小戦闘と小休憩


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 体が重い。倦怠感で意識が沈みかける。
 それでも無理やり覚醒すれば、苛烈な騒音が聞こえた。
 鉄を打ち合う音から爆発音。次いで感じる熱気と、肌を刺す殺気。

「ぅっ……」
「! 神崎さん、大丈夫ですか!?」

 少年の声が聞こえて顔を上げると、心配そうな藤丸君の顔が近くにあった。
 くらくらする頭に手を当てて耐えつつ音の方へ顔を向ければ、褐色の肌に白い短髪の男――アーチャーが剣を作って弾丸のように放っていた。

 マシュが前衛に立ち、後衛にキャスターがルーン魔術を行使する。
 戦況は五分五分。アーチャーを討つには、決定打が足りない。
 宝具を使えば何とかなるだろうけれど……。

【――我、ことわりせいこいねがう者=z

 統一言語で詠唱する。

【我が意に応え、風の威を以て眼前の悪しき敵を縛れと命ずる=z

 目の前が霞む。それでも敵から目をらさず――

【――『風の拘束』】

 最後の鍵の呪文キーワードを、世界に告げた。
 私の命令に世界が応え、一陣の風が吹き抜ける。

「なに!?」

 敵性サーヴァントのアーチャーが驚愕の声を上げる。
 何故なら体に風が纏わりつき、手足を拘束しているからだ。

「キャスター! 今だ!」

 状況を察した藤丸君が叫ぶ。
 ハッと我に返ったキャスターは「おう!」と応えた。

「とっておきをくれてやる。我が魔術は炎の檻、茨の如き緑の巨人。因果応報、人事の厄を清めるもり。焼き尽くせ、木々の巨人――」

 膨大な魔力がキャスターから感じる。
 練り上げられた魔力に呼応して、網目状の籠のような巨人が出現した。

 巨人はアーチャーを鷲掴みにすると、自身の中に閉じ込め――


「『灼き尽くす炎の檻ウィッカーマン』!!」


 自身ごと、燃え盛った。

 大規模な爆炎で、ここは洞窟の中なのだと気付く。
 熱気がこもりすぎたら私たちまで焼けてしまう。

【――我、理を制し希う者∞我が意に応え、水の威を以て我らを害する炎のみを排除せよと命ずる=\―『消炎の霧雨』】

 敵性サーヴァントの気配が消えたところで、空気を焼く火を魔術で消す。
 柔らかな雨は私たちに降りかかっても濡らさない。その現象に、藤丸君が不思議そうに空を見上げた。

「濡れない……?」
「【干渉魔術】――私が編み出した……魔術、だよ……」

【干渉魔術】。統一言語で世界に干渉し、世界に催眠術をかける。そうすることであらゆる魔術を容易く行使することができる。
 世界に催眠をかけるなんて魔法の領域だが、魔法のようでいて魔法ではない。そんな魔術だ。

「寝起きで使うのって……結構、疲れるね……」

 苦笑交じりで言うと、キャスターが私の頭をわしゃわしゃと撫でてきた。

「わっ、ちょっ、なに……うわっ」

 キャスターが藤丸君に寄りかかっていた私を抱き上げた。

 あれ、何で?

「規格外な嬢ちゃんだなぁ、まったく。サーヴァントの立つ瀬がねえっての」
「え? いや、それはないと思うけど……」

 実際アーチャーを倒したのはキャスターだし。

「そろそろ大聖杯だ。ここが最後の一休みになるが、やり残しはないな?」

 キャスターが藤丸君たちを見回しながら訊ねると、藤丸君はグッと気を引き締めた顔で頷く。

「もちろん、準備万端だ」

 覚悟を決めた強い目で告げた。

 ついさっきまで一般人として生きていたのに、まるで一端の戦士みたいだ。
 そんな藤丸君を見て、キャスターはニカッと快活に笑った。

「そりゃ頼もしい。ここ一番ではらを決めるマスターは嫌いじゃない。まだまだ新米だが、おまえには航海者に一番必要なものが備わっている」
「一番必要なもの……?」
「それはいったい……何ですか?」

 不思議そうな顔で復唱する藤丸君と訊ねるマシュに、キャスターは精悍せいかんな笑みを見せた。

「運命を掴む天運と、それを前にした時の決断力だ。その向こう見ずさを忘れるなよ? そういうヤツにこそ、星の加護ってヤツが与えられる」

 星の加護、と聞いて、いろんな人物が思い浮かぶ。

 宗教画ばかりで凝り固まった時代を打ち破った芸術家、レオナルド・ダ・ヴィンチ。

 人類史上初めて生きたまま世界一周を成し遂げた偉大な海賊、フランシス・ドレイク。

 交流電流を用いた発明により、人類科学史に名を遺した天才科学者、ニコラ・ステラ。

 人類史に名を遺した彼らを『星の開拓者』と称し、サーヴァントとなれば相応の能力を発揮する。
 今現在、この内の一人がカルデアにいるのだが……それは後程わかることなので割愛。

「何を言っているんだか。進むにしろ戻るにしろ、その前に休憩が必要でしょう。ドクター、きちんとバイタルチェックはしているの? 藤丸の顔色、通常より良くないわよ」

 オルガマリーがキャスターとの軽口に呆れて指摘し、ロマニに訊ねる。
 すると、藤丸君の通信機の音とともにモニターが浮かんだ。

『え!? あ……うん、これはちょっとまずいね。突然のサーヴァント契約だったからかなあ……。使われていなかった魔術回路しんけいがフル稼働して、脳に負担をかけている』

