絶望に染まる悲鳴。
憎悪を孕んだ哄笑。
抑えきれない歓喜。
複雑な負の感情が絡み合い――
――そこで、目が覚めた。
「……嫌な夢」
冷や汗を感じるほどの夢に、深く息を吐き出す。
あの夢は、今回の
少し不安だし怖いけれど、あの事件≠ニあの実験≠ナいろんな経験をしたのだ。今回も、きっと――
「マスター、起きたか」
不意に聞こえた男性の声。
驚いて起き上がると、昨日召喚したばかりのサーヴァント、赤いアーチャーことエミヤがいた。
「あ……おはよう」
「時間までまだあるが、早く支度して朝食を取るといい……と、言いたいところだが」
ひと呼吸置いて、私をじっと見つめる。
「まずは風呂に入った方がいいんじゃないか? すこぶる顔色が悪い」
……召喚から二日目だというのに気遣われた。
嬉しいな。なんて、頬が緩んだ。
「うん、そうする。ありがとう、アーチャー」
クラス名で名乗ったし、本名は教えられていない。だからクラス名で呼んだ。
すると、エミヤは軽く瞬きして、そっと視線を逸らす。
「エミヤで構わない。これからいろんなサーヴァントと出会うんだろう? 私以外のアーチャーと会った時、混乱を招くだろう」
「……分かった。改めて、エミヤ。レイシフト先でもよろしくね」
改めて言えば、エミヤは頷いてくれた。
簡単にシャワーを浴びて汗を落とし、髪を乾かすとレイシフトスーツに着替え、管制室に向かった。
管制室にはロマニたちがいるけれど、藤丸君とマシュはまだ来ていない。
「おはよう、詩那ちゃん」
「おはよう、ロマン君。ダ・ヴィンチちゃんもおはよう」
ロマニの近くに控えている栗色の髪の女性に挨拶する。
すると、彼≠ヘ軽く目を瞠った。
「大丈夫か? 朝からお疲れ気味だが」
「……あー。その……夢見が悪くて……」
苦笑いを浮かべて答えると管制室の扉が開く。
顔を向けると、藤丸君とマシュがいた。
「あ、藤丸君、マシュ、おはよう」
「おはようございます、詩那さん、ドクター」
藤丸君が挨拶した。
特異点Fの攻略後、名前で呼んでくれるようになったのだ。
まぁ、敬語は外れてくれないけれど。
「おはよう、藤丸君。よく眠れたかい?」
「正直に言うと、あんまり……。それより、このスーツ着ないといけないんですか?」
藤丸君は自分の格好について恥ずかしそうに言う。
仕方ない。レイシフトスーツは体のラインをはっきりと見せるから。
簡単に言うなら、ライダースーツみたいなものだ。
「大丈夫! レイシフト先ではいつもの服装に戻っているから。それにレイシフトの安全性を上げるためにも来てもらわないとね」
冬木に行けたのは奇跡だったと言うけれど、実際その通りだ。
「それでは早速ブリーフィングを開始しようか」
切り出したロマニは、まずは私たちにやって貰いたい事を改めて説明した。
一つ目、特異点の調査及び修正。
その時代における、人類史における決定的な事変=\―ターニングポイント。それが何であるかを調査・解明して、これの修正をする。さもなければ2017年は訪れない。
これが第一の目的、基本大原則である。
二つ目、『聖杯』の調査。
特異点の発生には聖杯が関わっていると、冬木の経験から推測している。
聖杯は一種の願望器。これをレフ・ライノール・フラウロスが悪用したと考えられる。特異点を調査する過程で、必ず聖杯に関する情報も見つけられるはず。私たちは聖杯を手に入れるか、あるいは破壊しなくてはならない。
以上の二点が、この作戦の主目的。
「……さて、任務の他にもう一つやって欲しいことがある。と言ってもこちらは大したことじゃない。レイシフトしてその時代に跳んだ後のことだけど。霊脈を探しだし、召喚サークルを作ってほしいんだ」
冬木のときと違って念話連絡程度ならこのままでも何とかなる。けれど、補給物資などを転送するには、召喚サークルが確立していないといけない。
マシュの宝具をセットすれば、それが触媒となって召喚サークルが起動するそうだ。
