ボロボロの砦


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 特異点の調査のために移動していた所、フランスの斥候部隊と接触した。
 マシュが思い切って話しかけると、斥候部隊は戦闘態勢に入ってしまった。

「まぁ、それはそうだよね。自分たちの土地で見たことのない出で立ちをした人間がいたら、誰だって敵国の密偵だって疑うよ」
「そういうもんなの!?」
「休戦中でも戦時中だよ? みんな神経質になるのは当たり前でしょう」

『呑気な解説はいいから! ええい、仕方ない! こうなったら峰打ちだ! 極力流血はナシの方向で! 峰打ちで行こう!』

「盾で?」

 藤丸君と会話していると、ロマニが叫んだ。
 盾で峰打ちは難しすぎないかな? できたとしても、マシュの盾だと圧死になるかも……。

「あー、まぁ、私が何とかする」
「え!? どうやって……」

 藤丸君とマシュが困惑する。
 私は安心させるように、にこりと笑った。

 そして――

【敵意」「が」「静まる】

 統一言語を、行使した。
 世界に話しかける、世界最古の言語。そして、最高の催眠術。
 話しかけた通りに世界が働き、フランスの斥候部隊は目をぱちくりさせた。

「あ、あれ……俺たちは、何を……?」
「隊長……あれは、敵……ではないですよね……?」

 ひそひそと囁き合う斥候部隊たち。どうやら効果はあったようで、ほっと一安心。
 そして、私は手を上げて話しかけた。

「ボンジュール。私たちは旅の者です。もしよければ、どこか休息できる安全な場所に案内してくれませんか? お礼になるか分かりませんが、私たちの保存食を少しだけお分けします。つまみになるか分かりませんが……もしよければどうぞ」

 そう言って虚数空間から取り出したのは、缶詰。しかも、ツナ缶。
 ツナ缶は工夫すれば酒の肴にもなると聞くし、プルタブも付いているから開けやすいはず。たくさん持っているから、斥候部隊の人数分は渡せそうだ。

「それは何だ?」
「保存食です。このプルタブというものに指を引っ掻けて引っ張ると開けられます。試しに食べてみますか?」
「あ……ああ、そうだな……おい、お前。行ってこい」
「じ、自分がですか……? わ、わかりました」

 恐る恐る近づいた斥候部隊の一人。
 銀食器は一般ではない時代だから木製のフォークを出し、見せつけるように缶詰を開ける。ツナのいい香りが漂い、斥候部隊の男の腹の虫が鳴る。

「ふふっ。どうぞ、おいしいですよ」
「う……で、では、失礼して…………美味い! これは一体なんの肉だ?」
「肉は肉でも、魚の肉です。食用油で漬け込んで作ります。対価になりませんか?」
「じ、自分には十分すぎるほどかと……隊長! 本当に旅人のようです!」

 そう言うと、斥候部隊の隊長らしき人が近づいてきた。
 彼はツナ缶の中身を確認し、喉を鳴らして男からフォークを取ると、一口食べる。そして、目を丸くした。

「……確かに、対価には十分すぎるほどだ。いいだろう。我々の砦に案内しよう」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 安ど感から笑顔でお礼を言う。すると、隊長と部下がピキリと固まり、ぎこちなく頷いた。

「……詩那さん、すごいな」
「はい。あんなにスムーズに交渉できるなんて……」

『ほんとコミュ力高いなぁ……』


 三者三様。後ろでそんな声が聞こえたのだった。



◇  ◆  ◇  ◆



 斥候部隊の案内を受けて辿り着いたのは砦。
 ただし、普通の砦とは異なり、砦とは言い難いものだった。

「これは……。酷い、ですね……」

『中がボロボロじゃないか……外壁はそこそこ無事だけど、砦とは呼べないぞ、これ』


 ロマニの言う通り、外から見たときは少し崩れて年紀が感じられたが、中は悲惨といえるほどボロボロ。しかも、負傷兵がたくさん寝かせられている。
 それについて、藤丸君も気付いたようだ。

「負傷兵ばかりだ」
「そうですね。戦争中ではないはずなのに――1431年、フランス側のシャルル七世がイギリス側についたフィリップ三世と休戦条約を結んだはずです」

 マシュがそう言うと、案内してくれた兵士が不思議そうな顔で言った。

「シャルル王? 知らんのか、アンタ。王なら死んだよ。魔女の炎に焼かれた」
「……死んだ……? 魔女の炎に、ですか……?」
「ジャンヌ・ダルクだ。あの方は竜の魔女≠ニなって蘇ったんだ」

 無意識に、息を呑む。
 ジャンヌ・ダルク。彼女は少女でありながら戦争に立ち、兵士たちを奮い立たせた。
 そして、国に魔女≠ニ断罪され、炎に焼かれた――悲劇の聖女。

「イングランドはとうの昔に撤退した。だが、俺たちはどこへ逃げればいい? ここが故郷なのに、畜生、どうすることもできないんだ」

 免罪だった。だというのに、誰もが彼女を魔女と――悪≠ニ罵る。
 でも、今回はそんな生易しいものではない。
 なぜなら、それはジャンヌ≠ナはないから――。

「ジャンヌ・ダルクが、魔女……?」
「ジャンヌ・ダルクって?」
「救国の聖女ジャンヌ・ダルク。。世界的に有名な英雄です。百年戦争後期、征服されかかっていたフランスを救うために立ち上がった女性です。十七才でフランスを救うために立ち上がり、わずか一年でオルレアン奪回を果たしたのですが……イングランド軍に捕縛され、異端審問の末、火刑に処されました」

