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会えない寂しさ

 本日の夕飯は、ジョットの歓迎会。
 お母さんの料理の手伝いをしたかったけど、お客様の相手を優先にとのことで、トランプで遊んだ。
 ババ抜きと神経衰弱が何気に強かったから、お祖母ちゃんから教えられた大富豪やポーカーをしたら、なぜか勝てた。

「祈里、どこでポーカーを知ったんだ?」
「お祖母ちゃんが教えてくれたの」
「……お義母さんが、ね」

 意味深に口にするお父さんに、不穏な空気を感じた。

「お父さん。お祖母ちゃんのこと、怒らないでね。私が気になって教えてもらっただけだから」
「んっ!? も、もちろんだとも! 怒らないよ、ハハハ……」

 ……怒る気だったな。

 ジトッとした目で見つめると、お父さんは「ちょっとトイレに」と言って逃げた。
 むぅ、と最後まで不機嫌な顔で見送ると、ジョットが肩を震わせていることに気づく。

「ふっ、くくっ。祈里は面白いな」
「え。そう?」
「ああ。あの悠宇ゆうさんが逃げたんだから」

 的確な物言いに、確かに、と思って私も笑う。

「それにしても、ジョット君は神経衰弱強いね。一気に五組も取るなんて」
かんがいいってよく言われる。祈里はポーカーが強いんだな」
「運がいいのかな? ロイヤルストレートフラッシュは驚いちゃった」

 自分の手札を見て、小さく笑う。
 まさか最強の手札であるスペードのロイヤルストレートフラッシュが揃うなんて、私でも驚いた。

「あら、もう仲良くなったのね」
「あ、お母さん。ごはん?」
「ええ、できたわよ。祈里、お祖母ちゃんを呼んできてくれる?」
「うん!」

 笑い合っていると、お母さんが頼んできたのでお祖母ちゃんを呼びに向かった。
 さて、ジョットの歓迎会の始まりだ。



◇  ◆  ◇  ◆



 楽しい食事会が終わると、就寝前に勉強する。
 夏休みの宿題もあるけど、一番は語学と中学の勉強を優先している。
 知識はあって邪魔にならないし、力になるから。

「えーっと……『あまり高くないレストランがいいです』は……Preferisco un ristorante non molto caro.……よし、今日はここまで」

 イタリア語の復習を終わらせて、ノートを閉じる。
 その時、扉からノックの音が聞こえた。

 両親……じゃない。ジョットかな?

「はーい」

 返事をしながら扉を開けると、予想通り、ジョットがいた。

「どうしたの?」
「さっきイタリア語が聞こえた。もしかして、祈里が?」

 うん、と頷けば驚かれる。
 確かに幼児がイタリア語を操れるなんて信じられないよね。

「Qual è il nome di questa torta?」
「……! ……Questa è una torta che si chiama Tiramisu.」
「『これはティラミスと呼ばれるケーキです』……だね」

 私がどんなケーキですか、と例題を言えば、ジョットが一拍置いて答えた。
 その言葉を訳せば、ジョットは目を丸くする。

「すごいな……まだ八歳だろ?」
「ふふっ、うん。そういうジョット君も日本語上手だよね。誰から習ったの?」

 はにかみながら訊ねると、ジョットは目を細めた。
 どこか、遠くの景色を見つめるように……。

「友人に、な」

 なつかしそうな声音で、察した。
 きっと前世の仲間の一人、朝利雨月のことだ。
 音楽愛好家だけど、前世の『ジョット』の危機に駆け付けるために楽器を売って、旅費と刀と小太刀を作った、変則四刀流の使い手。

「その友達に……会いたい?」
「……そうだな。でも、会いたくても、もう会えないんだ」

 それはそうだ。『ジョット』は日本に渡って、永住した。
 死に別れたはずなのに、現代いまを生きている。
 自分を知る仲間がいない。それがとても寂しいことなのだと、今になって気づいた。

「祈里? どうした?」

 気づけば涙がこぼれていた。
 子供の涙腺ってもろいから困る。
 特に今は――

「……ごめんなさい。ジョット君の方がつらそうなのに……」

 ジョットが一番苦しいのに、私が泣くなんておかしい。
 涙目をこすって謝ると、ジョットは衝撃を受けた顔で瞠目どうもくした。
 息を詰めたと思えば、綺麗な橙色の瞳から涙がこぼれ落ちた。
 やっぱりつらかったのだと思うと、胸が痛くなった。

「あ、わ、悪い……」

 慌てて涙を止めようとするジョットの手を取って、部屋に入れる。
 ちょっと恥ずかしいけど、背伸びしてジョットの頭を肩に押し付ける。
 今のジョットは放っておけない。

「我慢しなくていいんだよ。泣きたいときは泣かないと、苦しくなるから」
「……」
「会いたいのに会えないなんて……つらいよね」

 湿っぽい声で優しく言えば、ジョットは私の背中に腕を回してしがみついた。

 ずっと泣けなかったのかもしれない。それを思うと悲しくて、涙が流れた。
 それでもジョットの頭を撫でてあげると、彼は呼吸を乱して泣いた。

「声に出していいよ。ちゃんと吐き出そう。明日、また笑えるように」
「っ……ぅっ……ぁぁっ……!」

 掠れた声を漏らす。膝を崩して、座り込んだ。
 痛々しいけど、今は思いきり泣かせてあげたい。
 これまでの苦しみを吐き出せるなら、ここで吐き出させないと心が壊れる。
 だから私は、ジョットの頭を抱きしめて泣き止むのを待った。


「――すまない」
「すっきりした?」

 はなすすって離れたジョットは、恥ずかしそうに頷いた。
 ほっと安心して、部屋にあるティッシュ箱を渡した。

「……祈里は、すごいな」
「そう?」

 こくり、頷いたジョットはティッシュで鼻をかむ。
 すごいと言われても、私はそうとは思わない。
 だって、私は知識として知っているから。
 反則しているのに、すごいわけがない。

「ありがとう、祈里」

 ……でも、ジョットがこうして笑顔になれたのなら、いいかな。



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