はじまりの航海


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 ――苛烈な熱気が肌を焼く。
 次いで感じる額から流れる汗で、意識が戻った。

「ぅっ……ここ、は……?」

 虚ろな目で見上げた空は、暗黒。
 アスファルトが焼ける臭いで脳が麻痺する。
 見覚えのない景色。普通なら夢だと錯覚してもいい。
 でも、思い出す。意識を失う前、私はいったい何をしていたのかを――。

「――! マシュ! 藤丸君!? つぅっ……!」

 バッと跳ね起きて叫ぶと、脳に痛みが走る。
 倦怠感けんたいかんが酷い。つらくて、もう少し横になりたくなる。
 でも、駄目だ。感覚を広げてみると、敵性の魔力を感知したから。

「……ここが……あの、冬木……?」

 ふらふらと立ち上がって周囲を見渡す。
 私以外に人間はいない。サーヴァントもいない。
 あるのは敵性の魔力のみ。

 ひとまず私と同じくレイシフトしているはずの藤丸君とマシュと合流することを目標としないと。いつエネミーとサーヴァントが襲ってくるかわからない。

「現在地は……そうだ、通信機」

 敵性が少ない場所へ向かっている途中で、左腕につけているリストバンド型の通信機を起動する。
 ピピッと音がした直後、ロマニの姿が映し出された。

『えっ、この通信は……詩那ちゃん!?』
「あ、ロマン君。よかったぁ、繋がった」

 ほっと安堵から声を出すと、ロマニの表情も和らいだ。

『無事だったんだね。よかった。本当によかった……あぁ、藤丸君、マシュ、それと所長、詩那ちゃんから連絡が入った。彼女も無事だよ』

 ロマニ以外の声が微かに聞こえたと思ったら、ロマニが藤丸君とマシュと、二人以外の人間に告げた。
 所長……あぁ、そういえば彼女は……。

「所長、無事だったの?」
『うん? ああ。……奇跡的にね』
「……そっか」

 今の私はぎこちない顔で笑っているだろう。
 複雑な心境になってしまうけれど、今は進まないと。

「ロマン君、みんなと合流するにはどっちに行けばいい?」
『山側に学校がある。今はそっちに向かっているから。それと、三人の他にキャスターのサーヴァントがついている。彼は味方だから安心してくれ』
「サーヴァント? ……あぁ。そういえば聖杯戦争があったっけ」

 独り言のように呟くと、ロマニは『さすが、冴えているね』と苦笑した。

『事情は移動しながら説明するから』
「了解。……敵と交戦しながらでもお願いね」

 そう言って、接近してきた骸骨のような敵に向けて、腕を振るう。
 右手にあるのは、一振りの打刀。
 魔力のみでオリジナルの鏡像レプリカを作る魔術――投影魔術グラデーションエア
 普通なら時間が経てばすぐに壊れてしまうけれど、私の場合、強化魔術をかけているから、魔力を送り続けていれば消えない。

『詩那ちゃん! 魔術回路の調子はっ?』
「今のところ大丈夫。ただ、感が鈍っているから……これで肩慣らしする」

 そう言って、集まってきた骸骨に向かって走り出した。



◇  ◆  ◇  ◆



 骸骨達を無傷で片付け、身体に強化魔術をかけて移動する。
 その間にキャスターがどういった経緯で藤丸君とマシュについているのか聞かされた。

『――というわけなんだ』
「つまり、セイバーが守っている大聖杯を破壊または回収しないと、この特異点は戻らないってことね。了解。もうすぐ着くから――」

 一瞬、嫌な感じがした。
 頭上から。


「――!」


 咄嗟に回避すると、私が進もうとした先に何か≠ェ落ちた。
 いや――何か≠ェ降ってきたのだ。

 黒々とした巨大な影。
 さっきまで相対した敵とは比べ物にならない強い霊基。
 恐怖すら感じてしまうほど、絶対的な威圧が肌を刺す。

「……は、ははっ」

 聖杯の泥を浴びて狂化したサーヴァント。
 しかも彼≠ヘ、彼≠ェ生前の際に会ったことがある=B
 半年前の、あの実験≠ナ――。


「久しぶりね。……こんなところで遭うとは思わなかったよ。――ヘラクレス」


 ヘラクレス。ギリシャ神話に登場する、ギリシャ神話最大の英雄。
 ゼウスとアルクメネとの子で、イアソンとともにアルゴノーツ船で諸方を遍歴し、怪物を退治した。
 妻の嫉妬で、非業の死を遂げた彼は、「十二の試練」をもとにした宝具を持つ。

 宝具『十二の試練ゴッド・ハンド』。十一回も自動蘇生する神の祝福呪い
 この世界『Fate/Grand Order』では召喚されると適応されないらしいが、現時点ではそういうことはないだろう。

