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会えない寂しさ
本日の夕飯は、ジョットの歓迎会。
お母さんの料理の手伝いをしたかったけど、お客様の相手を優先にとのことで、トランプで遊んだ。
ババ抜きと神経衰弱が何気に強かったから、お祖母ちゃんから教えられた大富豪やポーカーをしたら、なぜか勝てた。
「祈里、どこでポーカーを知ったんだ?」
「お祖母ちゃんが教えてくれたの」
「……お義母さんが、ね」
意味深に口にするお父さんに、不穏な空気を感じた。
「お父さん。お祖母ちゃんのこと、怒らないでね。私が気になって教えてもらっただけだから」
「んっ!? も、もちろんだとも! 怒らないよ、ハハハ……」
……怒る気だったな。
ジトッとした目で見つめると、お父さんは「ちょっとトイレに」と言って逃げた。
むぅ、と最後まで不機嫌な顔で見送ると、ジョットが肩を震わせていることに気づく。
「ふっ、くくっ。祈里は面白いな」
「え。そう?」
「ああ。あの
的確な物言いに、確かに、と思って私も笑う。
「それにしても、ジョット君は神経衰弱強いね。一気に五組も取るなんて」
「
「運がいいのかな? ロイヤルストレートフラッシュは驚いちゃった」
自分の手札を見て、小さく笑う。
まさか最強の手札であるスペードのロイヤルストレートフラッシュが揃うなんて、私でも驚いた。
「あら、もう仲良くなったのね」
「あ、お母さん。ごはん?」
「ええ、できたわよ。祈里、お祖母ちゃんを呼んできてくれる?」
「うん!」
笑い合っていると、お母さんが頼んできたのでお祖母ちゃんを呼びに向かった。
さて、ジョットの歓迎会の始まりだ。
楽しい食事会が終わると、就寝前に勉強する。
夏休みの宿題もあるけど、一番は語学と中学の勉強を優先している。
知識はあって邪魔にならないし、力になるから。
「えーっと……『あまり高くないレストランがいいです』は……Preferisco un ristorante non molto caro.……よし、今日はここまで」
イタリア語の復習を終わらせて、ノートを閉じる。
その時、扉からノックの音が聞こえた。
両親……じゃない。ジョットかな?
「はーい」
返事をしながら扉を開けると、予想通り、ジョットがいた。
「どうしたの?」
「さっきイタリア語が聞こえた。もしかして、祈里が?」
うん、と頷けば驚かれる。
確かに幼児がイタリア語を操れるなんて信じられないよね。
「Qual è il nome di questa torta?」
「……! ……Questa è una torta che si chiama Tiramisu.」
「『これはティラミスと呼ばれるケーキです』……だね」
私がどんなケーキですか、と例題を言えば、ジョットが一拍置いて答えた。
その言葉を訳せば、ジョットは目を丸くする。
「すごいな……まだ八歳だろ?」
「ふふっ、うん。そういうジョット君も日本語上手だよね。誰から習ったの?」
はにかみながら訊ねると、ジョットは目を細めた。
どこか、遠くの景色を見つめるように……。
「友人に、な」
きっと前世の仲間の一人、朝利雨月のことだ。
音楽愛好家だけど、前世の『ジョット』の危機に駆け付けるために楽器を売って、旅費と刀と小太刀を作った、変則四刀流の使い手。
「その友達に……会いたい?」
「……そうだな。でも、会いたくても、もう会えないんだ」
それはそうだ。『ジョット』は日本に渡って、永住した。
死に別れたはずなのに、
自分を知る仲間がいない。それがとても寂しいことなのだと、今になって気づいた。
「祈里? どうした?」
気づけば涙がこぼれていた。
子供の涙腺って
特に今は――
「……ごめんなさい。ジョット君の方がつらそうなのに……」
ジョットが一番苦しいのに、私が泣くなんておかしい。
涙目をこすって謝ると、ジョットは衝撃を受けた顔で
息を詰めたと思えば、綺麗な橙色の瞳から涙がこぼれ落ちた。
やっぱりつらかったのだと思うと、胸が痛くなった。
「あ、わ、悪い……」
慌てて涙を止めようとするジョットの手を取って、部屋に入れる。
ちょっと恥ずかしいけど、背伸びしてジョットの頭を肩に押し付ける。
今のジョットは放っておけない。
「我慢しなくていいんだよ。泣きたいときは泣かないと、苦しくなるから」
「……」
「会いたいのに会えないなんて……つらいよね」
湿っぽい声で優しく言えば、ジョットは私の背中に腕を回してしがみついた。
ずっと泣けなかったのかもしれない。それを思うと悲しくて、涙が流れた。
それでもジョットの頭を撫でてあげると、彼は呼吸を乱して泣いた。
「声に出していいよ。ちゃんと吐き出そう。明日、また笑えるように」
「っ……ぅっ……ぁぁっ……!」
掠れた声を漏らす。膝を崩して、座り込んだ。
痛々しいけど、今は思いきり泣かせてあげたい。
これまでの苦しみを吐き出せるなら、ここで吐き出させないと心が壊れる。
だから私は、ジョットの頭を抱きしめて泣き止むのを待った。
「――すまない」
「すっきりした?」
ほっと安心して、部屋にあるティッシュ箱を渡した。
「……祈里は、すごいな」
「そう?」
こくり、頷いたジョットはティッシュで鼻をかむ。
すごいと言われても、私はそうとは思わない。
だって、私は知識として知っているから。
反則しているのに、すごいわけがない。
「ありがとう、祈里」
……でも、ジョットがこうして笑顔になれたのなら、いいかな。
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