レイシフト


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 自己紹介のためだけに顔を出したのだろう、ダ・ヴィンチちゃんは本当に自己紹介が終わると立ち去った。
 脱力したロマニは、「本題に戻ろう」と疲れ気味に切り出した。

「休む暇もなくて申し訳ないが、ボクらも余裕はない。さっそくレイシフトの準備をするが、いいかい?」
「私は大丈夫」
「俺も、すぐに行けます」

 返事をすると、ロマニはキリッとした顔で管制室の奥――カルデアスの真下にあるものを一瞥する。

「今回は藤丸君専用のコフィンも用意してある。レイシフトは安全、かつ迅速にできるはずだ」

 コフィン――霊子筐体りょうしきょうたい=B
 カプセル状の狭い筒状の中はコクピットに似ている、レイシフトに欠かせないものだ。

 レイシフトとは、つまるところタイムマシンのようにも使える観測機構。

 手法は、コフィンに入るレイシフト適性者の脳波からあらゆる数値を測定する。適性者という個体がどのような数値で成り立っているか≠フ定義づけをする。それが完了したらコフィンに「生きているか死んでいるか分からない箱」へと魔術をかける。そして、霊子変換を行う。
 霊子変換は適性者の肉体を実際に「分解」する。最も危険な過程がこれ。

 適性者がいなくなることで起きる歴史や因果の狂いを計算し、それを補正して世界に適性者が生きていると誤認≠ウせる。
 そのために必要なのは膨大な電力・魔力。それを用いてカルデア内のあらゆる演算装置を駆動させ続け。そして全ての工程が終われば、カルデアスのデータを元に遥かな過去へ跳躍するために霊子投射を実行する。

 ――これが霊子転移レイシフト≠フ仕組みだ。

「特異点は七つ観測されたが、今回はその中でもっとも揺らぎの小さな時代を選んだ。向こうについたら、こちらは連絡しかできない。いいかい? 繰り返すけど、まずはベースキャンプになる霊脈を探すこと。その時代に対応してからやるべき事をやるんだぞ」

 説明が終わると、最後に淡い笑みを見せた。

「では――健闘を祈る、藤丸立香君、神崎詩那君」

 改まった言い方は、なんだかロマニに似合わない。
 でも、これが彼なりの気の引き締め方だろう。

「はい!」「はい」

 私たちは返事をして、藤丸君とマシュがスタッフに誘導されてコフィンに向かった。


 アンサモンプログラム スタート。
 霊子変換を開始 します。
 レイシフト開始まで あと3、2、1……

 全工程 完了クリア
 グランドオーダー 実証を 開始 します。



◇  ◆  ◇  ◆



 爽やかな草の香りと、髪をなぶる風を感じる。
 そっと目を開けると、そこは木々と草原が広がっていた。

「……ふう。無事に転移できましたね、先輩、詩那さん」
「これが……レイシフト? 前と違うね」
「前回は事故による転移でしたから。今回はコフィンによる正常な転移です。身体状況も問題ありません」

 不思議そうに体を動かす藤丸君。
 さっきまでレイシフトスーツ姿だったというのに、カルデアの制服に変わっている。
 不思議そうに服を触っている彼に微笑ましくなっていると――

「フィーウ! フォーウ、フォーウ!」

 なんと、フォウの声が聞こえた。

「えっ、フォウ君!?」

 私の驚く声に連鎖して、マシュも声を上げた。

「フォウさん!? また付いて来てしまったのですか!?」
「フォーウ……ンキュ、キャーウ……」

 しょんぼりとするフォウはかわいいけど、叱られたと思っている反応は見ていて良心が痛む。

 まぁ、彼のことを考えると、付いてこれる理由は分かる。
 けれど、彼の正体を知らない藤丸君とマシュには理解しきれない事態だ。

「フォウもレイシフトできるのか……?」
「……そのようです。わたしたちの誰かのコフィンに忍び込んだのでしょう。幸い、フォウさんに異常はありません。わたしたちどちらかに固定されているのですから、わたしたちが帰還すれば自動的に帰還できます」
「……そういう事なら問題ないか……」

