彼女の印象


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 藤丸立香。今年で十七歳になる高校生。
 そんな俺は、訳の分からないまま『カルデア』という場所に連れてこられた。

 初対面で俺を「先輩」と呼ぶ女の子や、教授らしき男に出会い、案内された場所で所長と呼ばれる女の人にビンタされて……。
 半日より短い、本当に一瞬と感じるひと時なのに、踏んだり蹴ったりで濃厚な時間を体験した。

 そんな中で、俺に宛てがわれた部屋に行くと、ゆるふわ系の医者と遭遇した。
 ロマニ・アーキマンと呼ばれる彼を、俺はドクター・ロマンと呼ぶ。
 彼からカルデアという施設がとんでもないところだと聞かされた。というか、壮大すぎて内容が頭に入ってこない。

「あ、いた! ロマン君、探したよ」

 こんがらがりそうな頭で整理していると、女の子の声が聞こえた。
 部屋に入ってきたのは、目を見張るほどの美女だった。

 鎖骨で整えた横髪をのぞく、腰まで真っ直ぐ伸びたお嬢様風の髪型が似合う漆黒の髪。
 色白の肌は陶器のように滑らかそうで、さくらんぼ色の唇と小振りの鼻が、流麗な輪郭りんかくの小顔に黄金比率で配置されている。
 華奢ながら女性的な体型も、モデルなんか目じゃないくらいのプロポーション。

 中でも綺麗だと感じたのは、穏やかさと凛々しさを秘めた目付きのオッドアイ。
 右眼はラピスラズリ。左眼はアメジスト。そんな表現が似合う色。

 まさに美麗と言える彼女は――少し、おっかなかった。
 美人な人ほど怒ると怖いって聞くけど、本当みたいだ……。

「で……あなたが最後のマスター候補ね」
「は、はい! マスター適性者48番、藤丸立香です!」

 所長と呼ばれた人のように何か言われるんじゃないかと思うとビビってしまう。
 背筋を伸ばして直立不動で名乗ると、彼女は驚いたのち、苦笑した。
 その表情は、超然とした美貌を持つ人にしては普通に見えた。

「そんな固くならなくていいよ。私と歳が近そうだし」

 聞けば、彼女は俺のひとつ年上らしい。
 第一印象は、近寄りがたい美女。
 第二印象は、普通に気さくで親しみやすい人。

 そんな不思議な彼女――神崎詩那は、ドクターと連絡をとったレフ教授の会話で、どこか悪いのだと知った。
 訊いてみると、意味不明な単語が出てきた。「魔術回路」とか……。
 すると、神崎さんが理解できない俺にわかりやすく説明してくれた。
 正直に言って「魔術」と言われてもピンとこない。それこそフィクションの中にいるような感覚だ。


 そんな時だった。館内が爆発したと警報が鳴ったのは。


「管制室って言ったらマシュがいるのに……!」

 マシュ――俺を「先輩」と呼んだ少女。
 飛び出した彼女を追って俺も向かうと、管制室は火の海。
 ドクターから早く逃げろと言われて別れても、神崎さんはマシュを探すことを選んだ。

 奮い立たされるような何かを感じながらマシュを探した。
 見つけた彼女は、助けられないと一目でわかるくらい酷い状態だった。

 駆けつけてくれた神崎さんが、聞き取れない言葉を言い放つ。
 直後、マシュの上にあった大きな瓦礫がれきが砕け散った。
 見たことのない現象。これが魔術だと言われて、少しずつ実感してきた。



◇  ◆  ◇  ◆



 燃え盛る冬木市。サーヴァントになったマシュに起こされ、唯一の生き残りの所長と合流し、町中を調べた。
 所長も無事だったんだ。神崎さんだって、きっとどこかで会えるはず……。

 そんな淡い期待を抱く途中で、真っ黒なサーヴァントと遭遇して危機におちいった。
 そこを味方と思われるサーヴァントに助けられた。
 キャスターというクラス名のサーヴァントは、俺たちと行動を共にする方針を決めた。


「キャスター。この街にいる人は俺たちだけだった?」
「ん? ああ。さっきも言ったが、全部焼け野原になってから見た人間はアンタらだけだ」

 俺たち以外の人間は、誰もいない。
 じゃあ、神崎さんは――?

「他にも仲間がいるのか?」
「……はい。神崎詩那という女性です」

 マシュが教えると、キャスターは一瞬目を見張った。
 あごに手を当てて考え込む彼の様子に、どうしたのかと首を傾げる。

「なに? どうしたのよ」
「……ああ、いや。ちょっとな。オレの知ってる奴と似た名前だったもんで」

 不機嫌そうな所長の声に曖昧に返したキャスター。

「にしても、神の恩恵≠ゥ……」
「何それ?」
「由来だよ。あらゆる名には由来――意味がある。地域によって語源が異なるが、シーナ≠チつう名はゲール語で神の恩恵≠チていう意味がある」

