大聖杯


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 薄暗い洞窟を抜けた先、鈍い光を放つものが崖の上にあった。
 肌で感じるそれは、とてつもない魔力を秘める炉心ろしん

「これが大聖杯……超抜級ちょうばつきゅうの魔術炉心じゃない……なんで極東の島国にこんなものがあるのよ……」

 冷汗を掻くオルガマリーの驚愕はわかる。
 そこに、ロマニから通信が入った。

『資料によると、制作はアインツベルンという錬金術の大家だそうです。魔術協会に属さない、人造人間ホムンクルスだけで構成された一族のようですが』
「悪いな、おしゃべりはそこまでだ。やっこさんに気付かれたぜ」

 キャスターが話を強制的に中断させる。
 高台の上へ目を向ければ、漆黒の鎧を纏う人影があった。

 シニヨンに結わえた金髪。無機質な金色の瞳。ただ敵を排除するだけの意志しか持たない――冷徹な無表情。
 中性的な美貌は、見る人によって少年のようにも少女のようにも見える。

「……なんて魔力放出……あれが、本当にあのアーサー王なのですか……?」

 膨大な魔力による威圧に、マシュがひるむ。

『間違いない。何か変質しているようだけど、彼女はブリテンの王、聖剣の担い手アーサーだ。伝説とは性別が違うけど、何か事情があってキャメロットでは男装をしていたんだろう。ほら、男子じゃないと王座にはつけないだろ? お家事情で男のフリをさせられてたんだよ、きっと。宮廷魔術師の悪知恵だろうね。伝承にもあるけど、マーリンはほんと趣味が悪い』

 淡々としているようで悪態を吐くロマニ。
 彼の発言のおかげで、誰もがアーサー王を女性だと認識した。

「え……? あ、ホントです。女性なんですね、あの方。男性かと思いました」
「見た目は華奢だが甘く見るなよ。アレは筋肉じゃなく魔力放出でカッ飛ぶ化け物だからな。一撃一撃がバカみてぇに重い。気を抜くと上半身ごとぶっ飛ばされるぞ」
「ロケットの擬人化のようなものですね。……理解しました。全力で応戦します」

 呆然とするマシュにキャスターが忠告すると、マシュは面白いたとえをする。
 それにしても……。

「ロマン君、よく分かったね。あの人が女性だって。しかもさっきの言葉、マーリンに対して理解度が高そうだし」
『んっ!? い、いやぁ……た、たまたまだよ、たまたま』

 苦笑いを浮かべてはぐらかすロマニ。
 こういうところで違和感を持たせるなんて、大丈夫なのかなぁ?

「ヤツを倒せばこの街の異変は消える。いいか、それはオレもヤツも例外じゃない」
「そういえば……キャスターも聖杯で召喚されたサーヴァントだから……」

 藤丸君が呟くと、キャスターは「そうだ」と頷く。

「その後はおまえさんたちの仕事だ。何が起きるかわからんが、できる範囲でしっかりやんな」

 ……せっかく会えたのに、もう会えなくなるのか。
 寂しいけれど、でも、カルデアのあの装置があれば、また会える可能性が高い。
 だから、この寂しさは一時のもの。今はそう思い込んだ。

「――――ほう。面白いサーヴァントがいるな」

 口角を上げて言葉を発するアーサー王。
 彼女が口を開いた途端、キャスターが「なぬ!?」と騒いだ。

「テメエ、喋れたのか!? 今までだんまり決め込んでやがったのか!?」
「ああ。何を語っても見られている。故に案山子に徹していた」

「……見られている……?」

 引っかかる言葉に、私は思わず呟いてしまう。
 すると、一瞬だけアーサー王が私を一瞥いちべつした。
 何か言いたそうだが、口をつぐんでマシュに目を向ける。

「だが――面白い。その宝具は面白い」

 目を合わせた瞬間、マシュはびくりと肩を震わせる。
 アーサー王は、地面に突き刺していた漆黒の剣を抜く。

「構えるがいい、名も知れぬ娘。その守りが真実かどうか、この剣で確かめてやろう!」
「来ます――――マスター!」

 マシュは盾を構える。そして、勇気をくれる先輩≠フ声を求めた。

「ああ、一緒に戦おう!」

 一緒に戦う――その言葉は、マシュの心の支えとなった。

「はい! マシュ・キリエライト、出撃します!」

 己を鼓舞するように叫ぶ。

 アーサー王が漆黒の剣の切っ先を真後ろに構えた。
 その意味に困惑した直後、剣から漆黒の魔力が放出された。
 ブースター代わりなのだろう。その勢いを利用したアーサー王は、まるでジェット機のように突進した。

「あぐっ……!」

 反射的に盾でガードしたマシュだが、振るわれた剣の威力に耐えきれず後方へ吹っ飛ぶ。

「マシュ!」

 藤丸君が叫ぶ。そこに、ロマニが通信を入れた。

『藤丸君、マシュに令呪を使ってみるんだ!』
「令呪を?」
『令呪はサーヴァントとの契約の証であり、カルデアの炉から供給される膨大な魔力を蓄えた魔術の結晶だ。サーヴァントの力の源は、サーヴァント自身とマスターの持つ魔力。つまりは君の令呪をマシュのエネルギーとして与えたりもできるって事だ』