『詩那ちゃん! 今、ヘラクレスと言わなかったかい!?』

 不意に聞こえたロマニの声で、そう言えば通信は繋がったままだったと思い出す。

「聞き間違いじゃない? とりあえず切るね。彼、話ながらじゃ倒せないし」
『倒す!? 相手はサーヴァントだ! そんな無茶な危険は――』

 一方的に通信を切る。
 ずっと様子を窺っているヘラクレス……いや、バーサーカーを見据える。

「お待たせ。私の声は届いているか分からないけど……いま言えるのはこれだけ」

 投影魔術で打刀を作り、強化魔術で補強。
 そして、別空間にしまっている三枚の長方形の紙を出し、左手の指に挟んで構える。

 紙には、朱墨で描かれた篆書字と、四隅に書かれたいくつかの数字。

 これは我が家・神崎家が代々追い求めて、私が完成させた魔術の結晶。
【陰陽数符魔術】――陰陽術とカバラ数秘術を合わせた複合魔術だ。


「座に還してあげる」


 刀の切っ先を向けて、宣言した。

「■■■■■■■――!!」

 バーサーカーが叫ぶ。
 岩のような巨大な武器を振り下ろしてくる。それを横に踏み出すことで回避し、二歩目で前へ踏み込む。

「吹き来る風、白刃の如く=I 『風刃』!!」

 一枚を放てば、バーサーカーの心臓に目掛けて風の刃が飛ぶ。
 しかし、バーサーカーは瞬時に身を捩って、胸ではなく首に受けた。
 すぐさま地面を蹴って後方に飛び退けば、岩の剣が残像を薙ぐ。
 回避の直前に投げた打刀は、バーサーカーの眉間に刺さっている。
 けれど、私の狙いである霊核から外れている。しかも、すぐに蘇生された。

「はっ……さすが神話の大英雄。狂化しても頭が回る」

 いや、もしかすると本能なのかもしれない。
 なんて呑気に考察しながら、次の手を打つ。

からめとりたまわずんば、不動明王の御不覚、これに過ぎず∞つなぎ留めたる風の綱、行者ぎょうじゃ解かずんば、とくべからず=\―不動明王・空縛り=\―『風縛ふうばく』!」

 襲いくるバーサーカーの攻撃を回避しながら大和言葉で朗々と詠唱し、二枚目の紙を放つ。
 すると、一陣の風が吹き荒び、蛇のようにバーサーカーの巨体に絡みついた。
 強力な縛魔術に、ヘラクレスは動けなくなった。

 同時に作った三本の黒鍵こっけんを、眉間と首と心臓部に時間差で投擲とうてき

 眉間に突き刺さる。首の頸動脈が斬れる。
 時間差で蘇生されていくが、一番狙っていた心臓部への攻撃に舌打ちしたくなった。
 心臓部にはそんなに深く突き刺さらず、蘇生したのだ。

「これで五回……あと六回か」

 おそらくだけど、数えるとそうなる。
 手っ取り早く倒すには霊核を破壊すること。でも、あの頑丈さでは難しいし……。

「……あ」

 そうだ。あれなら――

「■■■■■■■■■――!!」

 バーサーカーが叫ぶ。その一瞬で『風縛』が破れた。
 すぐさまその場から飛び退けば、バーサーカーの大剣が地面に叩きつけられる。

 大地が揺れるほどの衝撃。
 着地した直後に感じた振動のせいで足元がふらつき、転んでしまう。

「いつっ……しまっ……!」

 しまったと言いかけたが、すぐ近くにある拳大の瓦礫を見つけて、咄嗟に掴んでバーサーカーに投げる。

 バーサーカーは羽虫を払うように片手で落とすが、その一瞬で体勢を立て直す。
 直後、倒れていた場所にバーサーカーの大剣がめり込んだ。

「うっ……わぁぁ……っ」

 危なかった。あと少しで死ぬところだった。
 鳥肌ものだよ……。

 恐れおののきながらも動きは止めない。瞬時に投影魔術で作った槍の穂先に、最後の一枚と交換した札を巻き付け、一本の抜け毛で縛る。
 魔力を秘めた術者の髪の毛ほど、魔術の補強に適した身近なものはない。

【あなた」「は」「動けない】

 統一言語でバーサーカーの動きを縛り、槍を構える。

「金剛の神威をもって、凶悪を断却し祓除ふつじょす雷霆を顕現けんげんせしめん=v

 滑るように後ろ足を引き、腕に力を込め――


「撃ち抜け=\―『電灼光華でんしゃくこうか』!」


 槍を――投げた。

 飛翔する槍は紫電を纏い、雷電へ昇華する。
 そして――


「■■■■■■■■■■■■――!!」


 極太の雷撃が、バーサーカーの胸の中心を貫いた。
 霊核を射貫かれたバーサーカーは、ふらつきながら一歩を踏み出す。
 今にも倒れそうな彼は、大剣を落とし、私に手を伸ばした。

「■――■■、■――」

 言葉にならない、呻くような音。
 だというのに、その声は私を呼んでいるように聞こえた。

「またね、ヘラクレス」

 微笑んで、再会を希望する言葉を告げる。
 それだけで、彼の表情が穏やかなものになった気がした。



 バーサーカーが消えた。
 久しぶりの魔術行使だというのに大技を行使したせいか、眩暈めまいと息切れが襲う。

「う……ぁっ……」

 足元が崩れるような感覚に体が傾く。

 やばい、倒れ……


「おっと……間に合ったって言やあいいのか? こりゃ」


 地面へ倒れるのはまぬがれた。
懐かしい$コが近くで聴こえて、ハッと我に返って顔を上げる。
 そこには、青い髪の男がいた。

「落ち着け。オレは味方だ。アンタの仲間……なんつったか――」
「詩那さん!!」

 大きなマシュの声が聞こえた。
 ぼやける視界の中でマシュと藤丸君、そしてオルガマリーの姿を捉えた瞬間、気が抜けた。


「……あぁ…………よか、った……」


 安堵からの声を最後に、混濁こんだくする意識を手放した。


 
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