燃える町
『ようし、良くやったぞ諸君! いやあ、手に汗とゴマ饅頭を握って見入っちゃったな!』
「ドクター、それはわたしが用意したゴマ饅頭ですね」
『え? あれ? そうなの? 管制室にお茶と一緒にあったから、てっきり……』
「……このオーダーから帰還できた時を想定し、ささやかな労いとして用意していたのです。もちろんドクター用ではなく、現地で活躍したであろう先輩と詩那さん用に」
『マシュ……なんて気の利く子に育って……もしゃもしゃ』
多くのワイバーンを屠った。最後の一頭が倒されると、誰もが安堵の息を吐く。
そんな中で、労いの言葉をかけるロマニとマシュの会話が聞こえた。
ちなみに私たちが戦っていた間、ロマニはゴマ饅頭を食べていたようだ。
『うん。それにしても美味しいね、この饅頭。これなら藤丸君も詩那ちゃんも大喜びだろう!』
「……マスター。カルデアに帰る時、一回分の戦闘リソースを残しておいてください。もうひとり、峰打ちを見舞わせたいエネミーを登録しましたので」
マシュとロマニが後ろでコントじみたやり取りをしているけれど、私はまだ気を抜けない。
なぜなら……。
「そんな、貴女は――いや、お前は! 逃げろ! 魔女が出たぞ!」
戦っていた兵士が、悲鳴じみた叫びをあげる。
「え、魔女……?」
「あの。ありがとうございます」
「いえ、当然です。それより、貴女の名を――」
マシュが不思議そうな顔をしていると、少女が駆け付けてお礼を言った。
律儀な彼女にマシュは名前を尋ねた。
「ルーラー。私のサーヴァントクラスはルーラーです。真名をジャンヌ・ダルクと申します」
彼女にとって、普通の名乗りなのだろう。
しかし、この状況で名乗るにはあまりにも……。
「ジャンヌ……ダルク!?」
「魔女になったとかいう……」
マシュと藤丸君が口々に戸惑う。
するとジャンヌは、沈んだ顔で兵士たちを一瞥した。
「その話は後で。……彼らの前で、話すことでもありませんから。こちらに来てください。お願いします」
真剣な顔で誘うジャンヌ。
その真っ直ぐな視線に、私は頷いた。
「……わかった。行こう、二人とも」
「えっ? 詩那さん、危険では……」
「彼女のサーヴァントとしての力は弱い。そんな彼女が魔女としてフランスを襲っているなんておかしくない? それに、私たちの知らない情報を持っているかもしれないし」
暗に力不足だと事実を言えば、マシュは「確かにそうですが……」と渋る。
けれど、藤丸君は違った。
「俺もついていく。詩那さんの言う通り、これは手掛かりだ」
「キュキュ、キュウ!」
藤丸君とフォウが同意してくれた。それに続き、ロマニも賛成した。
『ボクも賛成だ。弱まっているようだけど彼女だってサーヴァントだ。きっとこの時代の事情に精通している。詳しい話を聞いてみよう』
「……わかりました。お願いします」
マシュがそう言うと、ジャンヌはほっと安心した顔で頷いた。
◇ ◆ ◇ ◆
魔物を倒しながら森の中へ入り、聖女ジャンヌ・ダルクから事情を聴いた。
現在のジャンヌはサーヴァントであり、クラスがルーラーであることは認識できている。けれどサーヴァントとして必要な知識や、肝心のステータスもランクダウン、スキルが使えなくなっている。
しかも、この時代の時点で火刑から数日が経過した程度であり、今から数時間前に現界したばかり、ということになる。英霊にとって肝心な歴史の時間≠ェ足りない。
そもそもフランス王シャルル七世、オルレアンの大虐殺を行ったジャンヌの活動開始時期を考えると、かなりの時差が生じる。
竜の魔女≠ニ呼ばれるもう一人のジャンヌ≠ェ使役しているという、この時代ではありえない存在であるワイバーンのことも考えると……。
「聖杯の可能性が高くなったね」
『まだ憶測の域だけど、ボクらも他人事じゃなくなってきたぞ』
私の一言にロマニが同意して、マシュも状況を把握できたのか私たちに向いた。
「マスター、詩那さん。それにドクター。わたしたちとジャンヌさんの目的は一致しています。今後の方針ですが、彼女に協力する、というのはどうでしょうか?」
マシュが願うように提案した。
すると、藤丸君は……。
「もちろん。任務がなくても協力するよ」
……藤丸君らしい決断を下した。
ロマニに選択を迫られた時と同じで、自分にできる事なら≠ニ受け入れる。
たとえそれが、どれほどつらい道だとしても。
