特異点の崩壊を一時的に食い止めた。
その反動か、体へ負担がかかったようで、意識が途中で途切れた。
「――……?」
けれど気がつけば、寝台の上に眠っていた。
消毒液の臭いで、カルデアの医務室だと理解する。
……よかった。間に合ったのか。
「詩那ちゃん! 目が覚めたんだ。よかった……気分は大丈夫かい?」
深く息を吐き出したとき、ロマニの声が聞こえた。
彼の声を聴いて、安堵した笑顔を見て、実感する。
ああ、帰ってきたんだな、と。
「……帰った、んだ。……私、たち……」
「ああ。詩那ちゃんのおかげで間に合ったよ」
ほっと一息ついて体を起こすと、あちこちが軋んだ。
いたっ、と声を漏らせば、ロマニが私を支えてくれた。
「本当は休ませたいけど、ごめん。管制室に来てほしい。これからの方針を決めたいんだ」
「……ん」
いよいよ、か。長かったなー。
なんて思いながら管制室に行くと、ほとんどのスタッフが集まっていた。
その中には、マシュも。
「詩那さん! よかった……目が覚めて何よりです」
「マシュも、体の調子は?」
「はい、私は大丈夫です」
マシュの元気そうな表情に安堵する。
そしてちょうど、管制室に藤丸君が到着した。
「おはようございます先輩。無事で何よりです」
「おはよう。助かったんだね、マシュ、神崎さん」
「はい。先輩が手を握ってくれたおかげです。二度ある事は三度あるという格言を信じたい気持ちです」
マシュの不思議な発言に、ふふっと笑ってしまう。
短期間でここまで人間らしさを手に入れた姿を見て嬉しくなったのだ。以前のマシュは感情の起伏が乏しく、一部の人以外に心を開いてくれなかったから。
私の前では少し人間らしかったけれど、不安定だったし。
それを思うと、やっぱり藤丸君の存在は必要不可欠なんだなぁと実感した。
「コホン。再会を喜ぶのは結構だけど、今はこっちにも注目してくれないかな」
咳払いをして注目をひきつけたロマニが、感謝の言葉から始めた。
「まずは生還おめでとう藤丸君、詩那ちゃん。そしてミッション達成、お疲れさま。なし崩し的にすべてを押しつけてしまったけど、君たちは勇敢にも事態に挑み、乗り越えてくれた。その事に心からの尊敬と感謝を送るよ。特に藤丸君、君のおかげでマシュと詩那ちゃん、そしてカルデアは救われた。所長は残念だったけど……今は
そう言って、その場にいる全員が黙祷をささげた。
オルガマリーが無事に冥福されることを祈って。
「いいかい。ボクらは所長に代わって人類を守る。それが彼女への手向けになる。マシュから報告を受けたよ。聖杯と呼ばれた水晶体とレフの言動。カルデアスの状況から見るに、レフの言葉は真実だ。外部との連絡は取れない。カルデアから外に出たスタッフも戻って来ない。……おそらく、
おそらくと言うが、ロマニは断言する。
藤丸君は息を呑み、口を引き結んだ。
「このカルデアだけが通常の時間軸にない状態だ。崩壊直前の歴史に踏みとどまっている……というのかな。宇宙空間に浮かんだコロニーと思えばいい。外の世界は死の世界だ。この状況を打破するまではね」
「打破……できるんですか?」
神妙な面持ちのロマニに問う藤丸君に、彼は「もちろん」と肯定。
通常なら不可能な現実だが、カルデアでは僅かながら希望がある。
「まずはこれを見てほしい。復興させたシバで地球の状態をスキャンしてみた。未来じゃなくて過去の地球のね。冬木の特異点は君たちのおかげで消滅した。なのに未来が変わらないという事は、他にも原因があるとボクらは仮定したんだ」
深紅から黒に変色したカルデアスに映し出されたそれは世界地図。
ただ、歪んだ渦が所々に点在していた。
「その結果が――この狂った世界地図。新たに発見された、冬木とは比べ物にならない時空の乱れだ。よく過去を変えれば未来が変わる、というけど、ちょっとやそっとの過去
タイムトラベルをしても、タイムパラドックスは最小限のもの。
歴史そのものを変えるということは、まず不可能に近い。
「でもこれらの特異点は違う。これは人類のターニングポイント」
この戦争が終わらなかったら
この航海が成功しなかったら
この発明が間違っていたら
この国が独立できなかったら
そういった現在の人類を決定づけた、究極の選択点。それがターニングポイント。
それが崩されるということは、人類史の土台が崩れることに等しい。カルデアスに映っている七つの特異点はまさにそれだった。
「この特異点が出来た時点で未来は決定してしまった。レフの言う通り、人類に2017年はやってこない。――けど、ボクらだけは違う。カルデアはまだその未来に到達していないからね。分かるかい? ボクらだけがこの間違いを修復できる。今こうして崩れている特異点を元に戻す
ロマニはカルデアスから私達に目を向け、説明から結論に移る。
「結論を言おう。この七つの特異点にレイシフトし、歴史を正しいカタチに戻す。それが人類を救う唯一の手段だ」
そこまで言って、ロマニはより厳しい顔で見据えてくる。
「けれどボクらにはあまりにも力がない。マスター適性者は君と詩那ちゃんを除いて凍結。所持するサーヴァントはマシュだけだ。この状況で君たちに話すのは強制に近いと理解している。それでもボクはこう言うしかない。
マスター適性者9番、神崎詩那。
マスター適性者48番、藤丸立香。
君たちが人類を救いたいのなら。2016年から先の未来を取り戻したいのなら。君たちはこれからたった二人で、この七つの人類史と戦わなくてはいけない。
その覚悟はあるか? 君たちにカルデアの、人類の未来を背負う力はあるか?」
人類をかけた、究極の選択。
私は既に覚悟を決めている。
そして、藤丸君は――
「俺は一般人……ただの人間です。人類を救う救世主や神様なんてのにはなれません。でも……自分に出来る事なら」
覚悟を、宣言した。
「私も藤丸君と同じ気持ちだよ。人類滅亡だなんて、私も嫌だから」
ニッと笑みを作ってロマニを見据えれば、彼は力無く笑った。
「――ありがとう。その言葉でボクたちの運命は決定した」
心からの安堵と感謝を込めた言葉。
そして、キリッと表情を引き締めて告げた。
「これよりカルデアは前所長オルガマリー・アニムスフィアが予定した通り、人理継続の尊命を全うする。目的は人類史の保護、および奪還。探索対象は各年代と、原因と思われる聖遺物・聖杯。我々が戦うべき相手は歴史そのものだ」
私たちの前に立ちはだかるのは多くの英霊、伝説になる。
それは挑戦であると同時に、過去に弓を引く
「けれど生き残るにはそれしかない。いや、未来を取り戻すにはこれしかない。……たとえどのような結末が待っていようとも、だ」
――それは、ロマニ自身が迎えるだろう結末への覚悟のように聞こえた。
「以上の決意をもって、作戦名はファーストオーダーから改める。これはカルデア最後にして原初の使命。人理守護指定・
冠位指定――その名の通りの作戦名を、彼は名付けた。
「魔術世界における最高位の使命を以て、我々は未来を取り戻す!」
これが長い旅の出発点。
序章は終わり、物語が開幕を告げる。
私たちの未来を取り戻す戦いが――はじまった。