「あと、彼の宝具の影響もあるかも。カルデアの魔力でカバーしても、それは藤丸君の身体を通してのことだから」

 カルデアでは多くのサーヴァントが召喚できるが、それはマスター候補の数だけではない。
 カルデアの電力によって発生させた魔力を契約者の身体を通して提供している。これによって魔術の素養のない一般人もマスターになれるのだ。

『確かにその通りだ。マシュ、キャンプの用意を。温かくて蜂蜜のたっぷり入ったお茶の出番だ』
「了解しましたドクター。ティータイムにはわたしも賛成です」

 マシュが巨大な十字型の盾を地面に置き、ベースキャンプの展開を始める。

「お、決戦前の腹ごしらえかい? んじゃオレは猪でも狩ってくるか」
「いないでしょ、そんな生き物。そもそも肉はやめて肉は。どうせなら果物にしてよね」

 マイペースなキャスターとオルガマリー。
 そのリラックスした会話に苦笑し、ポケットに手を突っ込むふりをして虚数空間≠ゥらある物を取り出す。

「これ、ドライフルーツと紅茶だけど……よかったらどうぞ」
「え。詩那さん、いいんですか? それ、未開封ですよね?」

 ビニールパックに入ったドライフルーツと、紅茶を入れた水筒、紙コップの袋。
 念のために用意していたそれを見て、マシュが目を見張る。

「それに、いったいどこから出しているんですか?」
「あれ、言ってなかったっけ? 私、虚数属性持ちだから、虚数魔術が使えるの」
「虚数属性ですって!? 聞いてないわよ!」

 オルガマリーが驚愕と憤然ふんぜんとした感情が入り混じった声で叫ぶ。
 今まで言わなかったのには訳があるけど、今だからこそ言えた。

「虚数属性?」
「魔術師の魔力には属性があります。火・水・風・地、そこにエーテルである空を加えた五大元素。属性の保有は基本的に一つですが、稀に全属性を持つ魔術師、アベレージ・ワンの使い手もいます。ですが、それに属さない架空元素も少なからず存在します。その一つが『虚数』――『ありえるが物質界にないもの』といった属性です」

 丁寧ていねいに説明するマシュから引き継いで、私は言った。

「この属性、知られると厄介なの。珍しすぎて、下手すればホルマリン漬けで保存されかねないから」
「うえっ!?」

 事実を言うと、藤丸君の顔色が更に悪くなった。

 あ、少しグロかったかな?

「ま、その話は後にしようや。今は休憩だ。オレと嬢ちゃんは周囲を見張ってるから、アンタらはそこで休んでな」
「は? ちょっと待ちなさいよ!」

 オルガマリーが文句を言う前に、キャスターが私を連れて三人から離れた。

 三人の会話が届かないところまで行くと、キャスターが私を下ろした。
 ようやく倦怠感が抜けたところで、少しふらついてしまい、背中を支えられる。

「おっと、大丈夫か?」
「う、うん。ありがとう」

 お礼を言えば、キャスターは軽く目をみはった。
 そして、静かに目を細めた。

「やっぱ変わんねえな、シーナ」

 キャスターの一言に、きょとんとした私は苦笑する。

「クー・フーリンは立派になったね。今はキャスターだけど」
「言うなよ、ガラじゃねーくらいわかってらぁ」

 自虐的に言うが、私は「そんなことない」と否定する。

「聞いたよ。あなたのおかげでマシュが宝具を使えるようになったって。さっきの宝具もすごかった。槍の戦士としてのクー・フーリンじゃあできないスタンスは、キャスターならではだと、私は思うよ」

 ありのままの事実を心から言えば、キャスターは私を凝視する。
 ぽかんとしたその顔は、どこか幼く見えて、微笑ましくなってはにかんだ。

「あの子達を導いてくれて、ありがとう」

 私にはできないことを、彼はやってのけた。
 だから「ありがとう」と言う。
 私が伝えられる感謝の気持ちは、こういう言葉くらいしかないけれど。

「…………。……はぁ〜……」

 真顔になったキャスターは、急に杖に寄りかかってしゃがみこんだ。
 あれ?と首を傾げると、キャスターは頭をガシガシと掻く。

「っんとに……人誑ひとたらしはグレードアップかよ……」
「何がグレードアップ?」

 小さな声で聴きとりにくかったが、最後の言葉は僅かだが耳に入った。
 訊ねると、じろりとキャスターが私を睨むように見上げてきた。

「あひぃいいい!?」

 その時、オルガマリーの情けない悲鳴が聞こえた。
 大声で「食べられる!」と叫んでいるから、敵だろう。
 まぁ、感じる限り、あの程度ならマシュでも大丈夫だよね。

「休憩はここまでかぁ」
「ま、早いとこ騎士王を倒さねえと終わらねーし、ちょうどいいんじゃねえか?」

 そう言いながら立ち上がったキャスターは、ぽんっと頭に手を載せた。

「んじゃ、行くぞ」
「うん」

 そうして、ラストステージへ向かうのだった。


 
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