「詩那さんは?」
「……え? あ、うん。マシュの言う通り、目的は一致しているし、何よりジャンヌが竜の魔女≠ニ疑われるのは……私も嫌だから」
「詩那さん……」
自分ではないのに疑われ、嫌われる。そんなの、誰だって嫌だ。
その気持ちを込めて言えば、マシュは嬉しそうに頬を緩めた。
そうして、私たちは任務と並行にジャンヌの手助けをする方針を決めたのだった。
◇ ◆ ◇ ◆
翌朝。森を抜けて、オルレアンの途中にある街ラ・シャリテに向かう。
そこで情報収集をすることになったのだが……。
『――む、ちょっと待ってくれ。君たちの行く先にサーヴァントが探知された。場所はラ・シャリテ。君たちの目的地だけど』
途中でロマニから連絡が入った。
サーヴァントと言われて緊張が走る中、ロマニは困惑の声を上げる。
『あれ、でも遠ざかっていくぞ。……ああ、駄目だロストした! 速すぎる!』
そのサーヴァントは、おそらくライダーだろう。
でも、それより一番問題なのは――目的地であるラ・シャリテにサーヴァントがいた≠ニいうこと。
「……まさか」
嫌な予感が過って呟く。
私の様子に「詩那さん?」と藤丸君の声がかかるが、それに応えられない。
勢いよくラ・シャリテの方角へ顔を向けると、黒い煙が空に立ち昇っていた。
「燃えてる……」
得も言われぬ感情に呼応して肌が粟立つ。
私の声に反応したみんなもそちらを向き、絶句した。
同じ顔色になった三人の様子で、私は落ち着きを取り戻した。
「急ごう」
「え、ええ……!」
動揺するジャンヌも我に返って、私たちは走り出した。
――結論を言うと、ラ・シャリテの街は崩壊していた。
建物は壊れ、所々に炎の名残が燻っている。
酷い有様に、ジャンヌは「まさか……!」と悲痛な顔をした。
人間の生体反応はない。命というものは、この街から消えている。
「待って下さい、今、音が……!」
足音らしきものが聞こえたジャンヌは、一縷の望みをかけて踏み出す。
しかし、そこにいたのは生ける屍。
愕然とするジャンヌに襲いかかろうとする魔物。
たまらず私は地面を蹴った。
「詩那!?」
ジャンヌが声を上げる間に、投影魔術で作った細身の剣で魔物を斬り捨てる。
「ぼうっとしない! ショックなのは分かるけど、今は倒して供養しないと!」
リビングデッドは、文字通り肉体を手放さないと魂は解放されない。
神聖な魔術なら一気に一掃できるが、私たちにそれができる者はいない。
私の干渉魔術なら可能だが、今は力を温存したいから使えない。
安らかに供養したくてもできない現状が、とても心苦しい。
その思いを押し殺した私の一喝に、ジャンヌはショックから立ち直って、覚悟を決めた顔つきに変わる。
「すみません。行きます!」
リビングデッドの殲滅が始まった。
私は令呪を媒介にサーヴァントの幻影を召喚し、協力を得て蹴散らす。
次いで来たワイバーンも仕留め、なんとか戦闘が終了した。
「……」
「ジャンヌさん?」
沈痛な面持ちで俯くジャンヌ。
気付いたマシュが声をかけると、彼女は痛みのこもった声を絞り出す。
「……これをやったのは、恐らく私≠ネのでしょうね」
「そうと決まったわけでは――」
苦しそうなジャンヌを励まそうと、マシュがその可能性を否定しようとする。
しかし、ジャンヌは確信をもって首を横に振る。
「いいえ、わかります。その確信が私にはあります。……わからないことは一つだけ。どれほど人を憎めば、このような所業を行えるのでしょう。私には、それだけがわからない」
国を愛し、国を守った。その心は今でも変わらない。そんな自分が、ここまで誰かを憎むなんて考えられない。
今のジャンヌは、そんな心境に陥っているのだろう。
「……確かに。ジャンヌはこの国のために立ち上がって、イギリスで殺された。イギリスを狙うならまだしも、自分の国を壊して、無力な人まで殺すなんて……ありえない」
「どうしてそう言えるのですか?」
私の同感に疑問を持ったのか、ジャンヌが不思議そうに私を見る。
今の彼女は、自分自身でさえ信用できていない。
でも、それでも私は――
「あなたを見ればわかるから。たとえあなたが自分を信じられなくても、私は信じる」
まっすぐな目でジャンヌを見据えれば、彼女は息を詰めて泣きそうな顔になった。
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