カウントダウン
「あの……神崎さんはどこか調子が悪いんですか?」
レフの言葉に引っかかったらしい藤丸君の質問。
彼は魔術師の家系じゃないから、どう説明しようかと悩んでいると、ロマニがありのままの事実を説明した。
「半年前の実験で魔術回路の調子が崩れたんだ。そろそろ回復する頃合いで、主治医のボクがバイタルチェックする予定だったんだ」
「魔術回路?」
知らない単語に首を傾げる藤丸君。
当然の反応に、ロマニは頬を引っ掻いて「えーと……」と言葉を探す。
ここは私が説明しようかな。
「魔術師に必要な魔力を通す回路のことだよ。ファンタジー系のゲームで言う魔法使いという職業があるでしょう? ゲームのような『魔法』じゃなくて、現実では『魔術』と置き換えてみて。魔法も魔術も『魔力』がないと使えないけど、それを扱うには『回路』という魔力を伝達するものがないといけないの。血管のようなものだと思ってくれたらいいから」
一般人でもわかるだろう説明をすると、藤丸君は目を丸くした。
魔術師という現実世界に存在するなんて、普通の人間には想像できないだろう。せいぜい創作の物語が関の山だ。
「さて。お喋りに付き合ってくれてありがとう、藤丸君。落ち着いたら医務室を訪ねに来てくれ。今度は美味しいケーキぐらいはご馳走するよ。じゃあ、詩那ちゃん――」
ロマニが呼びかけた時、フッと室内の明かりが消えた。
前触れのないそれに、嫌な予感が過る。
「なんだ? 明かりが消えるなんて、何か――――」
――ドガァンッ
遠くの方で、大きな爆発音が聞こえた。
地響きすら届くほどのそれに、私達は騒然とする。
『緊急事態発生。緊急事態発生。中央発電所、及び中央管制室で火災が発生しました。中央区画の隔壁は90秒後に閉鎖します。職員は速やかに第二ゲートから退避してください。繰り返します――』
「今のは爆発音か!? 一体なにが起こっている……!? モニター、管制室を映してくれ! みんなは無事なのか!?」
けたたましいサイレンの音。
部屋中が赤い光と黒い闇で明滅する。
ロマニの動揺する声の直後、部屋に光が戻った。
同時に、部屋に設置されているモニターに映像が映し出された。
「これは――」
絶句するロマニ。
管制室は火の海。所々が崩れ、最奥にあるカルデアスが黒く変色していた。
「詩那ちゃん、藤丸君。すぐに避難してくれ。ボクは管制室に行く」
「え、私もっ?」
てっきり私も行くのだと思っていたから驚いてしまう。
そんな私に、ロマニは厳しい視線を向けた。
「もうじき隔壁が閉鎖するからね。その前にキミたちだけでも外に出るんだ!」
大人として、子供を守ろうとする発言。
反論する前に、ロマニは部屋から飛び出していった。
「ちょっ……ああもう! 管制室って言ったらマシュがいるのに……!」
「あの娘がっ!?」
悪態を吐いて私が飛び出すと、直後に藤丸君も部屋から出て走った。
すぐにロマニに追いつくと、彼はギョッと目を見張った。
「いや、なにしてるんだキミたち!? 方向が逆だ、第二ゲートは向こうだよ!?」
「そりゃ逃げたいですけど! 俺だって一応招集された候補の一人です! 何も出来る事がないなんて……思いたくない!」
藤丸君の心からの叫びに、「……ああもうっ、そういうの嫌いじゃないけど!」とロマニは悪態を吐いた。
「隔壁が閉鎖される前に戻るんだぞ! いいね!」
……ロマニの言葉には従えない。
確かに魔術回路が快調とは言えない私と、一般人の藤丸君では、どう足掻いても足手まといだ。
でも、それでも私は――――物語を、変えたいんだ。
◇ ◆ ◇ ◆
カルデアの中央区画が爆発した。基点となった場所は、中央管制室。
駆け込むと、そこは火の海。周囲に生存者らしき人影は――ない。
「………………生存者はいない。無事なのはカルデアスだけだ」
「ここが爆発の基点みたいだね」
周囲を見渡すロマニに告げると、彼は重々しく「ああ……」と同意した。
「これは事故じゃない。人為的な破壊工作だ」
「こんなことを人が……?」
今までこういったものを現実で目にしたことがないだろう藤丸君は茫然とする。
直後、アナウンスが流れた。
『動力部の停止を確認。発電量が不足しています。予備電源への切り替えに異常、が、あります。職員は、手動で、切り替えてください。隔壁閉鎖まで、あと、40秒。中央区画に残っている職員は速やかに――』
アナウンスの音声も途中で途切れ始めた。本格的に内線も壊れ始めている。
それを聞いたロマニは口を引き結び、重々しく言った。
「……ボクは地下の発電所に行く。カルデアの火を止める訳にはいかない。詩那ちゃん、藤丸君を連れて急いで来た道を戻るんだ。まだギリギリで間に合う」