 知らない藤丸君にマシュが説明する。
 そのあまりの内容に、藤丸君は絶句する。

「……彼女が投獄されてから火刑にいたるまでの日々は、あまりにも惨い拷問と屈辱の日々だったそうです。イングランド側は彼女を聖人ではなく異端者として発表したかった。そのために、あらゆる責め苦で彼女自身の口から私は主の声を聞いてはいない≠ニ言わせたかった。――ですが、彼女は最期まで心を折らなかった。火にくべられた時でさえ祈りを放さなかった」

 その後、名誉回復が行われ、四百年後には正式な聖人として認定された。無力な少女の想いが世界を変えた――その例で言うのなら、ジャンヌ・ダルクは最高級の英霊。
 彼女のクラスは、調停者――ルーラー。異常な聖杯戦争では裁定者として召喚される、特別な英霊だ。


 ――直後、砦の外から大声が聞こえた。


「……ッ! 来た! 奴らが来たぞ!」

 近くにいた兵士が叫んだ。
 一斉にパニックになる砦の中で、ロマニが警報を告げた。


『注意してくれ! 魔力反応がある! 少量の魔力による人体を用いた使い魔……骸骨兵だな。今度はさっきとは違う。思う存分暴れていいぞ、三人とも!』

「了解」
「はい。指示をマスター! 木っ端みじんに蹴散らします!」

 砦の外へ飛び出す二人。
 私も後を追い、令呪に魔力を込める。

 令呪は、左斜めに傾いているけれど線対称。
 三日月の中に桜の形をした五枚の花弁。けれどよく見ると、内側の花弁は外側と同じ、切り込みが入ったように窪んでいる。その窪んだ中には、五芒星――小さな星が刻まれていた。
 星月と桜――夜桜を彷彿ほうふつされる令呪は、桜が好きな私にぴったりだった。

「アーチャー、エミヤ。――力を貸して。敵を薙ぎ払って!」

 告げた瞬間に令呪が淡く光り、エミヤの幻影が現れる。
 ちゃんと実態していない幻影だけど、それでも彼は骸骨兵をいともたやすく倒してくれた。
 剣を得物とする骸骨兵が多かったおかげもあって、あっという間だ。

「ありがとう」

 殲滅が完了して、礼を言う。エミヤは何も反応せず、儚く消えていった。
 これがサーヴァントの戦わせる、ということか。本格的なものは、これとは比べ物にならないのだろうけれど……。

「……ふう。お疲れ様でした」
「アンタたち、あいつら相手によくやるなあ」

 骸骨兵を殲滅し終えて、マシュが一息つく。
 前線に立った兵士が感心の声をかけてくるが、マシュは冷静に「慣れです」と控えめに返した。

「それより申し訳ありませんが、一から事情をお聞かせください。ジャンヌ・ダルクが蘇ったというのは本当ですか?」
「ああ。俺はオルレアン包囲戦と式典に参加したからよく覚えている。髪や肌の色は異なるが、あれは紛れもなくかつての聖女様だ。イングランドに捕らえられ、火刑に処されたと聞いて俺たちは憤りに震えたものさ。だが――彼女は蘇った。しかも、悪魔と取引して!」

 怒りに満ちた顔の兵士に、マシュは「先ほどの骸骨兵のような?」と訊ねる。

「あれじゃない。あれだけなら俺たちでも対処できる」

 兵士が言いかけたその時、空から獣の鳴き声が聞こえた。

「……ッ!!」
「くそ、やっぱりだ! 来たぞ、迎え討て! ほらほら立て立て! ドラゴンが来たぞ! 抵抗しなきゃ食われちまうぞ!!」

『君たちの周囲に大型の生体反応! しかも、速い……!!』


 ロマニが告げ、マシュが「目視しました!」と声を張り上げる。

 私の目にも見えた。
 赤褐色の肌。トカゲのような爬虫類の巨体に生えた、蝙蝠のような一対の翼。
 あれは――

「ワイバーン」
「え、ドラゴンじゃなくて?」
「詩那さんの言う通り。あれは、ワイバーンと呼ばれる竜の亜種体です。間違っても、絶対に、十五世紀のフランスに存在していい生物ではありません!」

 混乱したようにマシュが叫ぶと、ロマニが『来るぞ!』と知らせる。
 マシュが支持を仰(あお)ぐ――その時だった。

「兵たちよ、水を被りなさい! 彼らの炎を一瞬ですが防げます!」

 金糸で縁取られた、純白の旗が視界に映る。
 現れたのは、大きな旗を携えた一人の少女。

「そこの御方! どうか、武器を取って戦って下さい! 私と共に! 続いて下さい――!!」

 声を張り上げる少女。
 サーヴァントだが、反応が弱いとロマニの声が聞こえる。

 前世で見たことがある、あの意匠の旗と姿。
 間違いない。あれは――

「詩那さん!」
「……! 大丈夫、私も行ける」

 藤丸君の声で我に返り、もう一度、エミヤを召喚する。
 前線を行く彼らをサポートするために、私は呪符を構えた。
 ワイバーンに【陰陽数符魔術】が通じるか分からないけれど、やってみなければ始まらない。
 たとえ攻撃が通らなくても、捕縛して倒しやすいようにすることはできる。
 今は戦う事だけを頭に叩き込み、術を行使した。


 
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