「そうすればキミたちも自由にサーヴァントを召喚できる。恐らく、召喚されるのはその時代や場所に近しいサーヴァントが主になるだろう」
「そうやって戦力を強化していく訳だ」と説明が終わると、マシュが頷く。
「……理解しました。何はなくとも、まずはベースキャンプを目指す。必要なのは安心できる場所、屋根のある建物、帰るべきホーム……ですよね、マスター? 詩那さん?」
「ああ、頼りにしているよ。それにしてもマシュ、いいこと言うね」
藤丸君がそう言って、マシュを褒める。
すると、マシュは頬を淡く染めた。
「そ、そう言っていただけると、わたしもたいへん励みになります。サーヴァントとしていぜん未熟なわたしですが、どうかお任せください。がんばりますから!」
拳を握って意気込むマシュに、ロマニはうんうんと頷く。
「あの大人しくて、無口で、正直なにを考えているかわからなかったマシュが立派になって……」
「ロマン君。それ、失礼じゃない?」
ジト目でロマニを見れば、彼は視線を明後日の方向へ逸らした。
「おい、そこのお調子者。いつまで私を待たせておく気だ」
ここで、先程からずっといた女性が文句の声を上げる。
彼≠フ存在に、ロマニは顔をしかめた。
「おっと、そうだった。気乗りしないからつい忘れてしまった」
なかなか酷いな、ロマン君。
なんて、言葉にしなくても目で訴えた。
「紹介するよ、藤丸君。彼……いや、彼女……いや、ソレ……いや、ダレ……? ええい。ともかく、そこにいるのは我がカルデアが誇る技術部のトップ、レオナルド氏だ。見た目からわかる通り、普通の性格じゃない。当然、普通の人間でもない。というか説明したくない。なぜなら――」
「……サーヴァント。先輩、たいへんです。この方、サーヴァントです!」
「ええっ!?」
マシュが声を上げると、藤丸君まで叫ぶ。
その反応に、彼≠ヘいい笑顔で自己紹介。
「はい正解〜♪ カルデア技術局特別名誉顧問、レオナルドとは仮の名前。私こそルネサンスに誉れの高い、万能の発明家、レオナルド・ダ・ヴィンチその人さ!」
「はい、気軽にダ・ヴィンチちゃんと呼ぶように。こんなキレイなお姉さん、そうそういないだろ?」と愉快そうに言うダ・ヴィンチちゃんに、藤丸君は困惑から目を白黒させる。それはマシュも同じようだ。
「おかしいです。異常です。倒錯です! だって、レオナルド・ダ・ヴィンチは男性――」
「既成事実は疑ってかかるべきだぞー。というかそれってそんなに重要?」
文句を言うダ・ヴィンチちゃんに、私は苦笑してしまう。
せっかくなので、私が説明した。
「ダ・ヴィンチちゃんはね、発明も芸術も同じように、理想の美を追求しているから。彼にとっての理想はモナ・リザだから、当然の帰結だよ」
「うんうん、さすが詩那。よく理解しているね」
「いや、詩那ちゃん、許容範囲広すぎない? ボクもいちおう学者のはしくれだが、カレの持論はこれっぽっちも理解できないよ?」
嬉しそうに頷くダ・ヴィンチちゃん。ちゃん&tけで呼ぶのなら、これからは彼女≠ニ呼ぶ方がいいだろう。
だけどロマニは許容できないようで、「ねじ曲がった変態」とまで言った。
それこそ酷いよ。サーヴァントの自由くらい尊重してあげようよ。
「キミも覚えておくといい、藤丸。この先、何人もの芸術家系サーヴァントと出会うだろう。その誰もが例外なく、素晴らしい偏執者だと……!」
堂々と豪語したダ・ヴィンチちゃん。
自ら変態性を認めるなんて……さすがというかなんと言うか……。
「なるほど。知りたくなかった事実ですが、ご忠告感謝します、ダ・ヴィンチちゃん」
「よしよし。マシュは相変わらず物わかりがいい。じゃ、私の紹介はこれで終わり」
ダ・ヴィンチちゃんは、主に支援物資の提供、開発、英霊契約の更新等で私たちのバックアップをする。
彼女はカルデアに召喚されたサーヴァントだから、マシュのように各時代には跳んでいけない。けれど、藤丸君か私が正式に契約できたのなら話は別だとも言ってくれた。
まぁ、あの特異点に同行してくれると知識にあるのは秘密だ。