カルデアの地下にある『プロメテウスの火』――大切なカルデアの炉だ。
この火を消してはカルデアの魔力リソースが途絶えてしまう。
それは理解できる。でも、どうして私まで逃がそうとするの? 私も魔術師で、ここの研究員であり、技術者なのに――。
「いいな、寄り道はするんじゃないぞ! 外に出て、外部からの救助を待つんだ!」
ショックを受けている間にロマニは管制室から出ていく。
続いてアナウンスが『システム、レイシフト最終段階に移行します』と告げる。
『座標、西暦2004年、1月、30日、日本、冬木』
……いよいよだ。
胃がキリキリするけれど、その前に――
「早くマシュを探さないと……!」
「はい! オレ、あっちを見てきます!」
そう言って、藤丸君は駆け出した。
『ラプラスによる転移保護、成立。特異点への因子追加枠、確保。アンサモンプログラム、セット。マスターは最終調整に入ってください』
背景音楽のようなアナウンスを聞きながら周囲を見渡す。
声を上げたくても、火の回りが早くて息が苦しくなる。
口に手を当ててあてもなく進んでいると、「マシュ……!」と藤丸君の声が聞こえた。
「見つかった!?」
「はい、こっちです!」
藤丸君の声がする方へ走る。
そして、そこで見た光景に、唖然とした。
マシュがいた。それはいい。
けれど、レイシフト用のボディスーツを着た彼女の下半身が……大きな瓦礫に、押し潰されていた。
目を覆いたくなる光景に、体中の肌に怖気が走った。
まるで、あの事件≠ニ同じ光景が、被って見えて――。
「マシュ……っ」
「詩那……さん……?」
掠れた声で私を呼ぶ。
今にもこと切れそうな意識を繋ぎ止めているようで、私は急いで魔術を行使した。
【彼女達」「を」「守り」、「瓦礫」「のみ」「壊せ】
正確には、ただの魔術ではない、ただの言葉。
『統一言語』と呼ばれる、世界で初めて使われた始まりの言語。
世界に話しかけることで一種の催眠術を行使する。そんな力を持つ、バベルの塔ができる以前に存在したもの。
そこに魔力を送ることで効力を上昇させ、二人の周囲にある瓦礫が粉々に砕けた。
「えっ!?」
「安心して、私の魔術だから! マシュ、しっかり、今助ける……!」
見たことのない現象に驚愕する藤丸君を落ち着かせて駆け寄ると、頭から血を流すマシュが諦念の眼差しで言った。
「…………いい、です……助かりません、から。それより、はやく、逃げないと」
不意に、鈍い音が聞こえた。
驚いてそちらに振り向けば、カルデアスが真っ赤に染まっていた。
「「!?」」
「あ…………」
『観測スタッフに警告。カルデアスの状態が変化しました。シバによる近未来観測データを書き換えます。近未来百年までの地球において、人類の痕跡は、発見、できません。人類の存続は、確認、できません。人類の未来は、保証、できません』
心臓が、痛いほど跳ねる。
カルデアスがこうなった以上、もう後戻りはできない。
物語が――運命が加速する――。
「カルデアスが……真っ赤に、なっちゃいました……いえ、そんな、コト、より――」
『中央隔壁、封鎖します。館内洗浄開始まで、あと、180秒です』
「……隔壁、閉まっちゃい、ました。……もう、外に、は」
絶望的状況。
私なら切り開けるだろうけど、二人を連れたままでは時間以内に脱出できない。
でも――
「……なんとかなるさ」
藤丸君の言葉に、少しだけ勇気づけられた。
どうせ、これから迎える未来のために往くんだ=B
なら、焦っても仕方がない。
『コフィン内マスターのバイタル、基準値に、達していません。レイシフト、定員に、達していません。該当マスターを検索中・・・・発見しました。適応番号9、神崎詩那、適応番号48、藤丸立香、を、マスターとして、再設定、します。アンサモンプログラム、スタート。霊子変換を開始、します』
いよいよ始まる。私たちの物語が。
覚悟を決めていると、マシュがか細い声で囁いた。
「…………あの………………せん、ぱい。詩那……さん。手を、握ってもらって、いいですか?」
「……うん」
「これでいい?」
私が頷き、手を伸ばす。
先に藤丸君がマシュの手を握って、安心させるよう微笑みかけた。
『レイシフト開始まで、あと3、2、1』
私が触れるか触れないかの所で。
『全行程、完了。ファーストオーダー、実証を、開始、します』
意識が、暗転した。
プロローグは終わり。
未来をかけた物語の序章が、始まった。
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