかった言葉だったようで戸惑った。

「えっ、あの…っ、いや…山本とオレはちがうから…」

 沢田綱吉は山本武の言葉をうつむきながら否定する。
 すると、山本武のかんに障ったのか、彼は嫌味を吐き出す。

「さすが最近活躍めざましいツナ様だぜ。オレとはちがって優等生ってわけだ」
「え! ち、ちっ、違うんだ! ダメな奴だからだよ!!」

 八つ当たりする山本武に、沢田綱吉は焦って誤解を正そうとする。
 ダメな奴だからと自分を罵った沢田綱吉に、山本武は目を見開く。

「オレ、山本みたいに何かに一生懸命打ち込んだことないんだ…。「努力」とか調子のいいこと言ったけど、本当は何もしてないんだ。………昨日のはウソだったんだ………ごめん!」

 ちゃんと昨日の嘘を告白して謝った沢田綱吉は続ける。

「だからオレは山本とちがって死ぬほどくやしいとか挫折して死にたいとか…そんなすごいこと思った事なくて…。むしろ死ぬ時になって後悔しちまうような情けない奴なんだ……………。どーせ死ぬんだったら死ぬ気になってやっておけばよかったって。そんなことで死ぬのもったいないなって……………」

 自分の気持ちを誰かに伝えるという勇気を持つ人は少ないと思う。それを大勢の前で言えるなんてすごいと思う。
 そんな勇気がある沢田綱吉が、少し羨ましい。

「だからお前の気持ちはわからない…ごめん…。じゃ!」

 沢田綱吉は逃げるようにきびすを返す。
 けど――

「まてよツナ」

 山本武は服の袖を掴むと、沢田綱吉は足を滑らせてフェンスに当たる。
 脆くなったフェンスは壊れて、落ちた。

「うわああっ」
「ぎゃあぁあ」

 悲鳴が上がる。誰もが目をつむる。
 この後の展開を知っている私は走ってフェンスに近づき、死ぬ気になった沢田綱吉を見る。

「かゆーーい!!!」

 シリアスな場面を壊す叫びに、私は一瞬噴き出しかけた。咄嗟に手で口を覆ったおかげで気づかれなかったけど、ヤバかった。
 沢田綱吉の旋毛からスプリングが出てきたところを見て、死ぬ気弾による効果だと理解した。

 助かった二人を見て、ほっと安堵した。
 同時に剣呑な顔になる。だって、山本武の愚行は許せるものではないのだから。

 冷たい表情で見下ろした私はきつく目を閉じ、踵を返して屋内へ戻った。


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