運命の出会い


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 人理継続保障機関フィニス・カルデアの建造物は円形だ。
 カーブを描く廊下を走っていると、ある少女が足早に歩いているところが見えた。
 薄紫色の髪に眼鏡を着けた少女を見て、あ、と走るスピードを落とす。

「マシュ!」
「! 詩那さん?」

 マシュ・キリエライト。カルデアが実行するレイシフトの先行部隊Aチームに所属する少女。
 そして、これから先、主人公の支えとなる主要人物。

「ロマン君を見なかった?」
「ドクター……ですか? いえ、見かけませんでした」
「そっかぁ……。ところで、マシュはどうしてここに?」
「先輩……48番目のマスター候補を部屋に案内していました」

 たずねると、マシュは答えた。
 やっぱりシナリオ通りに行ったか、と思ったが、それより……。

「マシュが初対面の人に先輩′トび……珍しいね」
「そう……ですか?」
「うん。心から呼んでいる気がする」

 感じたことを言えば、マシュは少し無表情をやららげた。

「藤丸立香先輩は、今まで出会ってきた人の中で一番人間らしいです。わたしが人間として生を受けた時、その手本とされたのはきっと彼のような人達なのだろう――そうであったらと思ったんです」
「……そっか」

 人間の手本――いい先輩に出会ったのだと心から感じられる言葉だった。
 ほおを緩めた私は、ぽんっとマシュの頭を撫でた。

「もっと仲良くなれるといいね」
「……はい」

 強く頷いたマシュに、にこりと笑う。

「じゃあ、私はロマン君を探すから。マシュはこれから管制室?」
「はい。詩那さん、またあとで」

 挨拶して、マシュはパタパタと走っていった。
 見送った私は、ロマニがいるだろうマスター候補の部屋に向かい、入った。

 部屋には、ふわふわの髪をポニーテールに結わえた男性と、黒髪の少年がいた。
 黒髪の少年――彼こそがこの世界の主人公となる藤丸立香。
 そしてふわふわした髪の男性が、ロマニ・アーキマン。医療部門のトップだ。

「あ、いた! ロマン君、探したよ」
「あれ、詩那ちゃん? どうしたんだい、こんなところに」

 のほほんと饅頭を食べながら言うゆるふわ系男子に、ひくりと口元が引きる。
 そして、そのまま笑顔を作った。

「バイタルチェックしないといけないって言ったのはあなたでしょうロマニ・アーキマン。なのに新人の部屋でサボって饅頭をむさぼっているとはどういう了見?」
「ごめんなさい」

 口角は吊り上がっているけれど目が笑っていない私の顔に、ロマニは青ざめて謝った。
 ちゃんと反省している反応に溜飲りゅういんが下がり、ふぅ、と息を吐く。

「で……あなたが最後のマスター候補ね」
「は、はい! マスター適性者48番、藤丸立香です!」

 ピシッと背筋を伸ばして名乗る藤丸立香。
 どことなく恐怖しているような様子に、思わず苦笑い。

「そんな固くならなくていいよ。私と歳が近そうだし」
「え、そうなんですか?」
「うん。今年で18」

 年齢を教えると、藤丸君は目を丸くした。
 普通なら高校生で、大学受験生。でも、私は一般の人間のように学校へ通えない。それに魔術師には無縁のものだから、この表現は彼じゃないとわからないだろう。

「私は神崎詩那。日本人だけど、ハーフ同士の両親を持つの」
「あ、だからオッドアイなんですね」

 敬語が抜けない藤丸君。まぁ、初対面だから仕方ない。あとは時間が解決するだろう。
 でも、私の瞳の色がわかるくらい落ち着いているようでよかった。
 ちなみに私のオッドアイは、右眼が瑠璃色、左眼が紫色だ。

「ところで、藤丸君はどうしてここに? 今、管制室で説明会をやってる最中だけど」
「それは……」
「彼、所長に怒られて叩き出されたそうだよ」

 ロマニが代弁して、それを聞いた私は嘆息。

 現在の所長――オルガマリーのことはよく知っている。父親のようにいかなくて虚勢を張りまくって、高圧で高飛車な印象を与えてしまっている。
 気持ちはわからなくもない。今の彼女は精神的に追い詰められているから。

「まったくあの子は……。じゃあ、藤丸君は何も知らないってこと?」
「いや、そこはボクが説明したよ」

 思っていたより物語シナリオは進んでいたようだ。
 そう、と安堵からの相槌あいづちを打つ。

「フォウ!」

 不意に、足元から小動物の鳴き声が聞こえた。
 ふわふわの白い体毛にポンチョのようなマントをつけた、リスのような猫のような、謎の生命体。

「あ、フォウ君。こんなところにいたのね」

 マシュが名付けたフォウ≠ニいう名前。
 愛らしい彼に手を伸ばし、ぽふぽふと撫でてあげた。
 その時、ピピッと音が聞こえた。ロマニの腕につけている通信道具だ。

『ロマニ、あと少しでレイシフト開始だ。万が一に備えてこちらに来てくれないか? Aチームの状態は万全だが、Bチーム以下、慣れていない者に若干の変調が見られる。これからの不安からくるものだろうな。コフィンの中はコクピット同然だから』
「やあレフ。それは気の毒だ。ちょっと麻酔をかけに行こうか」
『ああ、急いでくれ』

 レフ・ライノールの声だ。
 彼は近未来観測レンズ『シバ』を開発した魔術師で、人望が厚い。二代目所長の彼女より周囲に信頼を寄せられている。

 でも、私からすれば猫を被っている気持ち悪い奴としか思えない。 まぁ、正体を知っているから仕方ないけれど。

『ああそれと、詩那君の魔術回路は大丈夫だろうね?』

 ここで私の名前が出てきた。最終確認が済んでいない今、ロマニはどう返すのか……。

「もちろん大丈夫だとも。あれから半年も経つんだ。十分な休養のおかげで、元の状態に近づいている。もう一週間ほど様子を見た方がいいだろうけど、今日はそうもいかないから……仕方ないけどBチームに編成した方がいい」

 ……驚いた。まだ診ていないからはっきり言えないだろうに、つらつらと私の状態を虚偽報告した。

 ――彼はいったい、どこまで見通しているのだろう。

『そうか……だが、重畳だな。詩那君も連れてきてくれ。いま医務室だろ? そこからなら二分で到着できるはずだ』

 ピピッ――通信が切れた。
 ほっとしていると、藤丸君が「……隠れてさぼってるから……」と呆れた。

「……あわわ……それは言わないでほしい……。ここからじゃどうあっても五分はかかるぞ……。ま、少しぐらいの遅刻は許されるよね。Aチームは問題ないようだし」

 これから歴史的な大作戦を行う組織の部長だというのに、適当すぎるなぁ。
 呆れてしまうけれど、今の私には都合のいい展開だ。
奴ら≠フ思惑から外れることができたのだから。


 
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