 ほっとする藤丸君。優しい子でよかった、と安心して、私も頬を緩めた。

「じゃあ、フォウ君のためにも無事に帰らないとね」
「はい。わたしたちは運命共同体です」

 いい表現をするマシュは、リストバンド型の通信機を兼用した機械を起動する。

「――マスター、詩那さん。時間軸の座標を確認しました。どうやら1431年です。現状、百年戦争の真っ只中という訳ですね。ただ、この時期はちょうど戦争の休止期間のはずです」
「休止? 戦争に休みがあるの?」

 戦争というものに縁遠い日本出身の藤丸君には想像できないのだろう。
 そこでマシュが説明した。

「はい。百年戦争はその名の通り、百年間継続して戦争を行っていた訳ではありません。この時代の戦争は、比較的のんびりしたものでしたから」
「のんびりというか、戦争し続けたら人員と物資が消耗する一方だからね。小休止で人員や物資の補給を行わないと、戦争に勝てる見込みは互いに低くなる。だから捕虜交換とかで釈放しゃくほうされるといったこともあったというわけ」

 私が説明に補助を入れると、相槌を打った藤丸君は何かに気付いたようで、空を見上げる。
 つられて見上げた私も、目を瞠った。

「……先輩? 詩那さん?」
「……空を見て」

 藤丸君が掠れた声で言うと、マシュも倣って空を仰ぐ。

「何が……え?」

『よし、回線が繋がった! 画像はあらいけど映像も通るようになったぞ! って、どうしたんだい三人とも? そろって空を見上げちゃったりして』


 マシュも絶句した。
 直後に回線が繋がったロマニは不思議そうに声をかける。
 我に返ったマシュは、真剣な顔で通信機をつけた腕を空に向けた。

「ドクター、映像を送ります。あれは、何ですか?」

 空に浮かんでいるのは、光の帯。
 本来あるはずのない帯の中は、周辺の正常な空と異なり暗い――いや、くらい。


『これは――光の輪……いや、衛星軌道上に展開した何らかの魔術式か……? なんにせよとんでもない大きさだ。下手すると北米大陸と同サイズか……? ともあれ、1431年にこんな現象が起きたという記録はない』

「――宝具?」


 ぽつりと呟いてしまう。

 前世の記憶によれば、第一部の黒幕が放つ宝具だとある。けれど、曖昧な記憶もあるから、はっきりと断言できないものもある。それでもアレが宝具であることは何となく覚えていた。


『詩那ちゃん、アレが何かわかるのかい?』


 記憶――いや、記録を蘇らせていると、ロマニが問いかけた。
 どきりとしたが、努めて平静に答える。


「多分だけど、あの光の輪が広がる範囲内が、特異点の影響範囲内……だと思う」

『どうしてそうだと?』


 もっともな疑念を投げかけるロマニ。
 まぁ……言ってしまってもいいかな。


「私の出身地、どこだか知っている?」

『……いや、聞いたことがない』

「冬木だよ。私、2004年が過ぎるまで、そこに住んでいたから」


 私が生まれた地は冬木。2005年に入るまで住んでいた場所。
 それはつまり――


『ええ!? てことは詩那ちゃん、聖杯戦争に関わったことがあるのかい!?』

「いや、関わったことはないよ。ただ、我が家は聖杯戦争という現象≠ノついて研究していただけ」


 普通の魔術師ならこぞって関わるだろう一大イベント。
 だが、魔術師の名門・神崎家は参加しなかった。
 逆に、聖杯戦争によって起きる現象や霊脈の変化などを調べていた。

 私も幼いながら研究に参加させられて、霊脈の増幅から、サーヴァントが行動できる範囲を調べていた。
 これは実証できたわけではないけれど――


「あの時は、あの光の輪はなかったけれど。それでも何となく推測できることもある。あれは、おそらく人理定礎を破壊する範囲だと思う。その範囲内が特異点で、サーヴァントが行う何らかの儀式によって、聖杯の力で光の輪を起動。そして、光の輪が特定した特異点を焼却する。――と、思っているんだけど……」

『……なるほど。その推測は理にかなっているとボクも思う』


 神妙な表情で同意するロマニだが、正確かどうか分からないため念を押す。


「でもまぁ、これはただの推測だから、深く気に留めなくていいよ」

『いやいや、参考になったよ。そういった情報や考察は、少なくてもあったら嬉しい。となれば、サーヴァントが行うという儀式を阻止すれば、あの光帯は消えるはずだ』


 真剣な声で言ったロマニに、ほっと安堵する。
 その後、現地の調査に専念し、まずは霊脈を探してくれと告げられた。


 
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