 英語の名前にも意味があるのだと驚いていると、キャスターはニッと笑う。

「名は体を表す。名は己を縛る身近なまじないだ。カンザキっつー名字も神のみさき≠ネら、いろんな加護がかかってるだろうよ」

 なんの根拠もない言葉だけど、キャスターが言うと妙な強さを感じた。

 それからしばらくして――

『詩那ちゃんから連絡が入った。彼女も無事だよ』

 学校でマシュの宝具の訓練を行っていると、ドクターから連絡が入った。
 この報せに安心していると、所長が見るからに嬉しそうな顔をしていた。

「所長、すごく嬉しそうですね」
「と、当然でしょう!?」
「所長は詩那さんのことを信頼していますから」

 マシュが付け足すと、「マシュ!」と声を上げる所長。
 意外だった。誰にも対しても高飛車な態度をとる所長が、神崎さんに心を許しているなんて。

「マシュは? 神崎さんのこと、どう思ってるんだ?」
「えっ? あ、その……お姉さんみたいな……人、です」

 頬を赤らめて俯くマシュ。その表情にドキッとした。

「そういえば昔、詩那は言っていたわ。『妹みたいな子』だって」
「!」

 ぱあっと見るからに嬉しそうな顔になる。

 マシュも神崎さんを慕っているのか。
 ……何だろう。なんだか……。

「羨ましいか、坊主?」
「へ!?」

 キャスターがニヤニヤと笑っている。
 言い当てられて、図星から顔が熱くなった。

 ――その時。


『藤丸君!! 至急、詩那ちゃんを助けに行ってくれ!!』


 切羽詰ったドクターの声で、和やかな空気が一変した。

「どうしたんですか!?」
『敵性サーヴァント……バーサーカーに襲われている! 彼女ははぐらかしたが、おそらくヘラクレスで間違いない!』
「ヘラクレスですって!? そんなの勝ち目がないじゃない!」

 ヒステリックな声を上げる所長が青ざめる。
 マシュも、キャスターも顔色が悪い。
 ヘラクレスという名前は、俺も聞いたことがある。確か神話の英雄だったような……。

「くそったれ……! 嬢ちゃん! 宝具の方はもう大丈夫だな!?」
「は、はい! マスター、指示を!」

 マシュが俺に指示を求める。
 そんなこと聞かなくても、みんなの答えは決まっている。

「神崎さんを助けに行こう!」

 この時、全員の心が一致した。



 ドクターの案内を受けながら走っていると、前方で地鳴りが聞こえた。
 音のする方へ近づくにつれ、足元が揺れているような感じがする。

「先に行く!」

 キャスターが誰よりも先に向かう。
 サーヴァントの脚力ってすごすぎ。たぶんマシュも……。

「マシュも行ってくれ! 俺たちは大丈夫だから!」
「っ……はいっ!」

 マシュも、砂を巻き上げるほどのスピードで走っていく。
 息切れに耐えて前を見据えていると、巨大な大男の後ろ姿が見えた。

「神崎さ――」

 刹那、目映い光が視界を焼いた。
 咄嗟とっさに腕で目をかばう。一瞬だが強烈な光は、まるで雷のよう。
 徐々に視界が慣れてくると、大男が消えていく姿が目に映る。

「キャスター、か……?」
「……いいえ。あれは詩那の魔術よ。神崎家が代々追い求めていたとされる複合魔術――【陰陽数符おんみょうすうふ魔術】。東洋魔術の陰陽術と、カバラ数秘術を掛け合わせたものだと聞いたことがあるわ。……よかった。魔術回路が元通りのようで」

 心から安堵した所長の言葉に、あんなすごいものが魔術だなんて驚いた。
 人がサーヴァントを倒すなんて不可能だって言っていたのに、神崎さんは成し遂げた。

 夢の中みたいだった実感が明確なものに変わって、鳥肌が立った。

「詩那さん!! キャスターさん、詩那さんは!?」
「おう、大丈夫だ。なんつーか、久々の魔術をぶっぱなして疲れたって感じがするな」

 キャスターの一言で、俺は思い出す。

「そういえばドクターが、半年前の実験で……魔術回路?の調子がおかしくなったって言ってたっけ」
「実験?」

 キャスターの表情が険しくなる。
 オレもよくわからなくて所長を見れば、彼女は重苦しそうに口を開いた。

「半年前にカルデアスが未来消失して、霊子転移レイシフトの安全性を確かめるための実験。詩那はその被検体になったのよ」

 実験の被検体――それを聞いて、モルモット≠ニいう言葉が浮かんだ。

「彼女は超一流の魔術師だった。本来なら温存すべき人材よ。けど、カルデアの魔術師の中でレイシフト適正のあるマスター候補の中で、新参である詩那が選ばれた。彼女なら何があっても生還するはずだと、みんな信じて疑わなかった」

 不確かなものを確かめる実験だというのに、信じていた?

「それは信じてるって言わねえな。ただの過信だ」

 キャスターが剣呑に言うと、所長は肩を震わせた。

「……そうよ。だから反対したのよ。なのに……レフも、みんなも……!」

 怒りを込めた声だった。
 所長は反対していたのか。てっきり俺は、賛成派の筆頭だと……。

「詩那に渡した通信機も、レイシフトの座標も正確じゃなかった。そのせいで彼女は、私たちでは想像できないほど時代を渡った。時々、彼女の膨大な魔術反応を感知したけれど、それがどういったものなのかも分からないまま……――約一ヶ月後。ようやく戻った時には、すでに魔術回路が正常に動かなくなっていたの」

 拳を握り締めた所長は、気を失った神崎さんを痛ましそうに見つめる。

「ロマニは時間が解決すると言っていたから、迂闊うかつにマスター候補から外せなくなった。実際、時間とともに詩那の魔術回路は回復していったわ。――これが、半年前の実験、及びその結果よ」

 締めくくった所長の顔は、後悔した人のそれだった。


 
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