 苦戦を強いられるマシュの様子を見ているだけしかできない藤丸君に、唯一できること。
 理解した彼は右手の甲に刻まれた令呪を前に突き出して意識を集中させる。

 しかし――

「ぐっ……ううっ! うああッ……!!」

 激痛が体を襲ったのか、藤丸君が倒れた。

「藤丸君!」
「先輩!?」

 咄嗟に支えると、マシュが戦闘中に藤丸君へ目を向ける。

「ロクに使った事のない魔術回路に突然大量の魔力を通したからよ! 魔術師でも、ましてや魔術使いですらないただの一般人が! よしなさい!」

 オルガマリーが焦る。
 その声で察したロマニも制止しようと声をかける。

『無理はいけない! 魔術回路が損傷しては事だ。下手すれば命に――』
「そんな事より……何もできずにいる方がずっと苦しいじゃないですか……ッ!」

 ロマニの声をさえぎって、藤丸君が心からの思いを叫ぶ。

「一般人じゃ何もできないんですか? 所長やドクターみたく賢くなかったら、神崎さんやサーヴァントみたく強くなかったら、後ろでビビッてるしかないんですか!!」

 思いの丈を吐き出した彼は、痛む体を振り切って立ち上がる。

「できるはずの事を危ないからって、意味ないからって諦めたら……俺は俺を許せない……!!」

 強い意志を秘めた目で前を見据える藤丸君。
 彼の決意に、マシュは「どうしてそこまで……」と戸惑う。

「俺はこれくらい……なんでもないから……! だから……そんな顔しないでくれ」

 強がりだと思う。それでもマシュを安心させようと笑みを浮かべれば、マシュの瞳が潤んだ気がした。

 思い出したのだろう。あの、炎の中で見た美しいものを――。

「戦の場で青臭い精神こころを語るか。その体たらくでは従者も報われまい」
「おっと、男のツッパリにケチつけんのは野暮ってもんだぜ、騎士王さんよ」

 マシュへの攻撃に、間に割り込んで杖で防ぐキャスター。
 瞬時にルーン文字を刻めば、アーサー王は爆炎に呑まれる。

 しかし、無傷。

卑王鉄槌ひおうてっつい。極光は反転する」

 距離を置いたアーサー王は唱える。
 それは、宝具展開の前触れ。

「光を呑め! 『約束された勝利の剣エクスカリバー・モルガン』!!」

 放たれる漆黒の光。
 世界を侵すもの全てを排除する息吹き。
 闇色の魔力は、私たちの存在を許さない。

 マシュはみんなの前に立ち、盾で防ぐ。
 それでも防ぎきれそうになくて。

「藤丸君……!?」

 隣にいる藤丸君が前へ駆けだす。
 驚くことに、彼はマシュとともに盾を支えた。

「……マスター……どうか指示を!」
「あの攻撃を防ごう。いくぞ、マシュ!!」

 藤丸君の思いに呼応して、手の甲の令呪が赤く輝く。
 魔力が流れ込む。その熱に奮い立たされたマシュは――宝具を展開した。
 心の弱さを蹴散らすように、マスターの勇気とともに、高らかにえて。

 青白い魔力が輝き、盾へ展開される。
 闇色の光が消える。その光景に、アーサー王は瞠目。

「――アンサズ!」

 その隙を衝き、キャスターが急接近して彼女の鎧にルーン魔術を打ち込んだ。

 直接刻まれた瞬間、アーサー王は炎に包まれる。
 まるで火刑だ。そう感じてしまう光景に、アーサー王は力無く口角を上げる。

「――フ。知らず、私も力が緩んでいたらしい。最後の最後で手を止めるとはな」

 自嘲するアーサー王は、そっと目を伏せる。

「聖杯を守り通す気でいたが、おのが執着に傾いたあげく敗北してしまった。結局、どう運命が変わろうと、私ひとりでは同じ末路を迎えるという事か」
「あ? どういう意味だそりゃあ。テメエ、何を知っていやがる?」

 意味深長な言葉に反応するキャスター。

「いずれ貴方も知る、アイルランドの光の御子よ。グランドオーダー――聖杯を巡る戦いは、まだ始まったばかりだという事をな」

 不穏な言葉を残し、アーサー王は消えた。
 納得のいかないキャスターは「それはどういう――」と尚も問いかける。

 だが――彼も光に包まれ始めた。

「おぉお!? やべえ、ここで強制帰還かよ!? チッ、納得いかねえがしょうがねえ!」
「キャスター!」

 キャスターは舌打ちして、驚く藤丸君に告げた。

「坊主、あとは任せたぜ! 次があるんなら、そん時はランサーとして喚んでくれ!」

 次――それはつまり、応えてくれるという言葉。
 藤丸君は目を見開き、そして笑った。

「ありがとう」
「――おうよ!」

 感謝の言葉を受け取り、キャスターは最後に私を一瞥した。
 私が言えるのは、この一言だけ。

「またね」

さよなら≠ヘ言わない。
 私の思いを汲み取ったのか、キャスターは笑って片手を上げ――消えた。


 こうして、私たちのはじまりの戦いは幕を閉じた。


 
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